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事の発端
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事の発端は、昨日、私がおーちゃんに相談をした時だったのだろうか。でもそう考えると、辻褄の合わないことが出てくる。大型犬用のケージや拘束具を、一日で準備できるものとは思えない。
いつでも、私を引き留められる準備をしていた可能性がある。そして、私の千ちゃんへの想いが、崩壊の引き金を引いたのだ。
「おーちゃん、今日時間ある?」
「どうしたの? 改まって」
「相談したいことがあって……」
昨日の朝、電話でそう頼んだ。私は千ちゃんへの気持ちが固まって、告白をしようとしていた。
学生時代、女の子たちからモテモテだったおーちゃんとは違い、千ちゃんは穏やかで地味で、目立たなかった。けれど、いつも太陽みたいに温かくて優しくて、昔から大好きだった。
三人でいることが当たり前になって、大学まで同じ。これまでべったりとくっついてきてしまったために、均衡を崩すのが怖くて、なかなか告白できなかった。けれど、そろそろ前に進みたい。
告白の前に、おーちゃんには伝えておきたいことがあった。私たち三人が、今までの関係ではいられなくなるかもしれない、と。私の告白が成功してもしなくても、それをきっかけにして、ぎこちなくなる可能性は大いにあったから。
おーちゃんの住むアパートに着き、インターホンを鳴らす。すぐに、笑顔を浮かべたおーちゃんが出てきた。
「いらっしゃい」
「急にごめんね。すぐ終わるから」
「そんな寂しいこと言わないで。コーヒー入れるから、飲んでいけばいいよ」
今思えば、私の相談内容は、おーちゃんにとって分かりきっていたことで。そうでなければ、コーヒーに薬を入れることも、できるわけがない。
「相談ってなに?」
「私、千ちゃんに告白したいの」
前置きもなく単刀直入にそう言って、私はコーヒーを一気に飲み干した。喉がからからだった。おーちゃんは特に驚くこともなく、私をじっと見つめていた。
「振られたら、すっぱり諦める。今まで通りの仲でいられるよう、千ちゃんにもお願いするし、私も努力する。だから、明日二人きりになれるよう、協力してくれないかな?」
「胡蝶……」
それから、おーちゃんが何かを言って、私もそれに答えたはずだけれど、思い出せない。きっと、その時に気を失ったのだ。
そして、目が覚めた時には、あのケージの中だった。一夜明けて、昨日の今頃と状況が違いすぎて、未だに夢かと疑ってしまう。
寝不足の目を擦り、おーちゃんの作ってくれたトーストを目玉焼きとサラダをもらう。不思議と、お腹は空いていた。
「大学に行く前に、胡蝶の着替えとか、必要なものを取りに行こうか。アパートまで一緒に」
「え」
「だって女の子はいろいろ必要でしょ?」
「でもそれで、どうするの?」
「僕の部屋に一緒に住むんだ」
朝食後、おーちゃんは平然とそう言った。「一緒に住む」なんて聞こえはいいけれど、きっと普通の同棲とは違う。断ったとしても、きっとまた拘束される。
「……」
「嫌なの?」
私が黙っていると、急におーちゃんの声が低くなって、びくっとした。怖い。
「嫌じゃ、ないよ」
「分かった。それと今日、千里に会っても告白はしないよね?」
「……しない」
「分かった。胡蝶のことだから、信じるよ。でも、もし約束を破ったら……」
おーちゃんが近づいてきて、私を抱きしめた。耳元に、彼の吐息を感じる。
「千里がどうなるだろうね?」
「……っ!!」
息を呑んだ。それが冗談ではないことくらい、声色で分かる。
「千里じゃなくて、僕のことを、好きになって」
「……おーちゃん」
「どうして、悲しい顔をするの? 胡蝶は笑っていた方が可愛いのに」
彼の言葉に、笑顔を浮かべる方が無理だ。どうしたら、分かってもらえるのだろう。どうしたら、彼の心を理解できるのだろう。ぎこちなく笑って、おーちゃんの肩に頭を乗せると、髪を撫でられた。
