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50 ヴィンセント25歳 23
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ヴィンセントは本宮へとエルを連れて帰りたがったが、エルシーはそれを反対した。「本当にエルと結婚したいなら、準備期間を設けてくださいませ!」と。
泣きそうな顔のヴィンセントに見送られ、エルはクロフォード公爵家へお邪魔することになった。
(ヴィーと離れて考えられるのは良かったけれど、なぜ公爵家へ連れてきたのかしら)
エルシーの意図がよくわからないまま公爵家へ足を踏み入れると、ちょうど玄関ホールでクロフォード公爵を鉢合わせした。
「おおエルシー! 今、皇宮へ行こうとしていたんだ」
じつは公爵は、マリアンが捕らえられた日から、毎日のようにエルシーに会いに来ている。
娘が毒殺されそうになったので心配なのと、捜査の進捗状況を知りたいようだ。
エルと二人きりでいたいヴィンセントには、煙たがられていたが。
娘を抱きしめた公爵は、それから思い出したようにエルへと視線を向けた。
「そちらのご令嬢は……?」
「この子はエル。私のお姉様なの」
(へ……?)
父親から離れてエルへと抱きついたエルシーは、父親へにこりと微笑んだ。
ぽかんとしたのはエルだけではない。公爵は時間が止まったような様子だったが、すぐに笑みを戻した。
「陛下のご兄弟という意味かな……? まさか先代皇帝陛下に隠し子がいらっしゃったとは」
「違うわ。私のマナ核とエルのマナ核の色が同じなのよ」
再び時間が止まる公爵。次は慌てた様子で動きを再開した。
「いやいや。待て待て。それはおかしい。エルシーのマナ核は私が染めたんだ。私のマナ核を染めた父はとうの昔に亡くなっているし。おかしいじゃないか」
「疑うなら、調べてちょうだい」
父親の動揺をあっさりとスルーしたエルシーは、ずかずかとエルを応接室へと案内する。その間に、公爵家の専属治療魔法師が呼ばれた。
「皇妃殿下のマナ核の色が、以前と変化しております……。こちらの方と同じで間違いございません」
マリアンが使った毒の内容については公表を慎重にしたほうがよいと、ヴィンセントが伏せてある状態だ。
治療魔法師の診察結果を聞いたクロフォード公爵は「なぜそんなことに……」と、頭を抱えてショックを受けている様子。
目に入れても痛くないほど娘を溺愛しているようだったので、無理もない。
「マリアン嬢が私に飲ませた毒の影響よ。誰にも気づかれずにマナ核のマナが枯渇しそうになった私を、エルが助けてくれたの。命の恩人よ」
エルシーはエルの手を握りながら微笑んだ。
(エルシーがそう思っていたなんて……)
身体が元に戻った際の彼女は、「やっと出て行ったわね」と厄介払いができたような様子だった。
彼女の性格ならそうなのだろうと気にもしていなかったが、実はエルも彼女のことを誤解していたのかもしれない。
「皇妃様……」
「もうエルったら。私たちは姉妹になるのだから、エルシーって呼んで。敬語も不要よ」
その様子を見ていた公爵は、思い出したようにエルへと声をかけた。
「エルって……、もしかして最年少で宮廷魔法師試験に合格して辞退した、あのエルさんですか?」
「おっしゃるとおりでございます。公爵様」
これはどこへ行っても付いて回るようだ。
