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21 ヴィンセント16歳 06
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二人を残してレストランから人が消えると、ヴィンセントはエルに抱きついてきた。
「エル。あなたを巻き込んでしまい申し訳ありません。あなたに迷惑をかけたくなくて、ずっと皇子であることを隠してきました。あなたの傍が心地よくて、ずっとあなたを騙していたんです」
震えているその姿から、相当に罪悪感を抱いていたことが伺える。だからこそ彼は、必死にエルの迷惑にならないようにと振る舞っていたのだろうか。
「ヴィー。あまり自分を追い詰めないで。私は気にしていないから」
「ですが」
「じつは私、ヴィーが皇子だって知っていたの。出会った時にあなたが着ていた上着に、皇室の紋章が刺繍されていたから」
「なぜ僕を追い出さなかったのですか。あのような状態の僕を保護したら、エルも危険だったでしょう」
理由はただ一つ。小説のエルのようになりたくなかったからだ。けれど、そのようなことを言えるはずもない。
「……けれど、ヴィーと家族になれて幸せな日々だったわ」
「僕も幸せでした。そしてこれからも、その幸せは続けるつもりです」
「どういう意味?」
ヴィンセントから少し離れて顔を見つめると、彼は真剣な表情でエルを見つめ返した。
「エル。一緒に皇宮へ来てください。エルなら僕を助けた恩人として、僕と一緒に住んでもらうことができます」
それが叶うなら、これからも一緒にいられる。けれどエルが皇宮で暮らしたら、ますます悪役になる危険が高まる。
「ごめんなさい。それはできないわ……」
「なぜですか」
「私は平民なのよ。皇子様と一緒に住むなんて分不相応だわ」
「相応の身分が必要でしたら、僕の専属治療魔法師になってください。いずれ、もっと良い身分を用意します」
「それでも、私は行けないわ」
「なぜですか。エルがいないと、僕は生きていけません……」
ヴィンセントは涙を浮かべながら、再びエルに抱きついてきた。
まさかこれほど、別れを惜しまれるとは思ってもいなかった。ヒーローはヒーローらしく、颯爽と本来の居場所へと戻ると思っていたから。
その時は、笑顔で見送ろうとずっと決めていたのに。
「ヴィー聞いて。子どもは育った家庭から、いつか巣立つものなのよ。私も、ヴィーも、その時が来ただけだわ。けれど忘れないで。離れ離れに暮らしても、家族であることには変わりない。いずれあなたが治めるこの国に、けが人が少しでも減るよう努力するわ」
これ以上は、直接的にヴィンセントを支えることは叶わないが、せめて、エルがそう思いながら生きて行くことだけは知っておいてほしい。
「……離れていても、支え合うということですね」
「そう。ヴィーも私を支えてくれる?」
「わかりました。エルが生活しやすい国となるように努力します」
そう宣言した時には、彼はもう涙は浮かべてはおらず、決意に満ちた表情をしていた。
「最後にもう一度、エルのマナ核に触れさせてください」
ヴィンセントは軽くエルの胸元に触れると、名残惜しそうな顔でその場を後にした。
「いつか迎えに来ます」
そんな言葉を残して。
ヴィンセントがレストランを去ったあと。エルは店を出て、とぼとぼと夜の街を歩いていた。
(やっと私の役目も終わったのね)
エルの目的は、ヴィンセントを手厚く保護し、悪役として仕立て上げられないようにすることだった。
迎えの者がそれを匂わせる発言をした際はひやりとしたが、ヴィンセントが皇宮へ帰る決断をしたことで、エルの目的は無事に果たされた。
(そのはずなのに……)
心にぽっかりと穴が開いてしまったような気分。
いつも隣にはヴィンセントがいて、それが少し重く感じることもあったのに。
いなくなった途端に、寂しさを感じるなんて。
エルはいつの間にか、魔法師ギルドへとたどり着いていた。扉を開けると、依頼終わりのギルド員たちが賑やかに酒を酌み交わしている光景が目に入った。
「エル、久しぶりじゃねーか」
「なんだその貴族令嬢みたいな恰好は?」
「さては男ができたな。弟が泣くぞー!」
酒の勢いで冷やかすギルド員たちを無視してエルは、一直線にカウンターへと向かう。そこには、マスターとアークが二人でまったりと酒を嗜んでいた。
「エル。どうしたんだい? ヴィーは?」
「今日はヴィーの誕生日だろう?」
気がついた二人に問いかけられて、エルは一気に気持ちが溢れるように涙を流し始めた。
「ヴィーが……。ヴィーが帰ってしまったの……」
本当は帰ってほしくなかった。
もっとずっと一緒にいたかった。
なぜ自分は悪役に生まれてしまったのか。
小説の世界なんて無ければよかったのに。
