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29 ヴィンセント25歳 02
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皇宮についてもっと情報が必要だけれど、誰を信用して良いのか見当もつかない。
少なくとも公爵は娘を大切にしているようだが、だからこそエルシーの中身が変わったと悟られるわけにもいかない。
(そういえば、アークはまだ皇宮にいるのかしら)
翌日。エルは、マナ核の調子が悪いからアークを呼んでほしい、とメイドに伝えてみた。
するとしばらくして、とても不機嫌そうなアークが寝室へとやってきた。
「皇妃殿下。私は殿下の専属ではございませんよ」
「あなたは腕が良いと聞いたの。私のマナ核を診察してちょうだい」
マナ核の場所は胸元なだけに、診察に見せかけて誘惑してくる女性も多いのだと、アークから聞いたことがある。
彼は今、エルのことをそれ目的だと疑っている様子だ。
「……まずは、手首でマナを調べさせてください」
慎重を期すことにしたらしいアークは、エルの手首に触れてマナを調べる魔法をかけた。それから、一瞬にして険しい表情を浮かべる。
「なぜ殿下の中にエルのマナが……。エルの治療を受けたご経験が? いや……。エルが死んで三年。それほど長く他の者のマナが残っているはず……。それよりも、殿下のマナを感じられないのですが」
次々と疑問を口にするアークの姿を見て、エルはサプライズを仕掛けた気分で笑みを浮かべた。
「マナ核に触れてみる気になった? アーク」
「エル…………なのか?」
その疑問に対してにこりとうなずくと、普段の彼からは想像もできないような泣き顔を浮かべながら、エルを力いっぱいに抱きしめた。
「まさかエルが転生魔法に成功するとはな」
エルの話を聞き終えたアークは、呆然とした様子でそう呟いた。
このような話、普通は誰も信じてくれないだろうが、幸いなことにエルはその証拠を持って転生した。
現在、エルシーのマナ核はエル色に染まっている。エルは魂だけではなく、マナごと憑依転生したのだ。
「私もあの時は必死で、転生したいと願ったわけではないの。ただ、崖から一緒に落ちるエルヴィンを助けたくて……」
やはり魔法は転生のために使われたようだし、エルヴィンはどうやって生き延びたのか。
「私が死んだあとのエルヴィンはどうなったの?」
「俺たちにも、詳しい事情は知らされていないんだ。ただあの日、陛下はエルと皇子殿下を連れて、宮廷魔法師の診療所まで来られたんだよ」
「ヴィーが……?」
「ああ。それもご自身が危険な状態になるほど、二人にマナを注いだ状態で。そのおかげで皇子殿下は助かったけれど、エルは……。分かるだろう? 一度、マナを枯渇させた者にいくらマナを注いだところで、生き返らないと」
「待って……。ヴィーは私とエルヴィンを助けようとしたの? おかしいわ。私はヴィーに殺されたようなものなのに……」
父親を殺した理由がエルヴィンを引き取るためだったり、ヴィンセントの行動は理解しがたいことだらけだ。
「俺にはなんとも……。ただ、陛下がエルに向ける愛情が、異常だったってことは確かだよ」
「異常だなんて。ヴィーは不安症なだけで……」
そう言いかけたエルは、ふと自分の立場を思い出した。
(私ったら馬鹿みたい。自分を窮地に追いやった相手を庇うなんて)
「とにかく、エルヴィンに会いたいわ」
「まあ。見るくらいなら……」
アークは歯切れの悪い返答をした。
二人は皇妃宮を出ると、エルヴィンが住んでいるという皇子宮へと向かった。
しかし、途中でアークは人目を避けるようにして庭園へと入り込む。
「こっちだエル。絶対に見つからないように、こっそり見なよ」
「なぜこんなことをするの?」
「ここは部外者は立ち入り禁止だからさ。俺も診察以外では入れてもらえないんだ」
(エルヴィンを大切にしているということなのかしら……)
