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19 夫が出ていきました7

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「まだ、夜中だ。もう一度、寝たほうがよい」
「はい……」

 目覚めたシャルロットは、この状況はなんだろうと考えた。
 確か今日は一日中、ジェラートの看病をしていたはず。

(私ったら……、途中で寝てしまったのね。きっとジェラート様が、部屋まで運んでくださったのよ)

 ジェラートは背を向けたままだが、恥ずかしくなったシャルロットは、両手で顔を隠した。

「あの……、ジェラート様。今朝は、ご迷惑をおかけしてしまいましたのに、私のほうがお世話になってしまったようで、申し訳ありません……」
「……迷惑?」
「はい……。お疲れのところに私が抱きついたせいで、お怒りの限界を超えてしまったのでしょう?」

 妻はなにを言っているのだろう? と、ジェラートは考えた。
 あれほど可愛いシャルロットを見て、怒る者などこの世にいるはずがないだろう。シャルロットは何か勘違いをしているようだと思いながら、ジェラートは答えた。

「……そのような記憶はないが?」
「そうですか……」

(怒りすぎて、あの時の記憶が消えたのかしら?)

 どうやら今回の作戦は失敗だったようで、シャルロットはがっかりした。
 しかしジェラートが倒れる事態になってしまったことについては、反省しなければ。これからは、夫の体調も考慮したほうが良さそうだ。

 シャルロットがそう考えている間にも、ジェラートの顔からは冷や汗が滲み出てきた。
 シャルロットの返答が、微妙だった。せっかく可愛い姿を見せてくれたのだから、褒めるべきだっただろうか。と。

 しかし、ここで饒舌に褒めることのできる男だったならば、夫婦関係がこれほどこじれることもなかったであろう。
 ジェラートは他の方法で、挽回することにした。

「……言い忘れていた。今回は、土産があるんだが……」
「はい。聖女様への、お誕生日の贈り物ですね。必要かと思いまして、紡織工房を押さえておきましたわ」
「手際が良いな。感謝す……いや……、そうではなくて……」

 シャルロットへの土産だと伝えるよう、伝令には命令したはずなのに。なぜ聖女への贈り物にすり替わっているのだと、ジェラートは混乱する。
 それについては、『王太子からの土産は、王太子妃へに決まっている』という先入観を持っていた伝令が、ただ『土産』としか言わなかったからだが、ジェラートがそれを知る由もない。

 ここははっきりと、『シャルロットへの土産』だと言わなければ、手伝ってくれた近衛騎士達の努力が報われないし、ジェラート自身も悲しすぎる。

 しかしシャルロットが、聖女への贈り物だと感じたのも無理はない。
 近衛騎士たちと意気投合して、大量のふわもこ雲ひつじの毛を刈ってきたが、冷静に考えると、一個人への土産としては量が多すぎる。
 あれはまさに、献上品・・・というべき量だ。
 親密度を無視した贈り物は、相手に気持ち悪く思われるではないかと、ジェラートは青ざめた。

「毛糸にせずに、お渡しする予定でしたか?」
「いや。あれは……、王宮内にいる妃全員・・への土産だ。皆へ、配ってくれるか?」

 苦し紛れに、妥当な言い訳を考えたジェラートだったが、シャルロットからは思いのほか、明るい声が返ってくる。

「まぁ……! 私たちへ? ありがとうございます、ジェラート様!」

 妃全員ということは、当然シャルロットもその中に入っている。
 ジェラートから贈り物をもらうのは、これが初めてだ。

 本当は聖女探しへ行くたびに、ジェラートはシャルロットへの土産を用意していた。しかしそれらは『領主からの土産』という言い訳で渡されていたので、シャルロット自身は今回が初めてだと思っている。

 離婚したいけれど、好きな相手。シャルロットはどうしても、喜ばずにはいられなかった。






 二週間後。超特急で作ってもらった、ふわもこ雲ひつじの毛で編んだショールを肩にかけたシャルロットは、マドレーヌ用に紡いでもらった毛糸を抱えて、聖女宮を訪れた。

「それが、ジェラートが刈ってきた毛で作ったショールね。よくお似合いよ、シャルちゃん」
「ふふ。ありがとうございます、聖女様」

 マドレーヌの毛糸は一週間前にも渡しているので、今日はショールを見てほしいという目的のほうが大きい。
 願いどおりにマドレーヌから褒められ、ふわもこ雲ひつじの毛のようにふんわりと、シャルロットは微笑んだ。

「それにしても、あの子も不器用ね。初めての贈り物に、時期外れのものを選ぶなんて」
「私は、おまけでいただいたようなものですもの。ジェラート様に初めて、贈り物をいただけただけで、幸せです」

 ジェラートからは、妃全員で平等な量を分けるようにと指示された。王宮にいる妃五人。先々代王妃マドレーヌ、先代王妃、王妃、国王の側妃、そして王太子妃のシャルロット。それぞれに、荷馬車一台分の雲ひつじの毛が配られた。
 雲ひつじの毛はまだまだたくさんあるので、シャルロットは次の冬に向けて、いろいろと作るつもりでいる。侍女たちにもおすそ分けをしたいし、フランからは「雲ひつじのコートは、極上の温かさですよ」と提案されたので、コートも作る予定だ。

「ジェラートも、まだまだ努力が必要ね……」

 困った子だと言いたげに、ため息をつくマドレーヌ。何のことだろうと首をかしげたシャルロットだったが、今日はマドレーヌへの用事もあったことを思い出した。

「実は、聖女様にお願いがあるんです」
「あら、何かしら? シャルちゃんの望みなら、何でも聞いてあげられそうだわ」
「もう、聖女様ったら。実は――」

『過保護な曾祖母』全開のマドレーヌに苦笑しながらシャルロットは、今まで秘めていた願いを口にした。
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