おかげで公爵からの信頼度がぐっと増したようで、彼はソファから立ち上がるとエルへと向けて握手を求めてきた。
「よくぞエルシーを毒から救ってくださった。本当に感謝します」
「おそれいります。ですが、私のマナを満たすことでしか皇妃様をお救いできませんでした……」
「それは止むおえない状況だったのでしょう。エルさんが気に病む必要はありませんよ」
(ほんと、クロフォード公爵って良い方よね)
小説では断罪される娘を最後までかばい続けたのが、公爵。娘が潔白だと信じ続けた。
このような父親を持てたエルシーは幸せ者だ。父親を知らないエルとしては羨ましくも思う。
けれどこの愛情が、エルシーにしか向かないこともよく理解している。
エルシーはエルを公爵家の養女ではなく、本当の姉妹にしたいと思ったからこそ、マナ核の話まで持ち出したのだろう。
いくら溺愛している娘の願いだとしても、公爵がエルを本当の娘にするとは思えない。溺愛している娘がいるからこそ、他人の子など迎えたくないはずだ。
公爵はエルへの感謝を伝え終えると、思いつめた様子でソファへと座り直した。
「しかし、エルシー。いくら命の恩人だからといって、公爵家の娘として迎えるわけには……」
予想どおりの返答に対して、エルシーも一歩も譲る気がない真剣な表情。
「エルは皇子殿下の、生みの親なの。公爵家の後ろ盾が必要だわ」
それからエルシーは、自分がヴィンセントと離婚したいことや、ヴィンセントがエルとの結婚を望んでいることなどを話して、公爵を説得した。
娘が離婚を望んでいると知ってしまったからには、公爵としては娘の立場が悪くならないよう最善の策を講じるしかなかった。
エルは、結婚はまだ決めていないと主張したが、どちらにせよエルヴィンの母だと公表したいなら公爵家の後ろ盾があったほうが良い。そうエルシーに諭され、エルも最後には承諾した。
明日にはエルの育ての親であるマスターを呼び、公爵が事情を説明してくれるのだとか。
公爵家にとっては醜聞を晒すことになるが、それでもエルを受け入れる理由は、エルシーの命を救った恩と、娘の明るい未来のためだ。
「一度、姉妹で一緒に寝てみたかったの」というエルシーのリクエストにより、今夜は一緒のベッドで寝ることにした。
エルシーの母親は彼女が生まれて間もない頃に亡くなっていたので、女性の家族に憧れを持っていたのだとか。
けれど父親の後妻を狙う女性はみなエルシーを、公爵の心を射止める道具としか見ていなかった。そのせいでいつの間にか、女性を敵視するようになっていたと。
「まさかエルシーに、外堀を埋められるとは思わなかったわ」
そんな生い立ちなども聞きながら、エルは諦めたように笑みを浮かべた。
泣きそうな顔のヴィンセントに見送られ、エルはクロフォード公爵家へお邪魔することになった。
(ヴィーと離れて考えられるのは良かったけれど、なぜ公爵家へ連れてきたのかしら)
エルシーの意図がよくわからないまま公爵家へ足を踏み入れると、ちょうど玄関ホールでクロフォード公爵を鉢合わせした。
「おおエルシー! 今、皇宮へ行こうとしていたんだ」
じつは公爵は、マリアンが捕らえられた日から、毎日のようにエルシーに会いに来ている。
娘が毒殺されそうになったので心配なのと、捜査の進捗状況を知りたいようだ。
エルと二人きりでいたいヴィンセントには、煙たがられていたが。
娘を抱きしめた公爵は、それから思い出したようにエルへと視線を向けた。
「そちらのご令嬢は……?」
「この子はエル。私のお姉様なの」
(へ……?)