さまざまな感情がごちゃまぜ押し寄せてくる。
その日、エルは二人に慰められながら泣き明かした。
それから五年後の、ヴィンセントの誕生日。
「エル。あなたを巻き込んでしまい申し訳ありません。あなたに迷惑をかけたくなくて、ずっと皇子であることを隠してきました。あなたの傍が心地よくて、ずっとあなたを騙していたんです」
震えているその姿から、相当に罪悪感を抱いていたことが伺える。だからこそ彼は、必死にエルの迷惑にならないようにと振る舞っていたのだろうか。
「ヴィー。あまり自分を追い詰めないで。私は気にしていないから」
「ですが」
「じつは私、ヴィーが皇子だって知っていたの。出会った時にあなたが着ていた上着に、皇室の紋章が刺繍されていたから」
「なぜ僕を追い出さなかったのですか。あのような状態の僕を保護したら、エルも危険だったでしょう」
理由はただ一つ。小説のエルのようになりたくなかったからだ。けれど、そのようなことを言えるはずもない。
「……けれど、ヴィーと家族になれて幸せな日々だったわ」
「僕も幸せでした。そしてこれからも、その幸せは続けるつもりです」
「どういう意味?」
ヴィンセントから少し離れて顔を見つめると、彼は真剣な表情でエルを見つめ返した。
「エル。一緒に皇宮へ来てください。エルなら僕を助けた恩人として、僕と一緒に住んでもらうことができます」
それが叶うなら、これからも一緒にいられる。けれどエルが皇宮で暮らしたら、ますます悪役になる危険が高まる。
「ごめんなさい。それはできないわ……」
「なぜですか」
「私は平民なのよ。皇子様と一緒に住むなんて分不相応だわ」
「相応の身分が必要でしたら、僕の専属治療魔法師になってください。いずれ、もっと良い身分を用意します」
「それでも、私は行けないわ」
「なぜですか。エルがいないと、僕は生きていけません……」
ヴィンセントは涙を浮かべながら、再びエルに抱きついてきた。
まさかこれほど、別れを惜しまれるとは思ってもいなかった。ヒーローはヒーローらしく、颯爽と本来の居場所へと戻ると思っていたから。
その時は、笑顔で見送ろうとずっと決めていたのに。
「ヴィー聞いて。子どもは育った家庭から、いつか巣立つものなのよ。私も、ヴィーも、その時が来ただけだわ。けれど忘れないで。離れ離れに暮らしても、家族であることには変わりない。いずれあなたが治めるこの国に、けが人が少しでも減るよう努力するわ」
これ以上は、直接的にヴィンセントを支えることは叶わないが、せめて、エルがそう思いながら生きて行くことだけは知っておいてほしい。
「……離れていても、支え合うということですね」
「そう。ヴィーも私を支えてくれる?」
「わかりました。エルが生活しやすい国となるように努力します」
そう宣言した時には、彼はもう涙は浮かべてはおらず、決意に満ちた表情をしていた。
「最後にもう一度、エルのマナ核に触れさせてください」
ヴィンセントは軽くエルの胸元に触れると、名残惜しそうな顔でその場を後にした。
「いつか迎えに来ます」
そんな言葉を残して。
ヴィンセントがレストランを去ったあと。エルは店を出て、とぼとぼと夜の街を歩いていた。
(やっと私の役目も終わったのね)
エルの目的は、ヴィンセントを手厚く保護し、悪役として仕立て上げられないようにすることだった。
迎えの者がそれを匂わせる発言をした際はひやりとしたが、ヴィンセントが皇宮へ帰る決断をしたことで、エルの目的は無事に果たされた。
(そのはずなのに……)
心にぽっかりと穴が開いてしまったような気分。
いつも隣にはヴィンセントがいて、それが少し重く感じることもあったのに。
いなくなった途端に、寂しさを感じるなんて。
エルはいつの間にか、魔法師ギルドへとたどり着いていた。扉を開けると、依頼終わりのギルド員たちが賑やかに酒を酌み交わしている光景が目に入った。
「エル、久しぶりじゃねーか」
「なんだその貴族令嬢みたいな恰好は?」
「さては男ができたな。弟が泣くぞー!」
酒の勢いで冷やかすギルド員たちを無視してエルは、一直線にカウンターへと向かう。そこには、マスターとアークが二人でまったりと酒を嗜んでいた。
「エル。どうしたんだい? ヴィーは?」
「今日はヴィーの誕生日だろう?」
気がついた二人に問いかけられて、エルは一気に気持ちが溢れるように涙を流し始めた。
「ヴィーが……。ヴィーが帰ってしまったの……」
本当は帰ってほしくなかった。
もっとずっと一緒にいたかった。
なぜ自分は悪役に生まれてしまったのか。
小説の世界なんて無ければよかったのに。
さまざまな感情がごちゃまぜ押し寄せてくる。
その日、エルは二人に慰められながら泣き明かした。
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