これほど厳重だからこそ、エルシーの記憶にエルヴィンはいなかったようだ。
なににせよ、今のエルヴィンが幸せに暮らしているならそれで良い。
エルは見つからぬように屈みながら、生垣の隙間から皇子宮の庭園を覗き見た。
そこには、三歳になったエルヴィンが、侍女たちと一緒に遊んでいる姿があった。
小さな手足を一生懸命に伸ばしてボールを追いかけている様子が、なんとも愛らしい。
それに、ますますヴィンセントに似てきた。
「あれがエルヴィンなのね……」
感動しながら見ていると、エルヴィンは突然苦しそうにうずくまった。
侍女たちは大慌てでエルヴィンを抱き上げると、皇子宮へと走っていく。
「エルヴィンが」
エルは思わず立ち上がり飛び出しそうになったが、アークにぎゅっと腕を掴まれる。
「行くなエル。見つかるぞ」
「エルヴィンはどこか悪いの……?」
「身体に異常はないけど、生まれて間もない頃にエルと別れたからマナ核がまだ不安定なんだ」
「どうして。ヴィーがいるのに……」
生まれたばかりの赤ん坊は、マナ核を染めた者のマナ核の音を聞いてマナ核を安定させる。
エルヴィンのマナ核を染めたのはエルだが、ヴィンセントも同じくエル色のマナ核。音を聞かせるだけならヴィンセントでも可能だ。
「……陛下はエルが死んでから変わられた。今では冷徹皇帝と呼ばれているくらいさ」
「そんな……」
(結局は小説どおりの性格になったのね……)
けれど、一つだけ小説と変わってしまったことといえば、ヴィンセントには私生児がおり、皇子として認めているということ。認めてはいるが、世話を他人任せにしている。
マナが乱れて苦しむ辛さは、彼がよく知っているはずなのに。
「なんとかして、私がエルヴィンのお世話をできないかしら」
エルはエルヴィンを助けたい一心で魔法を使った。その結果が転生ならば、エルヴィンを今の状況から救うために転生したのかもしれない。
「それは、かなり厳しいな」
「どうして?」
首をかしげるエルに対し、アークは可哀そうなものを見るような視線を向けてくる。
「その身体。陛下に対してかなり、やらかしているぞ」
(知ってるわ……)
少なくとも公爵は娘を大切にしているようだが、だからこそエルシーの中身が変わったと悟られるわけにもいかない。
(そういえば、アークはまだ皇宮にいるのかしら)
翌日。エルは、マナ核の調子が悪いからアークを呼んでほしい、とメイドに伝えてみた。
するとしばらくして、とても不機嫌そうなアークが寝室へとやってきた。
「皇妃殿下。私は殿下の専属ではございませんよ」
「あなたは腕が良いと聞いたの。私のマナ核を診察してちょうだい」
マナ核の場所は胸元なだけに、診察に見せかけて誘惑してくる女性も多いのだと、アークから聞いたことがある。
彼は今、エルのことをそれ目的だと疑っている様子だ。
「……まずは、手首でマナを調べさせてください」
慎重を期すことにしたらしいアークは、エルの手首に触れてマナを調べる魔法をかけた。それから、一瞬にして険しい表情を浮かべる。
「なぜ殿下の中にエルのマナが……。エルの治療を受けたご経験が? いや……。エルが死んで三年。それほど長く他の者のマナが残っているはず……。それよりも、殿下のマナを感じられないのですが」
次々と疑問を口にするアークの姿を見て、エルはサプライズを仕掛けた気分で笑みを浮かべた。
「マナ核に触れてみる気になった? アーク」
「エル…………なのか?」
その疑問に対してにこりとうなずくと、普段の彼からは想像もできないような泣き顔を浮かべながら、エルを力いっぱいに抱きしめた。
「まさかエルが転生魔法に成功するとはな」
エルの話を聞き終えたアークは、呆然とした様子でそう呟いた。
このような話、普通は誰も信じてくれないだろうが、幸いなことにエルはその証拠を持って転生した。
現在、エルシーのマナ核はエル色に染まっている。エルは魂だけではなく、マナごと憑依転生したのだ。
「私もあの時は必死で、転生したいと願ったわけではないの。ただ、崖から一緒に落ちるエルヴィンを助けたくて……」
