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番外編 可愛いカカオ3

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 その少し前。
 林を抜けたカカオはとぼとぼと歩きながら、川に掛けられた橋の近くまでやってきた。
 この橋の向こう側が王都だ。真っ直ぐに伸びている道の先には、小さく宮殿の塔も見えている。
 きっとあそこに、ショコラはいる。一直線に駆けて行けば会える距離なのに。聖女の力のせいでカカオにはそれが叶わない。

 街では騒ぎを起こしてしまったので、もう戻ることもできない。かといってショコラへの最短距離であるここを去り、他の街へ行くのも嫌だ。

「クゥン……」

 もうどこにも行き場がなくなってしまったカカオは、カボチャのぬいぐるみを抱きしめるようにして、その場にうずくまった。
 ぬいぐるみに微かに残る、ショコラの匂い。
 嗅げば嗅ぐほど、この場を離れがたくなる。

 会いたい。ショコラに会いたい。

 胸が苦しくなるほどそう願っていたカカオは、ふと鼻先を動かした。
 橋に満ちている聖女の力が、徐々に弱まっている気がする。

 むくりと起き上がったカカオは、ぬいぐるみを咥え直してから、橋のたもとへと向かった。
 恐る恐る一歩、橋に足を踏み入れてみる。

「クゥッ……!」

 聖女の力は確実に弱まっている。カカオは考える暇もなく、無我夢中で走り出した。



 橋の向こう側の王都入り口では、ジェラートの近衛騎士隊も訓練に駆り出されていた。
 全くもって意味がわからない訓練だが、ジェラートに普段から振り回されている騎士隊は、慣れた様子。王太子妃のことでまた王太子は空回りしているのだろうと思いながら、王都へ入ろうとしている魔獣がいないか見張っていた。

「隊長、見てください! 橋を駆けてくるフサフサ狼がいますよ」
「あの時の、聖女様のペットですね。捕まえてお連れいたしましょうか」

 騎士隊のメンバーは、聖女を迎えに行った時に見たカカオのことを覚えていた。
 あの可愛さを再びこの手で確かめたいと思った騎士達は、空中で手をわしゃわしゃさせながら、カカオを捕まえようと待ち構える。

「馬鹿者どもが! 王太子殿下は、フサフサ狼には手を出すなとおっしゃったではないか! このまま何もせずに、お通ししろ!」

 ジェラートの意に反すると面倒なことになるのは、隊長が一番理解している。カカオに触れようとしている騎士達を、隊長は押さえ込んだ。

 そんな騎士隊たちのやり取りなど目に入っていないカカオは、全力疾走で騎士隊の横をすり抜け、王都へと入った。



 王都の大通りにも騎士達は大勢おり、都民が大通りに入れないよう封鎖する作業に勤めていた。
 夕方の忙しい時間帯。大通りへと入れない人々で、脇道は大混雑している。

「一体、何が始まるんだ?」
「わかんねーけど、大通りを封鎖するってことはお偉いさんでも通るんじゃないか?」
「おいっ! あれ見ろよ! ちっこいのがカボチャのぬいぐるみを咥えて、駆けてくるぞ!」
「なんだ、あの可愛い生き物は!」

 フサフサ狼を見たことが無い王都の人々は、カカオが魔獣だとも知らずに歓声を上げる。
 何だかよくわからないがその可愛い動物は、小さな足を一生懸命に動かしながら、懸命に大きなぬいぐるみを運んでいるではないか。
 フサフサ丸くて、愛くるしいフォルムに心奪われた王都民は、手を空中でわしゃわしゃさせながら、応援の声を上げ始める。

「がんばれ! ちびすけ!」
「転ぶんじゃないよ!」

 そんな王都民の声すら、カカオの耳には届かない。
 カカオは全神経を集中させて、ショコラがいるであろう方向へとひたすら突き進む。

 そしてとうとう、王宮の前に立ちはだかる門の下。両膝を地面に付けてお祈りに集中しているショコラの姿が見えた。




「カカオだわ!」

 シャルロットの明るい声を聞いたショコラは、お祈りに集中するために閉じていた瞳をぱちりと開いた。
 ショコラの真正面に伸びる大通りを、小さな毛玉が駆けてくる。それは、幼い頃から苦楽を共にしてきた、かけがえのない家族だ。

「カカオ~!!」

 ショコラが両手をいっぱいに広げると、カカオはその小さな身体に似合わぬ、大きな跳躍を見せる。そのまま空中で、ぽろっとカボチャのぬいぐるみを離したカカオは「キャ~ン!!」と元気よく吠えながら、ショコラの胸に飛び込んだ。

 しっかりと抱きとめたショコラの腕の中で、カカオは身体全体が心臓かと思えるほど、ドクドクと小刻みに動いている。
 王都の外からここまで、休むことなく駆けてきたのだろうと思ったショコラは、安心させるようにカカオのフサフサな毛をなでた。

「寂しい思いをさせちゃって、ごめんね……。会いたかったよ、カカオ。来る途中で怖い目に遭わなかった?」
「クゥゥゥン」

 良いことも悪いこともあったカカオだが、結果的には目的を果たしてショコラに会えた。満足するようにカカオは、ショコラの胸に頭を擦りつける。

「ふふ。私が作ったカボチャのぬいぐるみも、気に入ってくれたのね」
「キャン!」

 ショコラから一旦離れたカカオは、落としてきたカボチャのぬいぐるみを拾ってから、もう一度ショコラの胸に飛び込んだ。大好きなショコラとショコラが作ってくれた大好きなぬいぐるみに挟まれて、カカオは最高の幸せを感じる。

「会いに来てくれてありがとう、カカオ。これからはずっと一緒にいようね」

 ショコラは誰にも聞かれないように、こっそりとカカオに耳打ちした。王宮に住んでいるショコラにとっては爆弾発言だが、もう絶対にカカオを離さないとショコラは心に決めてしまった。



 そんなショコラの決意など知らないシャルロットは、空中で手をわしゃわしゃさせながら、ショコラとカカオを見つめていた。

(はぁぁぁ。やっぱりカカオは可愛いわ)

 二人の抱擁が終わったら、真っ先にカカオを抱かせてもらおう。シャルロットも別の決意を固めていると、わしゃわしゃさせていた両手をジェラートに捕まれる。

「ジェラート様、どうかなさいましたか?」
「……シャルがなでるのは、こちらだ」

 そう言ってジェラートは、シャルロットの両手を自分の頭の上へと乗せる。

「ふふ。ジェラート様の髪の毛もフサフサで触り心地が良いですわ」
「俺の髪をなでまわしても良いのは、シャルだけだ。だから……」

 シャルロットがカカオばかり見ていたので、夫は嫉妬したようだ。自分以外には触れるなと、言いたげな顔をしている。

 動物にまで嫉妬してしまう夫が可愛い。
 カカオに触れられないのは残念だが、夫の髪をなでまわし放題にできる権利を得るほうが、シャルロットにとっては魅力的だ。

「はい。これからは好き勝手に、ジェラート様をなでさせていただきますわ」

 こうして王都を騒がせた騒動は、無事に幕を閉じたのだった。


 しかし、王都民は知らなかった。これから頻繁にカカオに会うたび、手が勝手に空中でわしゃわしゃしてしまうことを。
 『可愛い』が過ぎるものを見ると、人は冷静ではいられなくなってしまうようだ。
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