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35 ヴィンセント25歳 08
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その出来事以来。ヴィンセントのエルシーに対する印象は、少し良くなったようだ。
エルヴィンに会いに行く際は必ず、彼が皇妃宮まで迎えに来るようになった。
(なんだか、懐かれている気がするわね)
エルとして接していた頃とは異なり、エルシーとして彼から向けられる視線は、決して好意的には見えない。
けれど、エルシーがマナ核について知識があると気づいたようで、少しは信頼を得られたようだ。
「皇妃。皇子の発作の回数は減ってきましたが、完全に無くなるまでにはどれくらいの期間がかかるのですか?」
「状況や体質にもよりけりですが、生まれたばかりのころはしっかりと、マナ核の音を聞かせていたようなので、感覚を取り戻すまでに半年か一年くらいでしょうか」
「それでも結構な時間がかかるのですね……。僕がいつまで経っても立ち直れないせいで、息子に辛い思いをさせてしまいました」
ヴィンセントは十歳までマナ核にマナがない状態だったので、安定するまでに三年ほどかかった。
同じく辛い経験をしているヴィンセントとしては、息子に対する罪悪感があるようだ。
(立ち直れないって、やっぱり原因は『エル』なのかしら……)
そこまで悔むならなぜあの時、エルを追い詰めたのか。
それを聞こうにも、まだそこまでの信頼は得ていないはず。下手に踏み込んで、エルヴィンとの交流を中止されては意味がない。
とにかく今はヴィンセントの協力を得て、エルヴィンをマナ核を安定させるほうが先だ。
「皇子様は、陛下になついておられます。これからいくらでもやり直せますわ」
そう慰めてみると、ヴィンセントは急に立ち止まった。
「……僕は皇妃にも、謝罪しなければなりません」
「なぜですか?」
「僕はずっと、あなたが僕の邪魔ばかりしていると思っていたのです。本当は助けになろうとしてくれていたのですね。これまでの僕の態度を、どうか許してください」
(エルシー本人は、ヴィンセントに振り向いてほしい気持ちが空回りしていただけなんだけど。彼女も悪気があって、ヴィンセントを困らせていたわけではないのよね)
「お気になさらないでください。私たちは政略結婚ですし、その……派閥も違いましたから。誤解が生まれるのも仕方なかったと思います。これからは、誤解が生じないように私も気をつけますね」
(そうでなければ、また死ぬ運命だもの……)
「皇妃の優しさには救われてばかりです。感謝します」
ヴィンセントはそう言いながら、わずかに笑みを浮かべた。
(ヴィーが、エルヴィン以外に笑いかけるなんて……)
冷徹皇帝と呼ばれてはいるが、息子が関わると少しだけ昔の雰囲気が戻ってくる。
これは、彼が立ち直る良い兆候なのかもしれない。
(私を追い詰めた相手を立ち直らせるのは、複雑な気分だけれど。エルヴィンのためには仕方ないわよね)
エルヴィンが自由に皇宮の外へ出られる歳になったら、ヴィンセントと離婚するのもアリかもしれない。
そんなことを思っていると、小鳥のような声が。
「陛下ぁ~! お探ししましたわ~」
マリアンが二人の後ろから駆け寄って来た。
「マリアン嬢。本日は、お会いする予定は無かったはずですが」
ヴィンセントが淡々とそう答えると、マリアンは悲しそうに瞳を潤ませた。
「私たちは婚約者同士なのに、許可がなければお会いできないのですか……?」
「しかし、今は……」
ヴィンセントは困ったように、エルにちらりと視線を向けた。
(約束をしていたのは私のほうだけれど、ここはヒロインに譲るべきよね)
ついでに、ちょっと良い考えが浮かんだエルは、にこりとヴィンセントへ笑みを浮かべた。
「私のことでしたら、お構いなく。ただ、皇子様がお待ちですので、がっかりさせたくないです。そろそろ私一人で、お会いしてきても良いでしょうか?」
「すみません。そうしていただけると皇子も喜びます」
すんなり了承してくれたことに、エルは心の中で喜んだ。これでもうヴィンセントに監視されることなく、エルヴィンとの時間をたっぷりと味わえる。
しかしそれを聞いたマリアンが、瞳を輝かせてヴィンセントを見た。
「わあ! 皇子様と遊ぶ予定だったのですか? 私も一緒に行きたいです」
「皇子宮へ部外者を入れるわけにはいきません」
「部外者だなんて……。私は陛下の婚約者ですわ。皇妃様も許可されているのに」
ずるいと言いたげな視線をマリアンから向けられ、エルは緊張しながら成り行きを見守った。
派閥バランスを重視する彼なら、マリアンの希望を叶える気がする。
(でもエルヴィンは小説には登場しないし、ヒロインには踏み込んでほしくないわ)
悪役にはなりたくないけれど、エルヴィンをヒロインに奪われたら、冷静ではいられなくなるかもしれない。
不安が湯水のように湧きあがってくるエルの前へ、ヴィンセントが一歩出た。まるで、マリアンの視線からエルを隠すように。
