上 下
17 / 57

17 夫が出ていきました5

しおりを挟む

「思ったよりも早いわね」

 朝食は一人で食べるつもりだったけれど、この様子ならジェラートと夫婦の義務をすることになりそう。
 これからシャルロットがしようとしていることを考えると、気まずい朝食になりそうだ。そう思いながら、夫を出迎えるためにシャルロットは玄関の外へと向かった。

「王太子妃様、大丈夫ですか……?」

 心配そうに声をかけるアンに対して、シャルロットは緊張しながらうなずいた。

「えぇ。大丈夫よ。私は必ず、やり遂げてみせるわ」

 夫が不在の間、アンと一緒に次なる手は考えてある。シャルロットはこれからそれを、実行するつもりでいた。

「王太子殿下の一行が、見えてまいりましたよ!」

 アンの声とともにシャルロットの目にも、しっかりと騎乗したジェラートの姿が。
 ジェラートの後ろには、近衛騎士団の列。今回は魔獣討伐もおこなったので、人数が多い。さらにその後ろには、お土産である『ふわもこ雲ひつじの毛』を載せた荷馬車が。

 ふわもこ雲ひつじは、草地が多い山の中腹に生息しており、麓から見ると雲のように見えることから、その名がついた。
 その雲ひつじの毛を、干し草を山積みに載せた荷馬車のごとく運んでおり、まるで雲を捕まえてきたようだ。

 その荷馬車が、一台、二台、三台……。合計、五台が連なっている。

「あんなにたくさん、どうするのかしら……。いくら編み物好きの聖女様でも、一生をかけても使い切れないと思うわ」
「聖女宮の布物を、全てウール製に替えても余りそうですね……」

 あまりに大量のひつじの毛が運ばれてきたので、シャルロットとアンは緊張も忘れて、ぽかんとその一行が到着するのを見守った。

 先頭のジェラートが宮殿前広場に到着し、彼は馬から颯爽と降り立った。それを確認したシャルロットは、ハッと身を引き締める。

「いっ……行ってくるわ!」
「はい! 頑張ってください、王太子妃様!」

 シャルロットは気合を入れるように、ぎゅっと目を閉じた。

(私は悪女、私は悪女……。ジェラート様をたらし込もうとする、悪女よ!)

 決心するように目を開いたシャルロットは、ドレスの裾を少し持ち上げ、満面に笑みを称えた。
 そしてジェラートに向かって、優雅に駆け出す。

「ジェラ~トさまぁ~ お帰りなさいませぇ~ ジェラ~トさまぁぁぁ~~」

 夫の帰りを心待ちにしていたかのような演出で、ジェラートのもとへと駆け寄ろうとしているシャルロット。
 こんな王太子妃の姿を初めて目にした一行は、一斉にシャルロットへ注目した。
 誰もが驚いた表情となり、ジェラートは身構えるように動きを止める。

(はっ恥ずかしいわ……)

 自分らしくない行動に、シャルロットは頬が熱くなるのを感じたが、ここで止めてはただ恥ずかしいだけで終わってしまう。
 やりきる強い意志を奮い立たせて、ジェラートのもとへとたどり着くと、その勢いで夫に抱きついた。

「シャル、さみしかったぁぁ~」

 夢にまで見た、夫の引き締まった胸板。
 感動やら、嬉しさやらを、味わいたかったシャルロットだったが――、重苦しい空気が辺りに立ち込めており、それどころではなかった。
 誰一人、言葉を発することなく、シンっと静まり返った玄関前広場。

(どうしよう……完全に皆、引いているわ……)

 自分を『シャル』呼びは、さすがに寒すぎただろうか。シャルロットはすぐさま後悔の念に駆られる。
 アンと一緒に、『悪女のイメージ像』を作り上げていた時は楽しかったが、路線を少し間違えたかもしれない。
 しかし目的は、夫に『うっとおしい』と思わせること。周りの反応を見る限りでは、成功しているように思える。

 置物にでもなったかのように、動かないジェラートの様子が気になったシャルロットは、意を決して夫の表情を確認してみることにした。

「……ジェラートさまぁ?」

 もし夫が怒りに満ちた表情だったなら、作戦は成功。
 上目遣いにジェラートの顔を見上げてみたが、しかしシャルロットが想像した表情を見ることは叶わず。
 夫は、青ざめた表情で宮殿を見つめていた。

 そして、シャルロットに視線を向けようとしたジェラートは――、そのまま倒れた。




 ――あぁ……。シャルはなんて、可愛いんだ。

 倒れたジェラートの脳内では、ひたすらその言葉が繰り返され。シャルロットが笑顔で手を振りながら、自分の胸に飛び込んでくる場面が繰り返し再生されていた。
 シャルロットは手など振っていなかったが、ジェラートの脳内では都合よく改変され、場所も宮殿前広場ではなく、花畑で二人きりという設定になっている。
 そのくらい親しい間柄になれたように、ジェラートの心には刻まれていた。

「――様! ジェラート様! 大丈夫ですか!」

 その、親しくなれた愛する妻の声で、ジェラートは目が覚めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります

毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。 侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。 家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。 友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。 「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」 挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。 ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。 「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」 兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。 ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。 王都で聖女が起こした騒動も知らずに……

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

処理中です...