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29 夫の好感度が知りたい5

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 外套を羽織り、息を切らせた様子のフランは、馬車ではなく自ら馬を走らせてハット家へ来たようだ。

「フラン様が、急ぎの用件だそうで……」
「夜分遅くに申し訳ございません。王太子殿下もこちらに?」
「えぇ。いらっしゃるわ」

 皆がベッドへ視線を向けると、ジェラートもベッドから出たところだった。

「何事だ、フラン」
「殿下……。先ほど聖女宮から連絡がございまして……、聖女様がお倒れになったそうです。お戻りになられたほうがよろしいかと思いまして、参上いたしました」

 重い表情でそう報告するフランに対して、ジェラートも眉間にシワを寄せながら扉の前へとやってきた。

(そんな……。少し疲れただけだと聞いていたのに……)

 聖女の容態が心配で、両手を強く握り合わせているシャルロットの肩に、ジェラートの手が触れる。

「わかった、すぐに行く。――そなたは、休んでいてくれ。俺が確認しに行ってくる」
「どうか、私もお連れください! 心配で寝てなどいられませんわ」

 ジェラートがマドレーヌを大切にしているように、シャルロットにとってもマドレーヌは大切な存在だ。一刻も早く、状況をこの目で確かめたい。
 食い入るようにジェラートを見つめると、夫は真剣な表情でうなずいた。

「そうだな。一緒に行こう」



 簡単に着替えを済ませたシャルロットとジェラートは、馬車で行く時間が惜しいので外套を羽織り、馬へと跨った。

「聖女宮まで、一気に駆け抜ける。しっかりと掴まっていてくれ」
「はいっ!」

 ジェラートの前で横向きに乗せられたシャルロットは、振り落とされないように、ジェラートの胴に抱きついた。

「……そなたに、慣れておいて良かった」

 ぼそりと呟くジェラートに対して、シャルロットは再び恥ずかしさが蘇ってきた。
 鬱陶しいと思わせるつもりが、逆に『シャルロットに触れたくない』と思っていた夫を、慣れさせる結果になってしまったようだ。

 悪女計画は完全に失敗だったと認めざるを得ないが、それよりも今はマドレーヌのほうが心配。
 自分の身の振り方については後回しで良いと思いながら、シャルロットは聖女宮へと向かった。



 聖女宮へ到着したシャルロットとジェラートは、マドレーヌの部屋へと走った。まだまだ夜は寒い時期なので、身体が冷え切ってしまい思うように走れないが、夫が繋いでくれる手が、シャルロットにとっては何よりも心強く感じられた。

 マドレーヌの部屋へと到着して扉を開けると、彼女の部屋独特のじんわり暖かい空気に包まれ。
 そしていつものように――、マドレーヌが微笑みかけてくれる。

「あらあら、二人とも。寝ているところを起こしてしまったようで、ごめんなさいね」

 ベッドにこそ入ってはいるが、マドレーヌがあまりにいつもと変わらない様子だったので、二人は拍子抜けしてしまった。

「聖女様……、お倒れになったのではありませんの……?」
「私も、もう歳だもの。立ち上がった拍子に、よろけることだってあるわ。皆、大げさで困ってしまうわね」

 ふふふ。と笑うマドレーヌを見たシャルロットは、気が抜けてへなへなと床に座り込んだ。ジェラートが「大丈夫か?」と、すかさず声をかける。

「はい。安心したら身体の力が抜けてしまいましたわ。少し、このままで失礼いたします」

 小説のマドレーヌが、元気に故郷へ帰ることになっていると知ってはいても、ここに到着するまでは気が気ではなかった。
 本当に良かったと大きく息を吐いていると突然、シャルロットの身体が宙に浮く。

「ジェラート様……!?」
「身体が冷えただろう。暖炉に当たらせてもらおう」

 軽々とシャルロットを抱き上げたジェラートは、暖炉まで妻を運ぶと再び絨毯に座らせる。

(本当に、ジェラート様が私に慣れているわ……)

 ジェラートの気持ちを知った、今だからこそわかる。ジェラートと交流をするたびに、シャルロットが悪女な行動をするたびに、夫は自分に慣れていったのだと。
 シャルロットが呆然と夫を見つめていると、マドレーヌが再び楽しそうな笑い声をあげる。

「ジェラートも少しは、シャルちゃんに気を遣うことを覚えたようね。私もよろけた甲斐があったわ」
「曾祖母様……、笑いごとではありませんよ。俺達は本当に心配したのですから」
「あら、ジェラート。それは、シャルちゃんと心が通じ合っているという意味かしら?」
「からかうのは止めてください……」

 二人のやり取りを聞きながらシャルロットは、マドレーヌへと視線を移した。
 顔色は良さそうだし、特に無理をしている様子も見られない。本人がいうとおり、使用人達が大げさすぎただけならば良いが。しかし本当によろけただけで、ジェラートにまで報告がくるだろうか。

 聖女宮へ到着した際も自分達が急いでいただけで、使用人は冷静だったように思う。この部屋にも、看病する者の一人もいない。

 シャルロットとジェラートだけが慌てていたようで、妙な感覚だ。
 自分達を呼び出したい理由が、マドレーヌにはあったのではないか。
 シャルロットはそんな予想を立てて見たが、結局は特別なやり取りもなく、お見舞いは終了した。



 その日は屋敷には戻らずに、シャルロットとジェラートは王太子宮へと帰った。
 そして翌朝。シャルロットが身支度を整えていると、侍女の一人が報告をしにきた。
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