やはり魔法は転生のために使われたようだし、エルヴィンはどうやって生き延びたのか。
「私が死んだあとのエルヴィンはどうなったの?」
「俺たちにも、詳しい事情は知らされていないんだ。ただあの日、陛下はエルと皇子殿下を連れて、宮廷魔法師の診療所まで来られたんだよ」
「ヴィーが……?」
「ああ。それもご自身が危険な状態になるほど、二人にマナを注いだ状態で。そのおかげで皇子殿下は助かったけれど、エルは……。分かるだろう? 一度、マナを枯渇させた者にいくらマナを注いだところで、生き返らないと」
「待って……。ヴィーは私とエルヴィンを助けようとしたの? おかしいわ。私はヴィーに殺されたようなものなのに……」
父親を殺した理由がエルヴィンを引き取るためだったり、ヴィンセントの行動は理解しがたいことだらけだ。
「俺にはなんとも……。ただ、陛下がエルに向ける愛情が、異常だったってことは確かだよ」
「異常だなんて。ヴィーは不安症なだけで……」
そう言いかけたエルは、ふと自分の立場を思い出した。
(私ったら馬鹿みたい。自分を窮地に追いやった相手を庇うなんて)
「とにかく、エルヴィンに会いたいわ」
「まあ。見るくらいなら……」
アークは歯切れの悪い返答をした。
二人は皇妃宮を出ると、エルヴィンが住んでいるという皇子宮へと向かった。
しかし、途中でアークは人目を避けるようにして庭園へと入り込む。
「こっちだエル。絶対に見つからないように、こっそり見なよ」
「なぜこんなことをするの?」
「ここは部外者は立ち入り禁止だからさ。俺も診察以外では入れてもらえないんだ」
(エルヴィンを大切にしているということなのかしら……)
これほど厳重だからこそ、エルシーの記憶にエルヴィンはいなかったようだ。
なににせよ、今のエルヴィンが幸せに暮らしているならそれで良い。
エルは見つからぬように屈みながら、生垣の隙間から皇子宮の庭園を覗き見た。
そこには、三歳になったエルヴィンが、侍女たちと一緒に遊んでいる姿があった。
小さな手足を一生懸命に伸ばしてボールを追いかけている様子が、なんとも愛らしい。
それに、ますますヴィンセントに似てきた。
「あれがエルヴィンなのね……」
感動しながら見ていると、エルヴィンは突然苦しそうにうずくまった。
侍女たちは大慌てでエルヴィンを抱き上げると、皇子宮へと走っていく。
「エルヴィンが」
エルは思わず立ち上がり飛び出しそうになったが、アークにぎゅっと腕を掴まれる。
「行くなエル。見つかるぞ」
「エルヴィンはどこか悪いの……?」
「身体に異常はないけど、生まれて間もない頃にエルと別れたからマナ核がまだ不安定なんだ」
「どうして。ヴィーがいるのに……」
生まれたばかりの赤ん坊は、マナ核を染めた者のマナ核の音を聞いてマナ核を安定させる。
エルヴィンのマナ核を染めたのはエルだが、ヴィンセントも同じくエル色のマナ核。音を聞かせるだけならヴィンセントでも可能だ。
「……陛下はエルが死んでから変わられた。今では冷徹皇帝と呼ばれているくらいさ」
「そんな……」
(結局は小説どおりの性格になったのね……)
けれど、一つだけ小説と変わってしまったことといえば、ヴィンセントには私生児がおり、皇子として認めているということ。認めてはいるが、世話を他人任せにしている。
マナが乱れて苦しむ辛さは、彼がよく知っているはずなのに。
「なんとかして、私がエルヴィンのお世話をできないかしら」
エルはエルヴィンを助けたい一心で魔法を使った。その結果が転生ならば、エルヴィンを今の状況から救うために転生したのかもしれない。
「それは、かなり厳しいな」
「どうして?」
首をかしげるエルに対し、アークは可哀そうなものを見るような視線を向けてくる。
「その身体。陛下に対してかなり、やらかしているぞ」
(知ってるわ……)
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