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51 聖女お披露目の宴8
しおりを挟む「あら、二人とも。ここにいたのね~」
勢い余って、本当にジェラートへ倒れ込みそうになったシャルロットは、なんとか踏みとどまる。
声の方向へと視線を向けるとそこに立っていたのは、今まさに逃げようとしていた相手。
王妃はショコラを伴って、王太子夫婦の前へとやってきた。
「母様、どうかなさいましたか?」
ショコラがいることでジェラートも警戒したのか、シャルロットを抱きよせながらそう尋ねる。
「夫婦関係が改善したというのは、本当だったようね」
王太子夫婦を物珍しそうに見つめながら、王妃は微笑んだ。
「何度もそう、申し上げたでしょう」
「ごめんなさいね。息子を疑うわけではなかったのだけれど、今までを考えると、すぐには信じられなかったのよ」
王妃は、息子が王太子としての役目を果たすよう、常に目を光らせてきた。五年も世継ぎが誕生しないことについては、王妃が最も懸念していることだった。
国の未来を想えばこそ、口うるさくなるのも仕方のないこと。
その懸念が払拭されようとしている今、王妃は気持ちを抑えることができないようだ。
今までシャルロットが見たことないほど高揚した様子で、王妃はシャルロットに笑みを向けた。
「シャルロット、あなたにはいつも感謝しているわ。ジェラートを良い方向へと導いてくれてありがとう」
(もしかして……、嬉しくてこちらへいらっしゃったのかしら……)
先ほどからショコラを貴族に紹介するため、王妃は会場中を回っていた。ただ単に、その流れで自分達の行動を目にして、こちらへ来ただけなのかもしれない。
「とんでもないことでございますわ。ジェラート様の存在こそが、私の心の支えですもの」
「シャル……、俺もそなたなしでは生きて行けぬ」
「ジェラート様……」
この状況を素直に喜ぶべきなのか迷いつつ、ジェラートに視線を向けると、夫も王妃の意図を図りきれていない様子で、戸惑っているように見える。
(王妃様に認められたということで、良いのかしら?)
王太子夫婦が見つめ合っている姿を見て、満足したようにうなずいた王妃は、それからショコラに視線を向ける。
「ショコラ様も、二人とは親しいそうですわね。三人で国を支えるという人生も、やりがいがあるとは思いませんこと?」
(あぁ……、やっぱり側妃問題は消えていないのね……)
王妃にとっては、王太子夫婦の関係など些細な問題なのだ。重要なのは一刻も早く、世継ぎとなれる男児をたくさん誕生させること。
政略結婚だった王妃には、夫を独り占めしたいという感情は無い。側妃とのほうが信頼関係があるほどだ。
二人で仕事も育児も分担し合い、妃同士で支え合ってきたのだと、シャルロットにたびたび話してくれていた。
お互いに『妃』という立場を仕事として割り切るのなら、二人の関係も素敵なものではあるが……。
「あの……、意味が……」
突然に話を振られて、ショコラも動揺している。
ショコラは助けを求めるように、クラフティに視線を向けた。しかし王太子妃の弟とはいえ、伯爵令息にすぎないクラフティには、王妃の会話に口を挟む権利などない。悔しそうにうつむくしかなかった。
「母様。その話は、ここですべきではありません」
この場で唯一、堂々と口を挟めるジェラートがそう指摘すると、王妃は冷めた視線を息子に向ける。
「あらどうして? 今日のような祝いの席でこそ、提案すべきだわ。それとも、母や貴族達を安心させるだけの材料が、あなた方にはあるのかしら?」
小説と同じ言葉が王妃の口から紡がれ、シャルロットはドキリとした。
小説では、ジェラートとヒロインが一緒にいるところへ、王妃がシャルロットを連れて現れる。
先ほどと同じように、ヒロインへ側妃の提案をするが、ジェラートも一度は否定的な態度を取った。そして、王妃の今の言葉に続く。
(えっ……、ここで小説のストーリーに戻ってしまうの?)
