悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

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20 聖女誕生祭1

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 そして迎えた、聖女誕生祭。
 この日のために神が用意したと思えるほどの、穏やかに晴れ渡る空のもと。国内の各街では盛大なお祭りが開かれていた。
 どこの街の広場にも数多くの露店が立ち並び、周辺の村々などからも大勢の人が集まってきている。
 今年も健康に聖女がこの日を迎えられたことに、国民は感謝し、祝いながら祭りを楽しんでいた。

 一方、貴族や王族は神殿に集まり、聖女を大陸に遣わしてくれた感謝の祈りを、神にささげる儀式が執りおこなわれる。
 マドレーヌは高齢のためこの儀式には出席しないが、この時間は自室にある祭壇にて、神に祈りを捧げているという。
 シャルロットもジェラートとともに、神殿の儀式へと参列した。

 昼間の儀式は滞りなく終え、夜の宴の時間。
 身支度を終えたシャルロットは、ひらりとドレスの裾を舞わせながら鏡を確認していた。
 このドレスはデザイナーが張り切ってくれたおかげで、雰囲気だけではなく布地までも同じ色で仕立て直されている。

「とてもよくお似合いです。王太子妃様!」
「ありがとう。ここまでしてもらえるとは思っていなかったから、とても嬉しいわ」

 少ない期間でこれだけ作り込んでくれたことに、感謝の念がこみ上げてくる。
 結婚して以来の夢だった、夫とお揃いのデザインのドレス。ついに着られたことに幸福を感じながら、シャルロットは玄関へと向かった。

 ほかの王族は、住まいの宮殿から夫婦そろって移動するらしいが、王太子夫婦はいつも現地集合、現地解散。
 夫婦の義務には『夜会へは二人で出席する』とあるが、出発から一緒に行動しろとは書いていないからだ。
 エスコートは必要最低限しかしないのがジェラートなので、シャルロットはいつものように侍女たちと向かおうと思っていたが――。玄関ホールに差し掛かったシャルロットたちは、慌てて引き返して廊下の陰から玄関ホールを覗いた。

「ジェラート様の出発時刻に、被ってしまったわ」
「侍従に聞いた時刻は、とっくに過ぎておりますが」
「何か事情があったのね。困ったわ……」
「どういたしましょうか、王太子妃様」
「現地集合前に会うのも気まずいし……。ここで少し待ちましょう」

 そう決めたシャルロットたちは、しばらく廊下の陰に潜んでいたが。いくら時間が経っても、ジェラートたちは動こうとしない。

「馬車が到着していないのかしら……」
「そうかもしれませんね。私が様子を窺って参りましょうか?」
「そうね。お願いするわ、アン」

 アンはこそこそと壁際を周って玄関の外へ出ると、すぐに玄関ホールへ戻ってきた。それからシャルロットの元へ戻ろうとするアンを、フランが呼び止めたようだ。

「フランが事情を説明してくれるようね、助かったわ」

 気が利くフランなら、シャルロットとジェラートが鉢合わせしないよう配慮してくれるはず。
 安心しながら、アンの帰りを見守っていると、アンは浮かない表情でシャルロットの元へと戻ってきた。

「あのう、王太子妃様……」
「どうしたの、アン? フランはなんて?」
「それが……、王太子殿下がお待ちになっておりますので、準備が整い次第、玄関ホールへ来てほしいとのことでした」
「…………へ? 私が? どうして?」
「理由はおっしゃいませんでしたが、外を確認した限りでは、馬車が一台しか用意されておりませんでした」

(まさか、一緒に行くつもり?)

 今までそんなことは一度もなかったのに、どうしたのだろう。シャルロットが戸惑っていると、他の侍女たちが楽しそうな声を上げる。

「王太子妃様、これはチャンスですわ。悪女といえば密室での誘惑です!」
「急に言われても……、思いつかないわ」

 宴での作戦は練ってきたが、馬車での設定など考えていない。
 悪女として夫に嫌がらせすることで、自分の願望を叶えようという趣旨だったが、馬車の中でしてみたいことなど特にない。シャルロットは、困ってしまった。
 すると侍女の一人が、アンの腕に抱きつき、アンの肩に自らの頭を乗せて見せる。

「やはり、腕に抱きついて、相手の肩に頭をこてり。かしら」
「相手方の、太ももをなでまわす。なんていうのもありますわ」
「耳元で愛を囁くのも、良いと思います」
「いっそのこと、相手方の首に腕を回して、キスをねだってみるのはいかがでしょう」
「ちょっ……! 皆、なにを言っているの!」

 あまりに過激な提案が並べ立てられるので、シャルロットは思わず耳を塞いだ。塞いではいるが、情報は情報として必要なので、手に全く力が入っていないが。

「王太子妃様……。あまり王太子殿下をお待たせするのも……」

 他の侍女たちが盛り上がっている横で、申し訳なさそうにシャルロットを見つめるアン。
 あまり遅くなると、伝言を頼まれたアンに迷惑がかかる。シャルロットは、心を落ち着かせるように息を吐いた。

「とにかく、呼ばれたからには行くしかないわ。皆の意見は……、参考にさせてもらうわね」

 参考にはするが、実行できそうなものはあまりないと思いながら、シャルロットは廊下の陰から出た。

 すぐさまシャルロットに気がついたジェラートは、石化魔法にでもかかったように動かなくなってしまう。
 よくある夫の光景ではあるが、そこでシャルロットは思い出した。今は、お揃いの衣装を身にまとっているのだと。
 侍女たちが過激な発言ばかりするので、すっかりと頭から抜けていた。

「お待たせいたしましたわ。ジェラート様」

 ジェラートの前で挨拶したが、返事はない。その代わりに夫は、シャルロットのドレスを凝視している。

(ふふ。かなり驚いているようね)
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