上 下
43 / 57

43 ヒロインと悪女5

しおりを挟む

 小説の核心にたどり着いたような気がしたシャルロットは、何としてでも小説の内容を変えたい一心で、ジェラートへと視線を向けた。

「ショコラ様のおっしゃるとおり、魔獣はショコラ様の感情に繊細に反応しているようですわ。これ以上の議論は、魔獣を狂暴化させてしまうかもしれませんので……」

 ぼろぼろと涙を流すヒロインを抱きしめながらシャルロットは、ジェラートにそう諭す。

「すまない……、強く言い過ぎた」
「ジェラート様は、背負うものが大きいですもの。仕方ありませんわ。それより私、良い考えが浮かびましたの」
「考えとは?」
「この魔獣カカオを、ハット家の領地で引き取ろうと思います。ハット家にも手懐けた魔獣が数匹おりますので、飼育に問題はありませんわ。ハット家で保護しておけば、ショコラ様も会いに行けますし、定住先があればお互いに安心できますでしょう」

 それを聞いたヒロインは、涙が一気にひっこんだように目を見開いた。

「ほっ……本当ですか、シャルお姉ちゃん! カカオのおうちを作ってくれるんですか?」
「はい。ハット家は自然あふれる土地ですから、のびのびと暮らせますわ」
「わぁ! ありがとうございます! シャルお姉ちゃん大好き!」

 完全になついたように抱きつくヒロインを、よしよしとシャルロットがなでていると、ジェラートが「俺より先に……」と、悔し気に呟く。
「どうかなさいました?」とシャルロットが首をかしげると、ジェラートは眉間にシワを寄せながら咳ばらいをした。

「いや……問題ない。それより、領地で引き取るのは良い案だが、カカオはショコラ以外になつくのか?」

 その疑問には、シャルロットの腕に隠れながらヒロインが答えた。

「カカオは利口なんです。私が説得したら、大人しく引っ越してくれると思います……」

 先ほどの言い合いで、ますますヒロインとヒーローの間で溝が深まったように思える。出会いが変われば、関係も随分と変わるようだ。


 ヒロインの提案により、魔獣の説得を試みることになり。シャルロットとヒロインだけを残して、ジェラートと騎士団は後ろへと下がった。

 魔獣のほうは、先ほどからヒロインが明るい声を上げているせいか、威嚇の姿勢はすでに解かれており、じっとこちらの動向を伺っている。
 その魔獣へ、ヒロインは笑顔で呼びかけた。

「私に新しい家族ができたのよ、カカオに紹介するわ。こちらはシャルお姉ちゃん、私にとっても優しくしてくれるのよ」

 仲の良さをアピールするように、シャルロットに抱きついたヒロインは、魔獣が様子を伺うようにしながら、さらに続けた。

「私は聖女になって、王都で幸せに暮らすの。だからもう……、カカオは私の心配をしなくてもいいんだよ」

 その言葉を理解したのか、魔獣の身体は徐々に小さくなり始める。
 不思議な現象を目の当たりにして、シャルロットがぼーっと見つめていると、人間ほどの大きさまで小さくなった魔獣は、そこで縮小が止まった。

(確か、もっと小さくなるのよね……?)

「カカオのおうちも、シャルお姉ちゃんが用意してくれるんだよ。だから元の姿に戻ろう?」

 ヒロインが言葉を重ねるも魔獣はそれ以上、身体を小さくさせる気配がない。
 説得をし尽くしたヒロインは、とうとう困った顔をシャルロットに向ける。

「どうしましょう、シャルお姉ちゃん……。いつもは、なでてあげれば元に戻るんですけど、私にはもうできないし……」
「きっと、私が信用できる人間かどうか、迷っているのよ。私からも説得してみるわ」
「お願いします!」

 ヒロインとうなずき合ったシャルロットは、一人で魔獣の元へと歩き出した。
 あの狼型の魔獣も、鼻の利く動物であることには変わりないはず。信用できる人間かを判断させるには、言葉よりも匂いを嗅いでもらう方が手っ取り早い。

 魔獣の真ん前へと進み出ると、魔獣は匂いを嗅ぐ仕草を始めたので、シャルロットは魔獣の鼻先に手を差し出した。
 警戒する気配がないので、次は反対の手であごの毛をなでてみると、魔獣は大人しく目を細めた。

「ふふ、ショコラ様がおっしゃるとおり、利口で良い子ね」

(良かった、受け入れてくれたみたい)

 これほど大きな魔獣をなでるのは初めて。シャルロットはフサフサした毛を堪能するように、魔獣の首へと抱きついた。

「ショコラ様が心配で、この地を離れられなかったのね。聖女の力が強くて辛かったでしょう」
「クゥン……」
「これからは私達がショコラ様を大切にお世話するので、もう心配いらないわ。カカオにも居場所をあげるわね。この山のように、自然が溢れていて良い土地なの。そこに留まっていてくれたら、必ずショコラ様が会いに来てくださるわ」

 ショコラにまた会える。
 それを知った瞬間、魔獣の不安は完全に払拭されたようだ。
 魔獣の身体はみるみるうちに小さくなり、あっという間に小型犬ほどの大きさへと変化した。

「あなた……、フサフサ狼だったのね」
「キャン!」

 先ほどまでの、威圧的な狼はどこへやら。シャルロットの足元にいるのは、フサフサの綿毛のような物体。前世の動物で例えると、ポメラニアンのような風貌の狼だ。フサフサな毛のせいで毛玉にしか見えないが、毛を剃れば、狼の赤ちゃんくらいの威厳はあるらしい。

「可愛い~っ!」

 毛玉を拾い上げたシャルロットは、ぎゅっとフサフサに頬ずりする。大きかった状態のフサフサも、全身で感じることができて良かったが、小さいフサフサもぬいぐるみのようで可愛い。

「シャル、無事か!」
「ジェラート様! やっぱりこの子、王宮うちで飼いましょう」

 心配そうな顔で駆け寄ってきたジェラートに、シャルロットはおねだりするように微笑む。
 王都は聖女の力が強く、ましてや王宮は力の根源のような場所なので、魔獣を飼えるはずもない。そんなことはわかっているが、わがままを言いたくなるほど、カカオは可愛い。

「駄目だ」

 シャルロットの願いは、無茶な温泉行きでも叶えてくれたが、こればかりは防衛的な問題でもあるので無理に決まっている。
 シャルロットも叶うとは思っていなかったが、ジェラートはぼそりと付け足した。

「狼は一人で十分だろう……」
「へ?」

 想像とは異なる理由が呟かれ、シャルロットは思わず間の抜けた声を出してしまった。
 シャルロットが関わると、ジェラートはかなり私情が混ざるらしい。




 無事に、カカオを小さく戻せたシャルロット達は、そのままハット家の領地へと移動することに。
 領地へ到着すると、魔獣対応でまだ領地に残っていたクラフティが出迎えてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります

毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。 侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。 家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。 友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。 「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」 挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。 ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。 「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」 兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。 ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。 王都で聖女が起こした騒動も知らずに……

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

処理中です...