23 / 55
22 ヴィンセント21歳 01
しおりを挟むそれから五年後の、ヴィンセントの誕生日。
エルは五年間、毎年欠かさずヴィンセントの誕生日に二人分のご馳走を作っていた。
いつか迎えに来るという言葉を信じているわけではないし、雲の上の存在となった彼と、また一緒に暮らしたい願望があるわけでもない。
ただ、弟のように可愛がっていたヴィンセントを、いつまでも忘れたくない。一緒に暮らしたのは六年間だけでも、エルにとっては大切な家族だから。
「こんな私も、未練たらたらよね……」
テーブルを飾り付けし終えたエルは、ため息をつきながら椅子へと腰かけた。
ヴィンセントが去ってからのエルの生活は、恐ろしいほど平穏だった。鉱山のオーナーが「また働いてほしい」とギルドに依頼してきたので、エルは診療所での仕事を再開した。
三年経っても知っている顔ばかりで、人恋しいエルとしてはありがたい職場だった。
休みの日にはたびたびアークが尋ねてきては、ヴィンセントの近況を報告してくれた。
彼は着実に皇宮内でも頭角を現し、様々な権限を皇帝から移譲されるようになった。
そして去年、第二皇子が病で亡くなったことを機に、ヴィンセントは正式に皇太子としての地位を与えられた。
エルがそんな物思いにふけていると、玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。
この家を訪問する者など一人しかいない。エルは「アーク?」と声をかけながらドアを開けた。
「エル。そのような開け方は不用心ですよ」
「ヴィー……!」
そこには、立派な大人に成長したヴィンセントの姿があった。十歳の頃以来に見る黒髪に、別れた時よりもさらに凛々しくなった顔。それに小説の中の彼とほぼ変わらぬ、たくましい身体。
ただ小説の冷徹皇帝とは異なり、優しい表情で瞳を潤ませている。
「会いたかったですエル」
そして彼は昔と変わらぬ態度でエルに抱きついてきたが、あの頃とは感覚がまるで違う。エルは、彼の腕の中にすっぽりと収まる形で抱きしめられていた。
「なぜヴィーがここに?」
「来ちゃいけませんでしたか?」
「そんなことはないけど……」
五年も音沙汰がなかったので、もう会う気が無いのかと思っていた。
ヴィンセントはふと家の中に目を向けてから、顔を曇らせる。
「……どなたか、いらっしゃる予定でしたか?」
「ううん。その……、今日はヴィーの誕生日だから」
この状況を本人に見られるのは、エルとしてはとても恥ずかしい。彼は皇宮で目覚ましい活躍と成長を見せていたのに、エルは未だに彼との思い出に浸っているのだから。
「もしかして、お一人で僕のお祝いを?」
「うん……。五年も経っているのに変よね。それにもう、今日はヴィーの誕生日ではないのに」
正式な彼の誕生日は先月。今年は皇太子になってから初めての誕生日だったので、国中で盛大な祝祭がおこなわれた。
「そんなことありません。ずっと僕を想っていてくれたなんて嬉しいです」
彼は嬉しそうに、目を細める。それから片手でエルの頬に触れながら、反対の頬へと口づけをした。
(……このスキンシップも五年ぶりね)
さすがに大人の彼にこれをされると、心穏やかではいられない。
エルは気を紛らわせるように、彼の手を引いて家へと招き入れる。
「良かったら一緒に食べましょう。ヴィーの好きなビーフシチューよ」
お互いに近況を報告し合いながら、久しぶりに楽しい夕食の時間を過ごした。
初めは成長したヴィンセントに戸惑いもしたが、彼の心はあの頃と何も変わらなかった。
今まで会いに来られなかったのは、エルとの約束を果たすために頑張っていたからだという。
『離れていても支え合う』。彼がそれ実行していたことが嬉しい。
食後のお茶を淹れていると、ヴィンセントは改まったように話を切り出した。
「エル。ずっとお待たせして申し訳ありませんでした。やっと準備が整いました」
「準備って……?」
なんだろうと首をかしげていると、彼はポケットから小さな箱を取り出した。
(あの時の箱……)
52
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説
執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?
陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。
この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。
執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め......
剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。
本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。
小説家になろう様でも掲載中です。
転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました
市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。
……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。
それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?!
上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる?
このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!!
※小説家になろう様でも投稿しています
心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった
あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。
本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……?
例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり……
異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり……
名前で呼んでほしい、と懇願してきたり……
とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。
さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが……
「僕のこと、嫌い……?」
「そいつらの方がいいの……?」
「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」
と、泣き縋られて結局承諾してしまう。
まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。
「────私が魔術師さまをお支えしなければ」
と、グレイスはかなり気負っていた。
────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。
*小説家になろう様にて、先行公開中*
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
私と運命の番との物語
星屑
恋愛
サーフィリア・ルナ・アイラックは前世の記憶を思い出した。だが、彼女が転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢だった。しかもその悪役令嬢、ヒロインがどのルートを選んでも邪竜に殺されるという、破滅エンドしかない。
ーなんで死ぬ運命しかないの⁉︎どうしてタイプでも好きでもない王太子と婚約しなくてはならないの⁉︎誰か私の破滅エンドを打ち破るくらいの運命の人はいないの⁉︎ー
破滅エンドを回避し、永遠の愛を手に入れる。
前世では恋をしたことがなく、物語のような永遠の愛に憧れていた。
そんな彼女と恋をした人はまさかの……⁉︎
そんな2人がイチャイチャラブラブする物語。
*「私と運命の番との物語」の改稿版です。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
ホストな彼と別れようとしたお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。
あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる