悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

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27 夫の好感度が知りたい3

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「申し訳ございません……。王太子妃様」
「アンが謝ることはないわ。きっと馬車に不具合でもあったのよ。事故が起きる前に、未然に防げて良かったと思いましょう」

 この宮殿に努めている者たちは、職務に真面目な者ばかり。怠慢で遅れているというよりは、不測の事態が起きたと思うべきだ。

 のんびりと馬車の到着を待っていると、玄関の扉を開けて中へ入ってきたのはフランだった。

「王太子妃殿下、大変お待たせいたしました。準備が整いましたので、馬車へどうぞ」
「ありがとう、フラン……」

(どうして、フランが伝えにきたのしら?)

 フランはジェラートの侍従なので、当然シャルロットの馬車の管理をしているはずもなく。不思議に思いながらも外へ出て馬車の前まで行くと、誰も乗っていないはずの馬車が、内側から開かれた。

「待たせてすまない。準備に手間取った」

 扉が開かれた瞬間に、バラの香りが辺りに立ち込め。それとともに聞こえてきたのは、夫の声。

 馬車の中は『白バラ』で埋め尽くされていた。
 その美しさだけでも圧倒されるが、白バラにも引けを取らないほどの美しさを兼ね備えているジェラートが、白い正装をまとい、シャルロットに向けて手を差し出している。

(まっ眩しいわ……!)

 未だかつて、白バラの背景がこれほど似合う男性が、この世にいたであろうか。王子だ。彼は紛れもなく、物語の中の王子様だ。

 この状況に対するさまざまな疑問が、頭から吹き飛んだシャルロットの後ろでは、アンが「私は御者台に乗りますね」と足早に逃げ去る。

(うっ……。アンの薄情者……)

 どうやらシャルロットは、この異次元空間に一人で挑まねばならないらしい。
 自分だけがこの空間に不釣り合いだと思いながら、しぶしぶジェラートの手を取った。


(それにしてもジェラート様はなぜ、正装なのかしら……)

 夫の隣に座らされたシャルロットは、改めて夫の服装をチラ見して、首を傾げた。
 この状況で、「どこかへ行くの?」という現実逃避をするつもりはない。
 シャルロットの帰り時刻に合わせて馬車を用意したのだから、ジェラートはハット家へ行くつもりなのだろう。

 今朝は確かに、夫婦の義務を免除してもらえたと思ったが、どうやらそれはシャルロットの勘違いで、ジェラートはハット家で夫婦の義務をおこなおうと提案したようだ。

 状況はなんとなく理解したシャルロットだが、正装と白バラの意味がわからない。こればかりは、本人に尋ねるしかなさそうだ。

「白バラが、とても綺麗ですわね」

 シャルロットが無難な反応をしてみせると、ジェラートが少し表情を緩めて向かいの席を見つめた。

「そなたが好きなものをと思って……。白い菓子も用意した」
「え……?」
「……どうした? そなたは白いものが好きなのだろう?」

『白いものが好き』とはどういうことかと、シャルロットは考え込んだ。
 思い返せば聖女誕生祭の宴の際にも、ジェラートからてんこ盛りの白いお菓子を渡されている。
 どうやらあれは嫌がらせではなく、シャルロットが好きな白いお菓子を選び取ってくれたらしい。
 他にも白いもので思い出すのは、ふわもこ雲ひつじの毛だ。
 ジェラートはなにを渡すにしても量が多すぎると、シャルロットは微笑んだ。

(そういえば、ジェラート様が魔獣討伐へ向かう前にも、白いものについての話をしたような……)

 生クリームが食べたい気分だった時に「白いものは好きか?」と問われて、肯定した記憶がある。
 シャルロットは生クリームに対しての質問かと思っていたが、ジェラートは白いもの全般が好きだと認識したようだ。

 今までの夫の、不思議な行動の意味を理解したシャルロットは、思わずクスクスと笑い出した。

「……俺は変なことをしてしまったのか?」
「いいえ。確かに私は、白いものが好きだとお伝えしましたわ。覚えていてくださって、ありがとうございます」
「……大したことではない」

 夫の不可解な行動には、思いも寄らない理由があったようだ。
 今までは冷たい夫だと思っていたが、それはシャルロット自身が作り上げた虚像だったのかもしれない。

 ふと夫の手に視線を向けると、新しそうな傷がいくつもついているのに気がつく。

「もしかして……、ジェラート様が手ずから白バラをお摘みになりましたの?」
「あぁ……これか。急いでいたので手袋をはめ忘れていたな」
「私のために、ジェラート様がお怪我をしてしまうなんて……。邸宅に到着したらすぐにでも手当を致しましょう」

 傷の具合を確かめようと夫の手を取ると、ジェラートはばつが悪そうに「これくらい、傷のうちに入らない……」と呟く。

「いけませんわ。大切な旦那様の手に、傷跡が残っては困りますもの。私が手当てして差し上げますわ」
「そなたがそうしたいなら……、頼む」

 手袋をはめる時間も惜しんで、夫は馬車いっぱいの白バラを摘んでくれたらしい。
 そこまでして、妻の好きなものを用意したいと思った、理由はなんだろう。
 きっとこれにも理由があるのだろうが、シャルロット自身が期待する答えと異なっていたら悲しい。
 これまでの五年間が冷え切った夫婦関係だった影響で、一歩が踏み込めないシャルロットは、その理由については尋ねることができなかった。



 ハット家へ到着すると、使用人たちは驚いた様子でジェラートを出迎えていた。事前に連絡もできなかったので、無理もない。
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