悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています

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38 ヴィンセント25歳 11

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「なぜ、皆の前で皇妃に恥を掻かせた。皇妃を別室へ隔離する前に、罵倒した者たちを捕らえるほうが先だろう」

(ヴィー……。私を信じて、怒ってくれているの……?)

 今までは、ヴィンセントがその目で見ていたからこそ、かばってもらえた。
 けれど今回は、彼は現場を見ていないのに。そこまで信頼してくれているとは思いもしなかった。
 彼にとってエルシーは、息子が望むからそばに置いているだけの存在だと思っていたから。

「へっ陛下っ……! しかし……」

 息苦しそうな試験官が何か言おうとすると、さらに部屋へと騎士が入室してきた。

(あの人は確か……)

 ヴィンセントの十六歳の誕生日に、彼を迎えに来た騎士団長。
 彼は大股でヴィンセントのもとへと向かうと、そこで丁寧に一礼した。彼は今でもヴィンセントの味方のようだ。

「陛下。皇妃殿下を罵倒し試験を妨害した者たちは、全て捕らえました。それから――」

 騎士団長がヴィンセントへ耳打ちすると、ヴィンセントは掴んでいた試験官をそのまま騎士団長へと押しつけた。

「その者も連れて行け」
「陛下なぜですか! 私はただ皇妃殿下のカンニングを見つけただけです!」
「それとこれとは話が別だ。皇妃が罵倒される姿を見て、笑っていたそうではないか。立派な皇族不敬罪だ」

 試験官が連れていかれる姿を呆然と見守っていると、ヴィンセントがエルのもとへと歩み寄ってきた。

「皇妃、申し訳ありません。こういった事態を見越して、会場に僕の騎士団を配置しておくべきでした」
「陛下に非はございませんわ。私の足元に紙が落ちていたのは事実ですし……」

 それは周りにいた受験者も目にしている。大勢の目撃者がいたとしても、彼はエルを信じてくれるのだろうか。

「陛下。大ごとになってしまったからには、事実を明らかにしませんと……。試験官の主張では、皇妃殿下のお召物から紙が落ちた瞬間を見たそうで……」

 エルに続いてそう発言したのは、この試験の責任者だ。
 彼は試験官とは違い頭ごなしにエルが罪を犯したとは判断しなかった。試験官の迫力に押されてはいたが、ヴィンセントを呼んでくれたのは彼だ。

 今しがたヴィンセントが「それとこれとは話が別」と言ったように、平民たちから受けた罵倒と、エルのカニング疑惑は別もの。

 少し考える素振りを見せたヴィンセントは、再びエルに視線を向けた。

「試験を受ける前に、誰かと接触しませんでしたか?」

(マリアン嬢とぶつかったけれど……。まさか、その時に……?)

 けれどそれが事実だったとしても、マリアンはヒロインで、エルシーは悪役。どちらの都合に合わせてストーリーが動くかは目に見えている。

(きっとマリアン嬢が犯人かもしれないと訴えた途端に、私は悪役に仕立てられるわ。犯人はきっとマリアン嬢を装った第三者よ)

「特に、不審なことはありませんでした……」
「でしたら、筆跡鑑定魔法を使いましょう。疑わしいのは貴族全員と、その使用人。それでも見つからなければもっと範囲を広げます」

 そう提案するヴィンセントに、責任者は大慌てで話に割って入る。

「陛下! それは無茶でございます。筆跡鑑定魔法を使える者は限られております。貴族全員の筆跡と照合するには、時間をかけるか、マナを大量消費するしか……」
「それなら、僕が筆跡鑑定魔法を使えば文句はないな。とにかく皇妃の失格は保留だ。ここで試験の続きを受けさせるように」

 ヴィンセントはそれだけ言い残すと、さっさと部屋から退出してしまった。




 ヴィンセントのおかげで無事に試験を終えられたエルは、その日の夜遅くに彼の執務室を訪れた。
 エルヴィンと三人で夕食をした際に今日のお礼は言ったが、彼は仕事が残っているからと、夕食もそこそこに皇子宮から帰ってしまったのだ。
 仕事とはきっと筆跡鑑定魔法のことだろうと思ったエルは、エルヴィンを寝かしつけてから彼のもとを訪れた。

「陛下。今日はもうお休みください」

 初めは手伝いをしていたエルだが、彼は一向に作業を終える気配がない。さすがに日付が変わりそうなのでそう申し出てみた。

「皇妃は先におやすみください」
「私ではなく、陛下がお休みになるべきです。マナがこんなに減っています……」

 彼の手首に触れて確認したエルは、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。治療の仕事が多かった日のエルですら、こんなには消耗しない。

(そもそもなぜヴィーが、筆跡鑑定魔法を使えるのよ……)

 この魔法はマナ効率が非常に悪いので、それを職業にしたい者がそもそも少ない。
 筆跡が同一の者だと認められるには、一致率が九割を超える必要がある。その九割を確保するためには同一人物が書いた文章を、時には何百枚も魔法で読み込まなければいけない。

 それを人に任せず自分でするために覚えたのなら、彼は冷徹皇帝とは似ても似つかないお人好しだ。

「試験結果が出る前に、皇妃の失格を撤回しなければいけませんから。時間がありません」
「なぜ、私のためにそこまで……」
「僕の願いのせいで、あなたの評判に傷をつけたくありません」
「私の評判なんて、初めから良くないですよ?」
「それも僕のせいです。僕があなたを遠ざけていたから……」

(罪悪感を持っているのね……)

 彼が罪悪感を抱えながら生きている姿を見るたびに、エルは辛くなる。彼は本来、自分の意思を突き通す人だから。
 ヴィンセントが望んでいたのはエルとの結婚で、エルシーとは皇帝の義務としての政略結婚。望みどおりに生きられていないからこそ、罪悪感を抱いているのではないか。
 そして、そうさせているのはエルなのではないかと。

(せめて、私のことでは苦労しないでほしいわ)

 エルはヴィンセントの腕を掴み、強引に執務室を出た。

「皇妃。何を……」
「今日は皇子様と一緒に寝るお約束をしているのでしょう? 目覚めた時に陛下がおられなければ、皇子様ががっかりしてしまいます」

 皇子宮へと向かいながらそう説明すると、ヴィンセントは大人しく手を引かれながらぼそっと呟いた。

「……あなたはいつも、強引ですね」

(エルのころの私って、ヴィーを甘やかしすぎていたのかしら?)

 エルは昔を思い出しながらそう考えていたので、ヴィンセントがさらに呟いた言葉は耳に入らなかった。

「強引で、全然似ていないのに…………。あの人を思い出します」
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