父親から離れてエルへと抱きついたエルシーは、父親へにこりと微笑んだ。
ぽかんとしたのはエルだけではない。公爵は時間が止まったような様子だったが、すぐに笑みを戻した。
「陛下のご兄弟という意味かな……? まさか先代皇帝陛下に隠し子がいらっしゃったとは」
「違うわ。私のマナ核とエルのマナ核の色が同じなのよ」
再び時間が止まる公爵。次は慌てた様子で動きを再開した。
「いやいや。待て待て。それはおかしい。エルシーのマナ核は私が染めたんだ。私のマナ核を染めた父はとうの昔に亡くなっているし。おかしいじゃないか」
「疑うなら、調べてちょうだい」
父親の動揺をあっさりとスルーしたエルシーは、ずかずかとエルを応接室へと案内する。その間に、公爵家の専属治療魔法師が呼ばれた。
「皇妃殿下のマナ核の色が、以前と変化しております……。こちらの方と同じで間違いございません」
マリアンが使った毒の内容については公表を慎重にしたほうがよいと、ヴィンセントが伏せてある状態だ。
治療魔法師の診察結果を聞いたクロフォード公爵は「なぜそんなことに……」と、頭を抱えてショックを受けている様子。
目に入れても痛くないほど娘を溺愛しているようだったので、無理もない。
「マリアン嬢が私に飲ませた毒の影響よ。誰にも気づかれずにマナ核のマナが枯渇しそうになった私を、エルが助けてくれたの。命の恩人よ」
エルシーはエルの手を握りながら微笑んだ。
(エルシーがそう思っていたなんて……)
身体が元に戻った際の彼女は、「やっと出て行ったわね」と厄介払いができたような様子だった。
彼女の性格ならそうなのだろうと気にもしていなかったが、実はエルも彼女のことを誤解していたのかもしれない。
「皇妃様……」
「もうエルったら。私たちは姉妹になるのだから、エルシーって呼んで。敬語も不要よ」
その様子を見ていた公爵は、思い出したようにエルへと声をかけた。
「エルって……、もしかして最年少で宮廷魔法師試験に合格して辞退した、あのエルさんですか?」
「おっしゃるとおりでございます。公爵様」
これはどこへ行っても付いて回るようだ。
おかげで公爵からの信頼度がぐっと増したようで、彼はソファから立ち上がるとエルへと向けて握手を求めてきた。
「よくぞエルシーを毒から救ってくださった。本当に感謝します」
「おそれいります。ですが、私のマナを満たすことでしか皇妃様をお救いできませんでした……」
「それは止むおえない状況だったのでしょう。エルさんが気に病む必要はありませんよ」
(ほんと、クロフォード公爵って良い方よね)
小説では断罪される娘を最後までかばい続けたのが、公爵。娘が潔白だと信じ続けた。
このような父親を持てたエルシーは幸せ者だ。父親を知らないエルとしては羨ましくも思う。
けれどこの愛情が、エルシーにしか向かないこともよく理解している。
エルシーはエルを公爵家の養女ではなく、本当の姉妹にしたいと思ったからこそ、マナ核の話まで持ち出したのだろう。
いくら溺愛している娘の願いだとしても、公爵がエルを本当の娘にするとは思えない。溺愛している娘がいるからこそ、他人の子など迎えたくないはずだ。
公爵はエルへの感謝を伝え終えると、思いつめた様子でソファへと座り直した。
「しかし、エルシー。いくら命の恩人だからといって、公爵家の娘として迎えるわけには……」
予想どおりの返答に対して、エルシーも一歩も譲る気がない真剣な表情。
「エルは皇子殿下の、生みの親なの。公爵家の後ろ盾が必要だわ」
それからエルシーは、自分がヴィンセントと離婚したいことや、ヴィンセントがエルとの結婚を望んでいることなどを話して、公爵を説得した。
娘が離婚を望んでいると知ってしまったからには、公爵としては娘の立場が悪くならないよう最善の策を講じるしかなかった。
エルは、結婚はまだ決めていないと主張したが、どちらにせよエルヴィンの母だと公表したいなら公爵家の後ろ盾があったほうが良い。そうエルシーに諭され、エルも最後には承諾した。
明日にはエルの育ての親であるマスターを呼び、公爵が事情を説明してくれるのだとか。
公爵家にとっては醜聞を晒すことになるが、それでもエルを受け入れる理由は、エルシーの命を救った恩と、娘の明るい未来のためだ。
「一度、姉妹で一緒に寝てみたかったの」というエルシーのリクエストにより、今夜は一緒のベッドで寝ることにした。
エルシーの母親は彼女が生まれて間もない頃に亡くなっていたので、女性の家族に憧れを持っていたのだとか。
けれど父親の後妻を狙う女性はみなエルシーを、公爵の心を射止める道具としか見ていなかった。そのせいでいつの間にか、女性を敵視するようになっていたと。
「まさかエルシーに、外堀を埋められるとは思わなかったわ」
そんな生い立ちなども聞きながら、エルは諦めたように笑みを浮かべた。
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