57 / 57
番外編 可愛いカカオ3
しおりを挟むその少し前。
林を抜けたカカオはとぼとぼと歩きながら、川に掛けられた橋の近くまでやってきた。
この橋の向こう側が王都だ。真っ直ぐに伸びている道の先には、小さく宮殿の塔も見えている。
きっとあそこに、ショコラはいる。一直線に駆けて行けば会える距離なのに。聖女の力のせいでカカオにはそれが叶わない。
街では騒ぎを起こしてしまったので、もう戻ることもできない。かといってショコラへの最短距離であるここを去り、他の街へ行くのも嫌だ。
「クゥン……」
もうどこにも行き場がなくなってしまったカカオは、カボチャのぬいぐるみを抱きしめるようにして、その場にうずくまった。
ぬいぐるみに微かに残る、ショコラの匂い。
嗅げば嗅ぐほど、この場を離れがたくなる。
会いたい。ショコラに会いたい。
胸が苦しくなるほどそう願っていたカカオは、ふと鼻先を動かした。
橋に満ちている聖女の力が、徐々に弱まっている気がする。
むくりと起き上がったカカオは、ぬいぐるみを咥え直してから、橋のたもとへと向かった。
恐る恐る一歩、橋に足を踏み入れてみる。
「クゥッ……!」
聖女の力は確実に弱まっている。カカオは考える暇もなく、無我夢中で走り出した。
橋の向こう側の王都入り口では、ジェラートの近衛騎士隊も訓練に駆り出されていた。
全くもって意味がわからない訓練だが、ジェラートに普段から振り回されている騎士隊は、慣れた様子。王太子妃のことでまた王太子は空回りしているのだろうと思いながら、王都へ入ろうとしている魔獣がいないか見張っていた。
「隊長、見てください! 橋を駆けてくるフサフサ狼がいますよ」
「あの時の、聖女様のペットですね。捕まえてお連れいたしましょうか」
騎士隊のメンバーは、聖女を迎えに行った時に見たカカオのことを覚えていた。
あの可愛さを再びこの手で確かめたいと思った騎士達は、空中で手をわしゃわしゃさせながら、カカオを捕まえようと待ち構える。
「馬鹿者どもが! 王太子殿下は、フサフサ狼には手を出すなとおっしゃったではないか! このまま何もせずに、お通ししろ!」
ジェラートの意に反すると面倒なことになるのは、隊長が一番理解している。カカオに触れようとしている騎士達を、隊長は押さえ込んだ。
そんな騎士隊たちのやり取りなど目に入っていないカカオは、全力疾走で騎士隊の横をすり抜け、王都へと入った。
王都の大通りにも騎士達は大勢おり、都民が大通りに入れないよう封鎖する作業に勤めていた。
夕方の忙しい時間帯。大通りへと入れない人々で、脇道は大混雑している。
「一体、何が始まるんだ?」
「わかんねーけど、大通りを封鎖するってことはお偉いさんでも通るんじゃないか?」
「おいっ! あれ見ろよ! ちっこいのがカボチャのぬいぐるみを咥えて、駆けてくるぞ!」
「なんだ、あの可愛い生き物は!」
フサフサ狼を見たことが無い王都の人々は、カカオが魔獣だとも知らずに歓声を上げる。
何だかよくわからないがその可愛い動物は、小さな足を一生懸命に動かしながら、懸命に大きなぬいぐるみを運んでいるではないか。
フサフサ丸くて、愛くるしいフォルムに心奪われた王都民は、手を空中でわしゃわしゃさせながら、応援の声を上げ始める。
「がんばれ! ちびすけ!」
「転ぶんじゃないよ!」
そんな王都民の声すら、カカオの耳には届かない。
カカオは全神経を集中させて、ショコラがいるであろう方向へとひたすら突き進む。
そしてとうとう、王宮の前に立ちはだかる門の下。両膝を地面に付けてお祈りに集中しているショコラの姿が見えた。
「カカオだわ!」
シャルロットの明るい声を聞いたショコラは、お祈りに集中するために閉じていた瞳をぱちりと開いた。
ショコラの真正面に伸びる大通りを、小さな毛玉が駆けてくる。それは、幼い頃から苦楽を共にしてきた、かけがえのない家族だ。
「カカオ~!!」
ショコラが両手をいっぱいに広げると、カカオはその小さな身体に似合わぬ、大きな跳躍を見せる。そのまま空中で、ぽろっとカボチャのぬいぐるみを離したカカオは「キャ~ン!!」と元気よく吠えながら、ショコラの胸に飛び込んだ。
しっかりと抱きとめたショコラの腕の中で、カカオは身体全体が心臓かと思えるほど、ドクドクと小刻みに動いている。
王都の外からここまで、休むことなく駆けてきたのだろうと思ったショコラは、安心させるようにカカオのフサフサな毛をなでた。
「寂しい思いをさせちゃって、ごめんね……。会いたかったよ、カカオ。来る途中で怖い目に遭わなかった?」
「クゥゥゥン」
良いことも悪いこともあったカカオだが、結果的には目的を果たしてショコラに会えた。満足するようにカカオは、ショコラの胸に頭を擦りつける。
「ふふ。私が作ったカボチャのぬいぐるみも、気に入ってくれたのね」
「キャン!」
