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20 ヴィンセント16歳 05

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 それから五日後。ヴィンセントの誕生日。
 毎年この日は贅沢をすることにしてるが、今年はヴィンセントが自ら選んだ高級レストランへ来ている。
 貴族も利用するようなところなのでドレスコードも守り、はたからみればエルとヴィンセントは貴族の令嬢令息に見えるだろう。

「ヴィーの誕生日なのに、私がこんなに着飾るのも変じゃない?」

 食事の前にエルは、衣装店や美容室へと連れていかれて、これでもかというおしゃれをさせられた。
 一方ヴィンセントは、この場に相応しいスーツを着用してはいるが、エルに比べたらぐっとシンプルだ。ただ彼の容姿は、宝石のように気品があり華やかなので、完璧に着飾ったエルと並んで見劣りすることはない。

(むしろヴィーに合わせるには、私はこれくらい着飾らなければ不釣り合いということよね……)

「今日は僕にとって、とても大切な日なんです。エルが僕の誕生日を決めてくれた日ですし、エルが僕を引き取ってくれた日でもあります。ですから感謝の意味を込めて、エルに楽しんでほしくて」

(こういうところは可愛いまま成長してくれたのよね)

「それに、綺麗なエルを見ることは、僕にとってこれ以上ない誕生日プレゼントですから」
「そう言われると、プレゼントを渡しにくいわね」
「あのっ、それとは別に、エルがプレゼントしてくれるものは、僕にとって大切な宝物になるはずです」

(ふふ。慌てるところも可愛い)

 このようなヴィンセントとの関係が、ずっと続けば良いのに。束の間の関係だと知りつつも、一緒に過ごす時間が増えるほどに、離れがたくなる。

 エルは誕生日プレゼントとして、彼に金の懐中時計を贈った。
 この先、ストーリーはどうなるかわからないが、ヒロインと出会うまでにはまだ困難が立ちはだかるはず。
 けれどそんな時間も、できることなら幸せに過ごしてほしい。そんな願いを込めて、四葉のクローバーの絵が刻まれた懐中時計にした。

「ありがとうございます。エルが僕を想ってくれる気持ちが溢れているようで、嬉しいです」

 大切そうに懐中時計を胸に抱いたヴィンセントは、それから少し照れたような表情を浮かべる。

「じつは今日は、僕からもエルにプレゼントがあります」
「私に……?」

 何だろう? と思いながら見つめると、彼はポケットから小さな箱を取り出した。
 そしてそれを開けようとした瞬間。
 レストランの出入り口が騒がしくなり、大勢の武装した人間が店内へとなだれ込んできた。
 彼らはエルとヴィンセントを囲むと、一斉に片膝をついて項垂れた。

(皇宮の騎士……)

 鎧の胸に刻まれた、宮廷騎士団の紋章。
 ついに、来るべき時がきたのだ。ヴィンセントが皇宮へ戻るその時が。
 騎士団の中で一人だけ、ほかの騎士より豪華な鎧をまとった騎士団長と思しき人物が顔を上げた。

「第一皇子殿下。お迎えに上がりました」
「人違いだ」

 ぶっきらぼうにそう答えるヴィンセントを、騎士団長は食い入るように見つめる。

「人違いなはずがございません! 先日、対峙した際は驚きました。まさか、殿下がご無事だったとは……」

 そう言って彼は涙を浮かべた。

(ヴィーが皇后を暗殺した際に、騎士団と戦闘になったのね。だからあんな傷を……)

 けれど、皇后の暗殺に対して罪を問う様子ではなさそう。騎士団長の様子を見るに、ヴィンセントにとっては味方のようだ。

「帰ってくれ。僕はもう新たな人生を歩んでいる」
「皇帝陛下がお呼びなのです。陛下はずっとご存知でした。瀕死だった殿下がその者に救われたことも、魔法の才能に目覚めご立派に成長されたことも」

 ヴィンセントは悔しそうに顔を歪めた。
 皇帝は、公に第一皇子の失踪も公表せず、表立って捜索している様子もなかった。
 「瀕死だった殿下がその者に救われた」。もしこの言葉が本当ならば皇帝は、ヴィンセントが十歳の時に襲われたことも知っていて、ただエルに助けられるまでを傍観していたことになる。
 息子を助けることなく、六年間も監視していただけなら、ヴィンセントは悔しいに決まっている。

 小説でもそうだった。皇帝はずっと、どちらの皇子が皇帝に相応しいか傍観するだけだった。どちらかが死ねば、生き残ったほうが勝ち。後継者のマナ核にだけ、皇帝のマナを満たすつもりだった。

「……拒否したら、どうなる?」
「その魔法師は、殿下を拉致監禁していたとして処刑されるでしょう。どうか懸命なご判断を」

 しばらく俯いたままでいたヴィンセントは「……彼女と話す時間をくれ」と呟いた。
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