しかし同時に、王妃の態度に対してシャルロットは、違和感を覚えた。
シャルロットには過剰に配慮してきた王妃が、これほど強引に事を進めるだろうか。
小説でもヒロインを側妃に望んだことからも、王妃はシャルロットを正妃として離したくなかったはずだ。
そんな王妃が事前連絡もなく、王太子夫婦を追い詰めるような態度に出るのは、どう考えても不自然。
(もしかして、王太子夫婦は試されていたのかしら……)
王太子夫婦を極限まで追い込んで、お互いの気持ちを確かめさせようとしていたならば実に、過剰な配慮をする王妃らしいやり方だ。
しかし小説のジェラートは、本音を伝えられないまま側妃を受け入れ、シャルロットも「嫌だ」とは言えずに、こじれて悪女化してしまった。
(私に感謝してくれた際の王妃様は、心から喜んでいたように見えたわ。きっと、王妃様自身は私達を認めてくれたのよ)
王妃は、『母や貴族達を安心させるだけの材料』が必要だと言った。王妃自身がすでに認めてくれているとしたら、残るは貴族からの賛同を得るだけ。
貴族の賛同を得られれば、側妃問題は消えるのではないか。
(それには、悪女的に乗り切るしか方法はないわね)
その結論に至ったシャルロットは、ジェラートに視線を向けた。長期戦で行くつもりであったであろう夫の顔には、焦りの色が窺える。
「王妃様のおっしゃるとおり、私達が本当に愛し合っていると、貴族達に証明して見せる必要がありますわ」
「うむ。しかし、どうすれば良いだろうか……」
「私に、良い考えがあります。私たちは結婚式で、誓いのキスをしておりませんので、ここで改めて誓ってみせるのはいかがでしょうか」
「……皆の前で、そなたにキスを?」
「えぇ。頬で構いませんわ」
頬を指さし、にこりとシャルロットが微笑むと、ジェラートは恥じらうように口元へ手を当てる。
「シャルは……、どこまで俺をたぶらかすつもりだ?」
「限度などございませんわ。だって私、悪女ですもの」
こんな状況でも楽しそうな妻には、一生勝てないだろう。ジェラートは諦めるように微笑んだ。
「愛する妻になら、手のひらの上で転がされるのも悪くないな」
辺りを見渡すと、すでに会場全体がこのやり取りに注目している。宣言するには、絶好の機会。
ジェラートは、妻を連れて会場の中央へと進み出た。貴族達はそれを、固唾を呑んで見守る。
「皆の前で今一度、宣言しよう。ジェラート・ブリオッシュは、妻シャルロット・ブリオッシュだけを、生涯愛すると誓う」
後半はシャルロットを見つめながら、ジェラートはそう宣言した。照れながらも、真剣な夫に愛おしさを感じつつも、シャルロットはバトンを受け取るようにうなずく。そして、集まっている貴族を見回した。
「私も宣言させていただきますわ。シャルロット・ブリオッシュは、夫ジェラート・ブリオッシュ様だけを、生涯愛すると誓います」
貴族のざわめきを感じつつ、シャルロットも後半はジェラートを見つめながら宣言した。するとジェラートは、緊張した様子でうなずく。
「シャル……。目を閉じてくれ」
「はい」
ついに、夫にキスしてもらえる。シャルロットはドキドキしながら目を閉じた。
夫のペースなら、唇にしてもらえるまでにはまだまだ時間がかかりそうだが、これからも粘り強く悪女として、夫を誘惑していくつもりだ。
そんな決意を胸に抱きながら待ち構えていると、夫の唇がふわりと、シャルロットに触れた。
想像以上に柔らかいものが、予想外の場所に触れ。シャルロットの顔は一気に熱を帯びる。
「ジ……ジェラート様……!?」
「……誓いのキスは、唇にするものだ」
いたずらをしでかした子犬のように、しょんぼりとした顔になるジェラート。しかし、シャルロットには見えている。あるはずがない夫の尻尾が、嬉しそうにフリフリと揺れ動いている姿が。
(本当の結婚式でキスしなかった人が、何を言ってるのよ~!)
恥ずかしさのあまり、シャルロットが顔を両手で覆い隠すと、会場はお湯が沸騰したかのように歓声が沸き立つ。
そんな光景を目の当たりにした王妃は、扇子で頬を隠しながら王太子夫婦の元へとやってきた。
「なんだか、こちらのほうが恥ずかしくなってしまうわね。――ひとまず、あなた方に任せるとするわ。一年後に成果が見られないようなら、また話し合いましょう」
こうして側妃問題は幕を閉じたが、実は誓いのキスをする前から貴族達の賛同は得られていたことなど、必死だった二人には知る由もなかった。
それから、二か月間。
聖女の代替わりに関する、さまざまな行事がとりおこなわれ、シャルロットも手伝いで忙しい日々を送ることに。
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