「何か勘違いをされているようですが、僕とあなたはまだ他人で、皇妃は僕の妻です。待遇を同じにするわけにはいきません」
(ヴィーがヒロインに対して、こんなに強く言うなんて……)
エルヴィンに会いに行く際は必ず、彼が皇妃宮まで迎えに来るようになった。
(なんだか、懐かれている気がするわね)
エルとして接していた頃とは異なり、エルシーとして彼から向けられる視線は、決して好意的には見えない。
けれど、エルシーがマナ核について知識があると気づいたようで、少しは信頼を得られたようだ。
「皇妃。皇子の発作の回数は減ってきましたが、完全に無くなるまでにはどれくらいの期間がかかるのですか?」
「状況や体質にもよりけりですが、生まれたばかりのころはしっかりと、マナ核の音を聞かせていたようなので、感覚を取り戻すまでに半年か一年くらいでしょうか」
「それでも結構な時間がかかるのですね……。僕がいつまで経っても立ち直れないせいで、息子に辛い思いをさせてしまいました」
ヴィンセントは十歳までマナ核にマナがない状態だったので、安定するまでに三年ほどかかった。
同じく辛い経験をしているヴィンセントとしては、息子に対する罪悪感があるようだ。
(立ち直れないって、やっぱり原因は『エル』なのかしら……)
そこまで悔むならなぜあの時、エルを追い詰めたのか。
それを聞こうにも、まだそこまでの信頼は得ていないはず。下手に踏み込んで、エルヴィンとの交流を中止されては意味がない。
とにかく今はヴィンセントの協力を得て、エルヴィンをマナ核を安定させるほうが先だ。
「皇子様は、陛下になついておられます。これからいくらでもやり直せますわ」
そう慰めてみると、ヴィンセントは急に立ち止まった。
「……僕は皇妃にも、謝罪しなければなりません」
「なぜですか?」
「僕はずっと、あなたが僕の邪魔ばかりしていると思っていたのです。本当は助けになろうとしてくれていたのですね。これまでの僕の態度を、どうか許してください」
(エルシー本人は、ヴィンセントに振り向いてほしい気持ちが空回りしていただけなんだけど。彼女も悪気があって、ヴィンセントを困らせていたわけではないのよね)
「お気になさらないでください。私たちは政略結婚ですし、その……派閥も違いましたから。誤解が生まれるのも仕方なかったと思います。これからは、誤解が生じないように私も気をつけますね」
(そうでなければ、また死ぬ運命だもの……)
「皇妃の優しさには救われてばかりです。感謝します」
ヴィンセントはそう言いながら、わずかに笑みを浮かべた。
(ヴィーが、エルヴィン以外に笑いかけるなんて……)
冷徹皇帝と呼ばれてはいるが、息子が関わると少しだけ昔の雰囲気が戻ってくる。
これは、彼が立ち直る良い兆候なのかもしれない。
(私を追い詰めた相手を立ち直らせるのは、複雑な気分だけれど。エルヴィンのためには仕方ないわよね)
エルヴィンが自由に皇宮の外へ出られる歳になったら、ヴィンセントと離婚するのもアリかもしれない。
そんなことを思っていると、小鳥のような声が。
「陛下ぁ~! お探ししましたわ~」
マリアンが二人の後ろから駆け寄って来た。
「マリアン嬢。本日は、お会いする予定は無かったはずですが」
ヴィンセントが淡々とそう答えると、マリアンは悲しそうに瞳を潤ませた。
「私たちは婚約者同士なのに、許可がなければお会いできないのですか……?」
「しかし、今は……」
ヴィンセントは困ったように、エルにちらりと視線を向けた。
(約束をしていたのは私のほうだけれど、ここはヒロインに譲るべきよね)
ついでに、ちょっと良い考えが浮かんだエルは、にこりとヴィンセントへ笑みを浮かべた。
「私のことでしたら、お構いなく。ただ、皇子様がお待ちですので、がっかりさせたくないです。そろそろ私一人で、お会いしてきても良いでしょうか?」
「すみません。そうしていただけると皇子も喜びます」
すんなり了承してくれたことに、エルは心の中で喜んだ。これでもうヴィンセントに監視されることなく、エルヴィンとの時間をたっぷりと味わえる。
しかしそれを聞いたマリアンが、瞳を輝かせてヴィンセントを見た。
「わあ! 皇子様と遊ぶ予定だったのですか? 私も一緒に行きたいです」
「皇子宮へ部外者を入れるわけにはいきません」
「部外者だなんて……。私は陛下の婚約者ですわ。皇妃様も許可されているのに」
ずるいと言いたげな視線をマリアンから向けられ、エルは緊張しながら成り行きを見守った。
派閥バランスを重視する彼なら、マリアンの希望を叶える気がする。
(でもエルヴィンは小説には登場しないし、ヒロインには踏み込んでほしくないわ)
悪役にはなりたくないけれど、エルヴィンをヒロインに奪われたら、冷静ではいられなくなるかもしれない。
不安が湯水のように湧きあがってくるエルの前へ、ヴィンセントが一歩出た。まるで、マリアンの視線からエルを隠すように。
「何か勘違いをされているようですが、僕とあなたはまだ他人で、皇妃は僕の妻です。待遇を同じにするわけにはいきません」
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