ショコラから一旦離れたカカオは、落としてきたカボチャのぬいぐるみを拾ってから、もう一度ショコラの胸に飛び込んだ。大好きなショコラとショコラが作ってくれた大好きなぬいぐるみに挟まれて、カカオは最高の幸せを感じる。
「会いに来てくれてありがとう、カカオ。これからはずっと一緒にいようね」
ショコラは誰にも聞かれないように、こっそりとカカオに耳打ちした。王宮に住んでいるショコラにとっては爆弾発言だが、もう絶対にカカオを離さないとショコラは心に決めてしまった。
そんなショコラの決意など知らないシャルロットは、空中で手をわしゃわしゃさせながら、ショコラとカカオを見つめていた。
(はぁぁぁ。やっぱりカカオは可愛いわ)
二人の抱擁が終わったら、真っ先にカカオを抱かせてもらおう。シャルロットも別の決意を固めていると、わしゃわしゃさせていた両手をジェラートに捕まれる。
「ジェラート様、どうかなさいましたか?」
「……シャルがなでるのは、こちらだ」
そう言ってジェラートは、シャルロットの両手を自分の頭の上へと乗せる。
「ふふ。ジェラート様の髪の毛もフサフサで触り心地が良いですわ」
「俺の髪をなでまわしても良いのは、シャルだけだ。だから……」
シャルロットがカカオばかり見ていたので、夫は嫉妬したようだ。自分以外には触れるなと、言いたげな顔をしている。
動物にまで嫉妬してしまう夫が可愛い。
カカオに触れられないのは残念だが、夫の髪をなでまわし放題にできる権利を得るほうが、シャルロットにとっては魅力的だ。
「はい。これからは好き勝手に、ジェラート様をなでさせていただきますわ」
こうして王都を騒がせた騒動は、無事に幕を閉じたのだった。
しかし、王都民は知らなかった。これから頻繁にカカオに会うたび、手が勝手に空中でわしゃわしゃしてしまうことを。
『可愛い』が過ぎるものを見ると、人は冷静ではいられなくなってしまうようだ。
600
お気に入りに追加
2,815
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます
富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。
5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。
15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。
初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。
よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!
【完結】魔法学園のぼっち令嬢は、主人公王子に攻略されています?
廻り
恋愛
魔法学園に通う伯爵令嬢のミシェル·ブラント17歳はある日、前世の記憶を思い出し自分が美少女ゲームのSSRキャラだと知る。
主人公の攻略対象である彼女は、彼には関わらないでおこうと決意するがその直後、主人公である第二王子のルシアン17歳に助けられてしまう。
どうにか彼を回避したいのに、彼のペースに飲まれて接点は増えるばかり。
けれど彼には助けられることが多く、すぐに優しくて素敵な男性だと気がついてしまう。
そして、なんだか思っていたのと違う展開に……。これではまるで乙女ゲームでは?
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
〖完結〗妹の身代わりで、呪われた醜い王子様に嫁ぎます。
藍川みいな
恋愛
わがままな双子の妹セシディのかわりに、醜いと噂されている第一王子のディランに嫁ぐ事になった侯爵令嬢のジェシカ。
ディランには呪いがかけられていて、目を覆いたくなるような醜さだった。
だがジェシカは、醜いディランに恋をし…。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全9話で完結になります。
異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい
千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。
「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
でも、お願いされたら断れない性分の私…。
異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。
※この話は、小説家になろう様へも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる