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38 聖女の居場所7

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 ジェラートは、甘いセリフを吐くようなキャラだっただろうか。しかし、これまでの夫を思い出して、シャルロットは納得する。
 妻のためにと、馬車の中を白バラで埋めるような人だ。甘いセリフくらい余裕で思い浮かぶのだろう。
 小説のジェラートは甘いキャラではなかったが、ヒロインが知らなかっただけなのかもしれない。

(ん? ヒロインは、こんなジェラート様を知らなかったの?)

 どういうことだろうとシャルロットが考え込んでいると、唐突に視界がジェラートで埋め尽くされる。

「きゃぁ!?」
「シャル。難しい顔をしていたが、疲れたのか?」
「……大丈夫です。新しい聖女様は、どのような方かと思ったら緊張してしまいまして」

 今朝は皆、新しい聖女に出会えるという期待で、足取りも軽い様子。本来ならば喜ぶべきこの日に、身構えているのはシャルロットだけ。
 歓迎していないように見られると困るので、緊張ということにしてみたが。

「聖女に会う前に、シャルが倒れないか心配だ。坂道がきつくなってきたし、俺がおぶろうか?」

 ジェラートは今日も、ヒロインに興味がなさそうだ。

「心配なさらないでくださいませ。私は狩猟場育ちなので、丈夫なんですよ。それよりも……ジェラート様、前を向いて歩かなければ転んでしまいますわ……」

 ジェラートはまた一段階、シャルロットに慣れたらしい。出発前からジェラートは、何度もシャルロットの様子を伺うように見つめるので、シャルロットは居心地が悪い。
 今まで幾度となく「見てほしい」と望んだことなのに、実際に夫に見つめられると嬉しさよりも、恥ずかしさが勝ってしまう。

「そなたが、見てほしいと願ったのだろう。今まで見られなかった分も、じっくりと見させてくれ」
「見てほしいの意味が、少し違います……」

 もちろん、夫と目を合わせて話したいと思っていたが、昨日の発言は『自分に関心を向けてほしい』という意味合いが強かった。
 それをぼそりと呟くと、ジェラートはシャルロットの手をぎゅっと握る。

「心配せずとも、俺の心はそなたで満たされている。五年前からずっと……」
「……五年前からですか?」
「そなたとは若すぎる結婚だったから、嫌われたくない一心で気持ちを閉ざしてしまった……」

 昨夜はお互いの気持ちを素直に話せたせいか、夫のその言葉がすんなりと受け止められる。
 シャルロット自身も、夫に嫌われたくない気持ちが大きすぎて、自分らしさを押し殺していた部分がある。
 お互いに壁を作ってしまっていたのだと、シャルロットは今更ながら気がついた。

「ジェラート様を嫌うはずがありませんわ。昨日も申し上げたとおり、私は一目惚れだったのですから」
「昨夜はそれを聞かせてもらえて、嬉しかった……」

 朝日の下で見る照れた表情のジェラートは、生まれたての子犬のように庇護欲をそそられる。

(こんなに可愛いジェラート様も、小説では描写されていないなんて……どういうこと?)

 今までは、断罪されたくないという気持ちで、離婚する選択肢しか考えていなかったが、シャルロットはここへきて、小説に対して違和感を抱き始めた。

 この小説は、ヒロインの苦難をジェラートが助け、二人で乗り越えて結ばれるというストーリー。
 シャルロットは、物語にありがちな悪女役であり、ヒロインを苦しめる存在。使い捨てのように、役目が終わると断罪されてしまうが――。本当にそれだけのストーリーだったのだろうか。

(ジェラート様がヒーローなのに、五年も前から私に好意的だったという設定はおかしいわよね……)

 そもそもこの設定は、小説で語られていない。だからこそシャルロットは、前世の記憶が戻った後もジェラートに嫌われていると思っていた。

 しかしこの小説は、ヒロインとジェラートが結ばれるためのストーリーなので、余計な感情は描写されていないのかもしれない。

 新たな糸口が見つかったような気がして、シャルロットはこてりと夫の腕に頭を寄せる。

「これからはもっと、お互いに思っていることを伝え合いませんか?」
「そうだな。何でも話せる夫婦になりたいし、そなたをもっと知りたい」

 これほど穏やかに微笑む夫に出会えるとは、これまでのシャルロットなら想像もつかなかったことだ。
 もっといろんな表情の夫が見たい。優しい瞳を自分に向けてほしい。夫への独占欲が、底知れず湧き上がってくる。

 シャルロットは、下から覗き込むようにしながら、夫に微笑みかけた。

「大好きです、ジェラート様。これが、今の私の気持ちです」

 唐突の告白に耐えられなかったのか、ジェラートは視線をシャルロットからそらす。

「ジェラート様、目をそらしちゃ嫌です! 私だけを見てください」
「そなたは可愛すぎる……。少しは手加減してくれ……」
「ふふ。実は私、悪女なんですよ。今からでも、お逃げになりますか?」
「いや……。もう、手遅れだ」

 困ったようにそう返したジェラートは、やや間を開けてからぼそりと付け足した。

「ずっと、そなたに捕まえられていたい……」




 フランとアン、そして騎士団による多大な配慮の結果、シャルロットとジェラートは二人きりの空間を得ていたが、本人たちはそれに気がつく余裕もなく、二人きりでの登山を楽しんでいた。
 途中で狩ったぷかぷかキノコを昼食にしたりしながらも、山の中腹にある湖へ到着したのは午後に入って少し経ってから。

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