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42 ヒロインと悪女4
しおりを挟む「シャルは、聖女を連れて後ろへ!」
素早くシャルロットから離れたジェラートは、シャルロット達を庇うようにして、音のする方向へと剣を構えた。後ろからは、騎士団も駆けつけようとしている。
「はい! ショコラ様、こちらへ!」
音が近づくにつれて、木々をなぎ倒しているような音も聞こえてくる。大型の魔獣が現れたと察したシャルロットは、ヒロインを後退させようとした。
しかしヒロインは、呆けたように森を見つめるだけ。
「ショコラ様!」
もう一度、ヒロインの名を呼びながら、力づくでも連れて行こうとした瞬間――、ヒロインの表情は、雲の合間から日が差したように明るくなった。
「カカオだわ! カカオが戻ってきたわ!」
ヒロインの声を聞いたかのように、森の中から「ワオーーーーーン!」と耳を塞ぎたくなるほど爆音の、遠吠えが聞こえてくる。
そしてその声の主は、木々を踏み潰すようにして森の中から現れた。
人間の三倍はあろうかと思えるほどの圧倒的な巨体は、銀色の艶やかな毛に覆われ、威圧的な鋭い瞳は巨大な琥珀のよう。
鋭い牙の隙間からは、その巨体を動かすために必要な熱量が漏れ出ているかのように、湯気が立っている。
「こんな巨大な狼型の魔獣は……、見たことないわ……」
狩猟場が遊び場のように育ったシャルロットでも、こんな魔獣は見たことがない。それは、ジェラートや騎士団も同じなのだろう。辺りは、緊張と動揺が入り混じった空気に包まれる。
その中で一人、ヒロインだけが、嬉しそうに魔獣の元へ駆け出した。
「危険ですわ、ショコラ様!」
「大丈夫です! カカオは私の家族なの!」
呼び止めるシャルロットへ振り返り、笑顔を向けたヒロインは、再び走りながら魔獣に視線を戻した。
しかし魔獣は、ヒロインとの距離を開けるように、森へと後ずさっていく。
「カカオ……、どうしたの? 私よ、ショコラよ」
「クゥ~ン……」
「戻ってきてくれたんでしょう? お願いだから、いつものように抱きついてよ……」
ヒロインが懇願するも、魔獣は困ったように動かないまま。
(ヒロインは自分の立場をまだ、理解していないのね)
このままではどちらも辛いだけ。現状を伝えるしかないと決断したシャルロットは、ヒロインの元へ歩み寄った。
「ショコラ様は聖女ですわ。そのお力が周囲に漏れ出ているので、あの魔獣は近づけないのでしょう」
「そんな……。カカオと離れ離れになるなんて、嫌です……」
大切な家族と会えなくなる悲しさからか、ヒロインはほろりと涙を零れ落とす。すると、それに反応した魔獣が、威嚇するように唸り声をあげた。
「シャル、そこは危険だ!」
ジェラートと騎士団がすぐさま駆け寄り、シャルロットとヒロインを隠すようにして、魔獣の前に立ちはだかる。
しかし、ヒロインの姿を遮られたことで、魔獣はさらに敵意をむき出しにして唸り出す。
今はヒロインの力のせいで、これ以上は近づいて来ないが、怒りで我を忘れたらそれもどうなるか想像がつかない。
「ジェラート様、魔獣はショコラ様の事が心配なだけですわ。剣を下ろしてくださいませ」
「しかし……、この規模の魔獣となると、どちらにせよ野放しにはしておけない……」
その言葉を聞いたヒロインは、青ざめた表情でジェラートのマントに掴みかかる。
「カカオを殺さないでください! いつものあの子は、もっと小さくて可愛いんです! 私が危険な目に遭っていると勘違いして、怒っているだけなんです!」
「感情で、大きさが変わるというのか? そのような魔獣は、聞いたことがない……」
小説でも、ヒロインが飼っている魔獣は、小さな狼に似ていると書かれている。実際はこうして巨大な魔獣だが、ヒロインの言うとおり小さくなるようだ。
「私がなだめて小さく戻しますから、カカオを殺さないでください!」
「今はそれで良くても、そなたはもう、この魔獣の面倒を見られなくなる。そなたには悪いが、俺は王族として、周辺の村を守らねばならない」
「カカオは、優しい子なんです……。村を襲ったりなんかしません……」
「それを、周辺の村人たちは知っているのか? 安全だという証拠も提示できない状態で、大型魔獣を野放しにはできない」
ジェラートは真面目だ。シャルロットに対しては随分と甘いが、基本的には感情論で意見を変えるような性格ではない。
小説でも、王太子妃を自ら断罪するような性格だ。
(その後ジェラート様は、罪悪感でふさぎ込むのよね……)
その場面を思い出したシャルロットは、ふとそれを読んだ時の感情を思い出した。
あの時は、自分で断罪しておきながらふさぎ込むなんて、ヒロインとの絆を深めるための、都合の良い場面に過ぎないと思っていた。
しかし、五年前からシャルロットを想っていたという設定を知れば、見方は随分と変わる。
小説のジェラートは、妻が変貌する姿に悩み、聖女と王太子殺害未遂という大罪を犯した妻を、かばいきれずに断罪してしまった。
想い続けてきた妻を亡くしてしまったせいで、ジェラートがふさぎ込んでいたとしたら。
この小説の恋愛部分が大きく進展するのは、この後からだ。
ここまで考えたシャルロットは、二人の接点に気がついた。
(ジェラート様は妻を亡くし、ヒロインは魔獣に二度と会えなくなる。お互いに大切なものを、失った者同士なのよ)
もしこの小説が、『一番大切だったものを失った者同士が、支え合う』というテーマだったなら。
お互いにとってお互いが二番目という存在だったなら、ヒロインの目に映るジェラートと、シャルロットの目に映るジェラートが異なる理由にも納得がいく。
そして、二人にとっての一番が存在し続ければ、二人は結ばれないのではないか。
(ヒロインと魔獣を、離れ離れにさせてはいけないわ!)
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