寵愛の檻

枳 雨那

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狂気の始まり

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「こうでもしないと、胡蝶は千里せんりのところに行っちゃうから」
「お、おーちゃん。さっきから何を言ってるの? もしかしてこれ、ドッキリとか?」

 頭の処理が追いつかない。シャイで、いつも優しくて、誰に対しても気遣いのできるおーちゃんが、いない。

「これも、本当の僕だよ。気付かなかったの?」
「嘘だ……信じない。おーちゃんは、こんなひどいことしないよ」
「そう、それは悲しいな。胡蝶なら、このおりも気に入ってくれると思ったのに」

 残念そうに眉を下げて、柵の間からこちらを見つめる彼は、やはり私の知っているおーちゃんと瓜二つだ。見間違えようがない。

「それともう一つ、試したいことがあったんだ。これなら、胡蝶も気に入ってくれるかもしれない」
「おーちゃん、もう冗談はいいから。お願い、ここから出して」
「うん、いずれ出してあげるよ。だから、待ってて」
「……え? どこに行くの?」

 おーちゃんは立ち上がり、部屋から出て行った。あまりにもあっさりと、ここから出すことを許してくれた。けれど、彼はまだ何かを企んでいる。

 嫌な予感しかしない。柵を掴み、力いっぱい揺らしてみるけれど、びくともしなかった。

「どうしよう……! だれか! せんちゃん!」

 千ちゃん、それは彼がさっき口にした、千里のこと。もう一人の幼馴染みで、私の好きな人。子どもの頃からずっとずっと、好きな人。

 テレビや映画のヒーローみたいに、私が困っていたら助けてくれる。


「千里の名前を呼ぶの、やめてくれないかな」
「おーちゃん……」
「今、ここで胡蝶を助けてあげられるのは、僕しかいないんだから」

 冷たく暗い顔をしたおーちゃんが、戻ってきた。手に持っているのは、鉄製の黒い拘束具だ。それを見た瞬間、血の気がさあっと引いた。

「待って、おーちゃん。何を、するつもり……?」
「これで逃げられないね?」

 一瞬で笑顔に変わるおーちゃんは、正常な判断ができているように見えなかった。怖くて、歯がかちかちと音を鳴らしながら噛み合う。
 
 おーちゃんがケージの鍵を開け、私の左足を掴んだ。

「これはね、肌を傷つけないようにできているから、安心して」
「いや! おーちゃん、やめて!」
「どうしてそんなに拒むの? 僕のこと嫌い?」
「嫌いじゃないよ。でも、こういうのはやめてよ……お願い」
「じゃあ、千里のところには行かない? 告白もしない?」
「どうして、そんな意地悪言うの?」

 つまり、私が「千ちゃんを好きだ」と相談したから、彼のところに行かせないようにしている。そのために、私をここに閉じ込めるということなのか。

「約束できないんだ?」

 私が黙っていると、彼は光を失くしたような目をして、そう言った。かちゃりと音がして、私の左足首に拘束具が着けられる。その鎖の先は、ケージの一番太い柵に繋がれた。

「おーちゃん、お願いだよ。やめて……」
「その呼び方も変えよう。僕は、君のご主人様。はい、言ってごらん?」
「……」
「怖がらなくていいんだ。僕は誰よりも胡蝶を想ってる。千里なんかより、ずっと」

 氷のように冷たい彼の手が、私の頬に触れた。どうしたら、前のおーちゃんに戻ってくれるのだろう。

「ご、ご主人様……」

 言うことを聞けば、早く解放してくれる。それからちゃんと話し合って、分かってもらえばいい。

 投げやりな考え方。でも、そうするしかなかった。
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