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35 聖女の居場所4

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 聖女探しへと出発したシャルロット達は、途中の街で二泊しながらも、ヒロインが住む山が見えてくる辺りまでやってきた。
 午後の暖かい馬車の中。あまりの心地よさに耐えかねて、シャルロットはジェラートに身を寄せてウトウトしていたが。

「……ジェラート様?」

 夫が動いたことに気がつき、目をこすりながら視線を上げようとしたが、シャルロットはそこで動きが止まる。
 ジェラートの手のひらには、聖女を探すための宝玉。それが薄っすらと光を帯びていたのだ。

「向かう方角に、新たな聖女がいるようだ……」

 初めて、光る宝玉を目にしたジェラートは、喜んでいるというよりは、驚いている様子だ。

「こちらが、聖女様の光ですか……」

 今はほんわか金色に光っているだけだが、聖女が目の前に現れた際には眩しいほどに光り輝く。先々代の大聖女が、夜空の星と間違えたように。

「本当に、そなたが望んだ場所にいたとは……。そなたと一緒だと、何でも上手くいくような気がするな」
「偶然がお役に立ったようで、嬉しいですわ」

 偶然ではないことを悟られぬよう、シャルロットはとぼけながらジェラートに微笑んでみせる。
 それに応えるようにシャルロットの手を握ったジェラートは、微かに顔を緩めながら宝玉を見つめた。 

 小説のジェラートとヒロインは、ここへ向かう途中の街で出会う。街に入ってすぐ、宝玉が光っていることに気がついたジェラートは、旅の疲れも忘れて街中を探し回る描写があった。

 ジェラートの性格ならば、今も一人で馬に乗り換えて、ヒロインの元へ駆け出しそうなものだが。宝玉を見つめているだけの夫に、シャルロットは首を傾げる。

「お急ぎにならなくて、よろしいのですか?」
「聖女の住まいが、これから向かう方角にあるのなら、急ぐ必要もない。今回は、休息も兼ねているしな……。一日くらい休んでも、曾祖母様は文句を言ったりしないだろう」

 それからジェラートは、窓の外を眺めながら呟く。

「そなたと一緒に、温泉へ入る約束もしたしな……」

(……へ? そんな約束したかしら?)

「あの……、今から行く温泉は混浴でしたっけ?」
「案ずるな。そなたを、他の輩の目に触れさせるつもりはない。貸し切りを用意させてある」
「まぁ……。それは、安心ですわね」

(えっ、何が安心なの?)

 むしろ、皆でわいわいしながら入浴したほうが、安心できるのではなかろうか。
 そんな疑問を抱きつつも、馬車は温泉地へと到着した。



 ここは観光地と呼べるほど、大きな温泉街ではない。観光施設と呼べるものは三軒の宿屋と、一軒の土産店。その他は、普通の村とさほど変わらぬのどかさだ。
 すでに日暮れのこの時刻は、少し寂しささえ感じられる。

「ジェラート様、宝玉の反応はいかがですか?」
「先ほどよりは、光が強くなったな。だが、この村には住んでいないようだ」

 ヒロインは湖のすぐ横に住んでいるので、ジェラートの予想どおりここにはいない。
 知ってはいても、それを悟られるわけにはいかないので、シャルロットは宝玉を見つめながら考えるそぶりをみせる。

「村人なら、この周辺に住んでいる人を知っているかもしれませんわね。聞き込みをしてみましょうか」
「それは、騎士達に任せる。そなたは、疲れただろう。食事と温泉を楽しむと良い」
「ジェラート様は、お優しいのですね。嬉しいですわ!」

 大げさにジェラートの腕に抱きつきながらも、シャルロットの頭の中は疑問でいっぱいになる。

(ジェラート様が、ヒロインに興味がなさすぎるわ……)

 ジェラートにとって、今回は温泉がメインで、聖女探しは二の次のような気がしてならない。
 いくら夫婦仲が改善されたからといって、これほど小説の内容が変わるものだろうか。
 小説のように、ひどい結末にはならないかもしれないと感じつつも、ヒロインと対面することには戸惑いもあったが。
 この先の展開は、全く予想がつかないと思いながら、シャルロットは宿屋へと入った。



 食事を終えたシャルロットは、温泉の脱衣室にておろおろしていた。
 今のシャルロットは、ジェラート以上に聖女探しなど二の次、三の次状態。自分の未来よりも、今をどう乗り切るかで頭の中はいっぱいだった。

「どうしよう……アン! 本当に、ジェラート様と二人で入らなければならないの? 恥ずかしくて死にそうだわ!」
「落ち着いてくださいませ、王太子妃様。湯浴み着もありますし、露天風呂は暗いので大丈夫ですよ」

 シャルロットは、着用している湯浴み着を見回すと、さらにおろおろし始める。

「こんな、色気の欠片もない湯浴み着で、ジェラート様はがっかりしないかしら……」
「仕方ありませんよ。宿屋で用意されている湯浴み着は、一種類だけですし」
「うぅ……。どうして私は、最低限の着替えしか持ってこなかったのよ!」

 旅の負担にならないようにと、リュックに詰められるだけの荷物で良いと思った自分が恨めしい。ジェラートと一緒に入浴すると知っていれば、可愛い湯浴み着を用意したというのに。
 前世の言葉を借りるなら、甚平みたいなこの湯浴み着。まるで健康ランドのようだと、シャルロットは泣きそうになる。

「あまりお待たせすると、王太子殿下がのぼせてしまいますよ……」
「そっそうね……。行くわ。悪女の私に、不可能はないもの!」

 見た目が駄目なら、悪女で乗り切るしかない。
 ヒロインとの対面を目前にして、少しでも優位に立ちたいシャルロットは、必死に頭を回転させながら露天風呂への扉を開けた。
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