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44 ヴィンセント25歳 17
しおりを挟む切り分けられたマカロンを神官が「どうぞ」と二人に差し出した。エルは二つ取り、一つをエルヴィンへと渡す。
「せーので、一緒に食べましょうか」
「はいっ!」
エルヴィンと呼吸を合わせて、せーのと言いかけたところ。ヴィンセントがずかずかと祭壇へと近づいてきた。
「陛下……?」
「提案があります。僕たち三人が本当の家族となる証として、二人がそちらのマカロンを僕に食べさせていただけませんか」
エルとエルヴィンは同時にきょとんとしながら、顔を見合わせた。
(まさかここで、ヴィーの嫉妬を呼ぶなんて……)
「皇子様、どうしましょうか?」
「仕方ないので、食いしん坊のパパにあげます」
大人な態度のエルヴィンとヴィンセントの対比がおかしくて、エルはくすくすと笑った。
ヴィンセントに抱き上げられたエルヴィンが先に食べさせ、続いてエルもヴィンセントへと食べさせる。
すると、予定にはない演出に貴族たちは口々に囁き合った。
「継母の儀式を、家族の絆を見せる式に変えられるとは」
「陛下は本当にお二人を、大切にしておられるようだ」
(ヴィーはこれを狙っていたのかしら?)
お茶会の際に、女性たちに家族仲を見せることはできたが、実際に国の政治に関わる貴族の多くは男性。その者たちにも、この姿を見せられたことは大きな意味を持つはずだ。
エルたちは大勢に祝福されて継母の儀式を終えた。
そのあとは、子どもも参加できるようにと、庭園でのパーティーが開かれた。
エルヴィンは初めて、ほかの子どもたちと遊ぶことができて、楽しかったようだ。
ほかの子と一緒になって「ママ見て!」とエルたちに遊ぶ様子を見せたがる姿も愛らしい。
ヴィンセントは今まで、隠すようにエルヴィンを育て、外の世界を見せないようにしていた。
ほかの子が母親に甘えている姿を見て、悲しませたくなかったからだろうか。
ヴィンセントの心配性は、息子に対しても健在のようだ。
そんなヴィンセントからのサプライズで人形劇も催されて、エルヴィンは大満足な様子で皇子宮へと戻った。
そして夜は、大人だけが参加できる祝賀パーティーが開かれた。
(ヴィー。具合が悪そう……。急いで準備したから疲れているのかしら?)
相変わらず笑みが足りない表情で貴族たちと談笑しているが、儀式が終了したあとから徐々に、表情が険しくなっている気がする。
今回の一連の準備は、すべてヴィンセントが主催して準備した。エルも手伝おうとしたが、「主役は衣装の心配だけしていてください」と手伝わせてくれなかったのだ。
継母の儀式とパーティーを二つも準備したのだから、疲れているに決まっている。準備中はそれを微塵も悟らせなかったこともすごい。
今日は早めに退場したほうが良さそうだ。そう考えていると、エルとヴィンセントのもとへとマリアンが向かってくる姿が見えた。
前回のお茶会では結局、マリアンはいつの間にか帰ってしまった。泣くほどエルヴィンの継母になりたかったなら、ヴィンセントのあの姿を見てショックを受けた可能性もある。
ヒロインの不幸は、エルシーが悪役として順調な証拠。悪役にはなりたくないけれど、エルにも譲れるものと、譲れないものがある。
(けれど、変なのよね。小説では、エルシーにいじめられてヴィーが保護するまで、マリアンはヴィーに興味など無かったはずなのに……)
ヴィンセントと一緒にいる時間が増えたことで、彼のマナ核が動いておらず発作を起こすことを知った。
マリアンがヴィンセントのマナ核を染めたことで、徐々に情が湧く展開。
けれど実際のマリアンは、ヴィンセントの気を引こうとしているようだし、エルヴィンに対して執着心を見せている。
今回もなにか、あるかもしれない。緊張しながらマリアンを迎える。
「皇帝陛下、皇妃殿下。仲睦まじいお姿に敬服いたしましたわ」
しかし彼女は、前回のことなど忘れたかのような笑みを浮かべて挨拶した。
「マリアン嬢ももうすぐ僕の皇妃です。エルシー皇妃と協力して務め当たってくれることを望みます」
(お茶会でマリアン嬢が泣いたことは話さなかったけれど、ヴィーの耳には届いているようね……)
ヴィンセントのけん制のような発言に対してマリアンは、「その件に関してなのですが……」と、申し訳なさそうな顔をする。
「今のお二人にとって私は、ただ水を差すだけかと存じます」
(えっ……)
「それに、私はもともと代替みたいなものでしたから、その役目はもう果たしました」
お茶会でもマリアンは、自分は皇妃の代わりだと発言していた。けれどあの時は異なり、周りの同情を誘っているようには見えない。むしろ、悩みが消え心が軽くなっているように、淡々と述べている。
マリアンは、ヴィンセントに向けて深々と頭を下げた。
「ですから陛下。どうか私と婚約破棄なさってください」
(そんなっ……。ヒロインが自ら婚約破棄を希望するなんて……)
ヴィンセントが振り向いてくれず、皇子も手に入らなかった。だから婚約破棄。
政略結婚として割り切っていた小説のマリアンの性格としては、おかしな感情ではないのかもしれないが。
ちらりとヴィンセントへ視線を向けてみると、彼はますます具合が悪そうだ。
「マリアン嬢の配慮には感謝しますが、それだとあなたの評判に傷をつけてしまいます」
「私のことならお気になさらず。じつは、私にも想い人がいるんです」
(想い人?)
小説にはそのような人物は登場しなかった。
そう思った瞬間。
エルの脳裏に、残像のようなものが映った。
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