「まだ、時間があるね」
「……え?」
「少しだけ、しよっか?」
いつでも、私を引き留められる準備をしていた可能性がある。そして、私の千ちゃんへの想いが、崩壊の引き金を引いたのだ。
「おーちゃん、今日時間ある?」
「どうしたの? 改まって」
「相談したいことがあって……」
昨日の朝、電話でそう頼んだ。私は千ちゃんへの気持ちが固まって、告白をしようとしていた。
学生時代、女の子たちからモテモテだったおーちゃんとは違い、千ちゃんは穏やかで地味で、目立たなかった。けれど、いつも太陽みたいに温かくて優しくて、昔から大好きだった。
三人でいることが当たり前になって、大学まで同じ。これまでべったりとくっついてきてしまったために、均衡を崩すのが怖くて、なかなか告白できなかった。けれど、そろそろ前に進みたい。
告白の前に、おーちゃんには伝えておきたいことがあった。私たち三人が、今までの関係ではいられなくなるかもしれない、と。私の告白が成功してもしなくても、それをきっかけにして、ぎこちなくなる可能性は大いにあったから。
おーちゃんの住むアパートに着き、インターホンを鳴らす。すぐに、笑顔を浮かべたおーちゃんが出てきた。
「いらっしゃい」
「急にごめんね。すぐ終わるから」
「そんな寂しいこと言わないで。コーヒー入れるから、飲んでいけばいいよ」
今思えば、私の相談内容は、おーちゃんにとって分かりきっていたことで。そうでなければ、コーヒーに薬を入れることも、できるわけがない。
「相談ってなに?」
「私、千ちゃんに告白したいの」
前置きもなく単刀直入にそう言って、私はコーヒーを一気に飲み干した。喉がからからだった。おーちゃんは特に驚くこともなく、私をじっと見つめていた。
「振られたら、すっぱり諦める。今まで通りの仲でいられるよう、千ちゃんにもお願いするし、私も努力する。だから、明日二人きりになれるよう、協力してくれないかな?」
「胡蝶……」
それから、おーちゃんが何かを言って、私もそれに答えたはずだけれど、思い出せない。きっと、その時に気を失ったのだ。
そして、目が覚めた時には、あのケージの中だった。一夜明けて、昨日の今頃と状況が違いすぎて、未だに夢かと疑ってしまう。
寝不足の目を擦り、おーちゃんの作ってくれたトーストを目玉焼きとサラダをもらう。不思議と、お腹は空いていた。
「大学に行く前に、胡蝶の着替えとか、必要なものを取りに行こうか。アパートまで一緒に」
「え」
「だって女の子はいろいろ必要でしょ?」
「でもそれで、どうするの?」
「僕の部屋に一緒に住むんだ」
朝食後、おーちゃんは平然とそう言った。「一緒に住む」なんて聞こえはいいけれど、きっと普通の同棲とは違う。断ったとしても、きっとまた拘束される。
「……」
「嫌なの?」
私が黙っていると、急におーちゃんの声が低くなって、びくっとした。怖い。
「嫌じゃ、ないよ」
「分かった。それと今日、千里に会っても告白はしないよね?」
「……しない」
「分かった。胡蝶のことだから、信じるよ。でも、もし約束を破ったら……」
おーちゃんが近づいてきて、私を抱きしめた。耳元に、彼の吐息を感じる。
「千里がどうなるだろうね?」
「……っ!!」
息を呑んだ。それが冗談ではないことくらい、声色で分かる。
「千里じゃなくて、僕のことを、好きになって」
「……おーちゃん」
「どうして、悲しい顔をするの? 胡蝶は笑っていた方が可愛いのに」
彼の言葉に、笑顔を浮かべる方が無理だ。どうしたら、分かってもらえるのだろう。どうしたら、彼の心を理解できるのだろう。ぎこちなく笑って、おーちゃんの肩に頭を乗せると、髪を撫でられた。
「まだ、時間があるね」
「……え?」
「少しだけ、しよっか?」
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