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21 聖女誕生祭2

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 夫の反応にそこそこ満足したシャルロットは、ジェラートの衣装に視線を向けた。
 ジェラートが好む落ち着いた紺色の布地に、髪色と合わせた銀の刺繍。アクセントに赤いラインが入っている。
 思わず見惚れてしまうほど、ジェラートに良く似合っていた。
 そんな衣装と同じデザインのドレスを着られたことに、嬉しさがこみ上げてくる。

(ここで離婚を言い渡されても、私は満足よ)

 幸せな気持ちを胸いっぱいに抱えながら、シャルロットが顔を上げると、ジェラートはハッとしたように妻に背を向けた。

「遅くなった。そろそろ行こう……」

 そう呟いて、ジェラートは腕を差し出す。どうやらここから、エスコートしてくれるようだ。
 嫌がらせも三度目ともなると、本気で怒っても良さそうなものだが。
 ジェラートは寛大な性格だと思いながら、シャルロットは夫の腕に手を添えた。

 馬車へと乗り込んだシャルロットは、夫に進行方向の席を譲るために、自らは進行方向とは逆側の席に座った。
 しかし、続いて馬車へと乗ったジェラートは、なぜかシャルロットの隣に腰を下ろす。

「あの……、そちらへどうぞ?」
「…………」
「こちらは逆方向なので、そちらのほうが乗り心地が良いですよ?」
「…………」

 馬車に乗り慣れているジェラートに、わざわざ説明する必要もないが、二人で逆方向に座るのは無意味だ。
 夫は相変わらず反応がないので、もう一度提案しようかとシャルロットが思っていると。

「そなたも、あちらへ座ったらどうだ」

 どうやら夫は、良い席を譲ってくれたらしい。ジェラートと同じ馬車に乗るのは初めてのシャルロットは、初々しいやり取りだと思いながら、ありがたく進行方向の席へ移動したが――。
 なぜかジェラートがまた隣に席を移動するではないか。

(……なぜ?)

 夫の不可解な行動に疑問ばかりが浮かぶシャルロットだったが、夫が隣にいるなら好都合。
 先ほど、侍女たちが提案してくれた誘惑方法を、一つくらいは実行してみようという気になる。

(せっかく皆が案を出してくれたもの。……やってみせるわ!)

 心の中で気合を入れたシャルロットは、えいっ!とばかりに夫の腕に抱きついて、頭をこてりと夫の肩に乗せてみた。

「ジェラート様、お誘いくださりありがとうございます」
「…………」

 しかし、夫の反応はなし。

「ジェラート様とご一緒に馬車に乗るのは、初めてですわね。嬉しいです」
「…………」

 相槌すらない夫。

「……今日は髪を、後ろで結んでいらっしゃいますわね。素敵です」
「…………」

 夫の手が震え出す。
 やっと反応が出てきたことに少し喜んだシャルロットは、夫の表情を確認してみることにした。今度こそ怒っているだろうと、期待をしつつ。
 しかし、至近距離で見た夫の横顔には、汗が滲み、耳が真っ赤になっているではないか。

「あの……。暑かったですか?」

 宴の前に汗を掻かせてしまい、申し訳ない。ひとまず、悪女は終了させたほうがよさそうだ。
 シャルロットは、ジェラートの腕から手を離そうとした。しかし、なぜかジェラートに腕を押さえられ、動きを止められる。

「……いや。寒いので、このままで」

 どう見ても暑そうなのに、寒いとはどういうことか。表情と発言がまるで合っていない。
 けれど夫が求めるなら、このままでいよう。
 シャルロットは再びジェラートの肩に頭をこてりと乗せた。

(えっと……、これは、湯たんぽ替わり……?)

 恥を忍んでおこなった悪女の結果が、これとは……。
 複雑な気持ちを抱えている間にも、馬車は本宮へと到着した。


 本宮には、すでに多くの貴族が集まっており、華やかな談笑の声と音楽の音色が、ぼんやりと廊下まで聞こえてくる。
 そんな中をシャルロットは、ジェラートにエスコートされながら大広間へと向かっていた。

(先ほどは、変な感じになってしまったけれど……。これからが本番よ!)

 気合を入れ直したシャルロットは、ジェラートへと視線を向けた。
 先ほどは体調が優れないようだったが、今は汗も収まり、耳も赤くない。平常に戻っているようだ。
 少しほっとしたが、この前のようなこともあるので、念には念を。
 シャルロットは、本人に確認してみることにした。

「ジェラート様。寒気は収まりましたか? 体調がお悪いようでしたら、無理はなさらないでくださいませ」
「……問題ない。そなたのおかげで、身体が温まった」
「お役に立てたようで、光栄ですわ」

 この前は、夫の体調が優れないことに気がつかず、悪女を仕掛けてしまった。次からは、夫の体調も確認していこうと決めていた。
 ジェラートの体調に問題がないことを確認したシャルロットは、今日の作戦は続行できそうだと安心をした。

 大広間の扉へと到着すると、シャルロットは夫の首へと手を伸ばした。

「タイを、お直しいたしますわ」
「……うむ」

 ジェラートの首に巻かれているタイは、特に乱れてはいない。
 侍女たちのイメージする悪女は『必要以上に、相手に触れる』らしいので、それを参考にさせてもらう。シャルロットは、乱れていない夫のタイを丁寧に整えてみる。
 これも『夫婦らしい』と満足しながら、シャルロットは微笑みかけた。

「では、参りましょうか」
「うむ……」

 馬車での態度とは打って変わり、夫は返事をするだけの人形のようだ。
 石像よりはマシになったと思いながら、シャルロットは次の作戦へ出た。

 腕を差し出すジェラートを無視して、その先にある夫の手を握りしめる。
 夫がびくりと身体を震わせたと同時に、大広間の扉は開かれた。

『ジェラート・ブリオッシュ王太子殿下と、シャルロット・ブリオッシュ王太子妃殿下のご入場です!』

(ふふ。このタイミングで手を振り解くほど、ジェラート様は考えなしではないわ)
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