34 / 57
34 聖女の居場所3
しおりを挟むこれが悪女役の定めなのだろうかと考えていると、フランが「その小さな発見が、重大だったのですよ」と言いながら、地図に三角印をつけていく。
「僕が把握しているカルデラ湖は、こちらになります」
「五つか。だいぶ絞れたな」
「まずはこちらを順番に捜索し、同時に他にもカルデラ湖がないか、調査させるのはいかがでしょうか」
「それが良さそうだな」
ジェラートとフランがそう手順を決めると、最後にどの順番で回るかで、皆が地図とにらめっこし始めた。
やっとここまで誘導できたので、余計な回り道はせずに一直線でヒロインの元へ行きたい。
そう思ったシャルロットは、ヒロインの住まいがあるカルデラ湖を指さした。
「私はこちらからが、良いと思いますわ」
「ふむ。その根拠は?」
また何か気がついたのかと思い、ジェラートは尋ねたのだろうが、シャルロットに根拠などない。そこがヒロインの居場所だと、小説を読んで知っているだけ。
けれど適当に決めたと思われて、行き先を変えられるのも困る。
シャルロットはこれまでの経験で、ジェラートが拒否しないであろう作戦を取ることにした。
(ごめんなさい、ジェラート様! 私、やっぱり悪女です!)
ガシッと、ジェラートの胴に抱きついたシャルロットは、まぶたをパチパチと開閉させて潤いを得てから、上目遣いにジェラートを見つめた。
「ジェラート様と一緒に、こちらの近くにある温泉へ行きたいんです! 疲れに良く効く温泉らしいので、ジェラート様や皆様を、癒して差し上げたいですわ!」
「よし、行こう」
間髪入れずに了承したジェラートは、行き先を定めたかのように窓の外の一点を見つめる。行き先の方角はそちらではないが、今のジェラートは遠くを見つめるだけで精一杯だった。
「殿下……、そのように安易な決め方でよろしいのですか? こちらから順番に回ったほうが、効率的かと思いますが……」
焦った近衛隊長がそう提案するも、ジェラートは狼よりも鋭い視線を、近衛隊長へと向ける。
「貴様は王太子妃の心遣いを、受け取れぬというのか?」
ジェラートから発せられる威圧に身を縮ませたのは、近衛隊長だけではなかった。その場にいた騎士団全員が、身の危険を感じながら一斉に敬礼をする。
「王太子妃殿下のお心遣いに感謝し、我々もお供いたします!」
「わかればよい。――フラン準備を始めてくれ」
「承知いたしました、殿下」
今のは完全に私欲だ。と、フランだけではなくその場にいた誰もが思ったが、二週間も休みなく働き続けて、疲れているのも事実。久しぶりの温泉、楽しみだな。と皆が心に秘めながら、準備を始めるのだった。
その日の午後。ハット家の玄関前でジェラートは、準備が整えられた馬車や騎士団の姿を、じっと見つめていた。
「シャルも同行するのに、馬車も騎士も足りないのではないか?」
貴族女性が旅をするとなると、ドレスやら帽子やらで、かさばる荷物が多くなる。美容道具なども、普段から使っているものを全て持参するので、それだけで荷馬車一台分になってしまう。
それに今回は、街道を外れて田舎道を通ることになるので、盗賊や魔獣に襲われる危険もある。ジェラート一人で、シャルロットを守り切る自信はあるが、それでも万が一を考えると騎士が多いに越したことはない。
慣れない旅で、妻に不便な思いをさせたくないジェラートは、これだけの準備では足りないのではないかと、先ほどから不安になっていた。
「非公式の訪問ですし、あまり騎士を増やすと逆に目立ち、危険かと思われます。王太子妃殿下のお荷物については、気にする必要はないとおっしゃられておりました。ハット家で、馬車を出すおつもりなのでしょうか」
先ほど、準備についての打ち合わせをアンとした際に、そう告げられた。フランがそう説明していると、玄関の外へ、シャルロットとアンがちょうど出てきた。
「お待たせいたしましたわ、ジェラート様」
にこりと微笑んだシャルロットを目にして、ジェラートは言葉を失った。
いつもの、バラのように可憐な妻の姿は、そこにはなく。髪の毛は、女性騎士のように後ろで一本に束ねられ。服装は、狩りや乗馬をたしなむ女性が着用するようなパンツスタイル。
荷物と言えるものは、背中に背負ったリュックと、なぜか手に携えている『弓』。それだけだった。
貴婦人らしさは消えたが、それが本来の妻の姿だったように、よく似合っている。
「あの……、変でしたか?」
ジェラートにじっと見つめられて、シャルロットはたじろいだ。
今回は単なる旅行ではないし、ジェラートも討伐へ出かける際の服装。それに合わせたつもりだったが、どうやら失敗したらしい。
(やっぱり、ジェラート様のお好きなドレスのほうが良かったかしら……)
シャルロットが後悔していると、ジェラートが「いや」と思いのほか、明るい声が返ってくる。
「そなたの、そういった服装は初めて見るので、新鮮だと思って。その弓は?」
「温泉地から湖までは距離がありますので、お食事用の獲物でも狩ろうかと思いまして……」
そう言いながらシャルロットは、はたと気がついた。あの辺りは、ぷかぷかキノコという、木の周りを浮遊する『美味な魔獣』が生息していると小説に書いてあったので、騎士達よりも、弓が得意な自分の出番だと思ったが。
(考えてみたら、携帯食くらい準備しているわよね……)
ハット家では、狩場へ行ったら食料は現地調達が基本なので、携帯食の存在をすっかりと忘れていた。
(久しぶりに狩りができると思って、浮かれてしまったわ。変な子だと思われたらどうしよう……)
せっかく夫と心を通わせつつあるのに、夫の好感度を下げたくない。伺うようにジェラートを見ると、夫は口元に拳を当てて咳払いするように笑った。
「どうやら、俺の杞憂だったようだな」
(ジェラート様は、何を心配していたのかしら?)
シャルロットは不思議に思い首を傾げながら、馬車へと乗り込んだ。
845
お気に入りに追加
2,815
あなたにおすすめの小説
【完結】魔法学園のぼっち令嬢は、主人公王子に攻略されています?
廻り
恋愛
魔法学園に通う伯爵令嬢のミシェル·ブラント17歳はある日、前世の記憶を思い出し自分が美少女ゲームのSSRキャラだと知る。
主人公の攻略対象である彼女は、彼には関わらないでおこうと決意するがその直後、主人公である第二王子のルシアン17歳に助けられてしまう。
どうにか彼を回避したいのに、彼のペースに飲まれて接点は増えるばかり。
けれど彼には助けられることが多く、すぐに優しくて素敵な男性だと気がついてしまう。
そして、なんだか思っていたのと違う展開に……。これではまるで乙女ゲームでは?
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます
富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。
5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。
15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。
初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。
よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
〖完結〗妹の身代わりで、呪われた醜い王子様に嫁ぎます。
藍川みいな
恋愛
わがままな双子の妹セシディのかわりに、醜いと噂されている第一王子のディランに嫁ぐ事になった侯爵令嬢のジェシカ。
ディランには呪いがかけられていて、目を覆いたくなるような醜さだった。
だがジェシカは、醜いディランに恋をし…。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全9話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる