悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています

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27 ヴィンセント21歳 06

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 そうして、宝石と引き換えに馬を購入したエルは、一直線に国境がある峠へと向かった。
 けれどその途中で、帝国兵に見つかってしまい。エルは必死に逃げながら峠を登るしかなかった。

 途中で走る限界に達した馬を捨て、追っ手に対して慣れない攻撃魔法を仕掛けながら、我が子を抱きかかえて必死に走る。
 この峠を越えれば国境。それさえ超えれば、帝国の兵も派手な動きはできないはず。
 エルの前方には、やっと国境の目印の旗が見えてきた。

 あそこを越えたと同時にできる限りの攻撃魔法を仕掛けて、一気に山を下ろう。
 そう考えながら魔法に取りかかったエルだが、急に異変を感じる。

(なぜ、魔法にマナが応じないの……)

 魔法を使おうとすると、どこかにマナが吸い取られていくような感覚になる。
 その吸い取られている感覚の場所へと目を向けたエルは、腕輪が光っていることに気がつく。

(ヴィーからもらった腕輪が、どうして……!)

 結婚を望まないエルに、せめて夫のつもりでいたいと彼が贈ったもの。
 それがなぜ今、エルのマナを吸収して光り、まるで発信機のように点滅しているのか。

(夫の印だなんて嘘。私を監視するためのものだったのね)

 ヴィンセントに裏切られたような気持ちで、エルは脇道へと入った。このまま国境を越えられたとしても、騎馬が相手では魔法無しではすぐに捕まってしまう。
 馬が走れないような場所を、ひたすら突き進むしかない。

 けれど、先に彼を裏切ったのはエルのほうだ。彼はあれほどエルを求めていたのに、結局は彼から逃げる道を選んでしまった。

 彼のストーリーに入り込みたくない。
 彼は小説のヒーローで、エルは処刑される悪役だから。

 小説から逃げたはずが、結局はこうして追われている。小説どおりに死ぬ運命なのか。

(……っ! 崖だわ)

 崖にたどり着いてしまったエルは、仕方なく後ろを振り返った。
 エルの後ろからは、馬から降りて追ってきた帝国兵が十名ほど。完全に囲まれた。もう逃げ場は無い。

「皇太子殿下を惑わせたお前の罪は重い。その子どもとここで死んでもらおう」
「結局。私の行動は罪になるのね」

 悪役にならないよう必死に生きてきたのに、権力者の手にかかれば平民など好きなように罪に問えるのだ。

 振り下ろされる剣を最後の足掻きで避けたエルは、そのまま足を滑らせて崖から谷へと放り出された。

「待てっ! エルーーーーー!!」

 それと同時に、空から叫び声が聞こえてきた。
 愛しい家族の声だ。
 ヴィンセントが物凄い形相で、こちらへと飛行してくる。

「ヴィー。わざわざ私を殺しにきたの……?」

 大勢の兵を差し向けておいて、わざわざ自らも出向くなんて。
 結婚を拒んだことで、それほど憎まれるとは思わなかった。
 二人が望んでいたのは、ずっと家族であり続けることで、夫婦になることではなかったはずだから。

 エルは残りのマナを全て使い切るつもりで、魔法を使った。それがどのような魔法だったのか、エル自身もわからない。

 ただ、せめて、この子だけは救いたい。
 生まれたばかりのエルヴィンだけは、小説とは関係ない存在。自由に生きる権利があるはずだから。

 エルから溢れ出したマナによって腕輪ははち切れ、辺りに淡い暖かな光が溢れた。

 なにかの魔法が、発動する感覚。

 そこでマナを完全に枯渇させたエルは、意識がぷっつりと途切れた。








「くっ……はあっ…………!」

 息苦し水中から逃れるような感覚でやっと息を吸ったエルは、びっしょりと汗をかいた状態で飛び起きた。

(ここは……?)
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