上 下
15 / 57

15 夫が出ていきました3

しおりを挟む

「この装身具には、防御魔法がかけられている。俺が醜態を晒し、剣まで忘れてしまったので、シャルは頼りなく感じてこれを取り付けたのではなかろうか」
「そうでしょうか……」
「それ以外に考えられない。――フラン、確か魔獣の討伐要請が来ていたな」

 急に話が変わったので、疑問に思いつつもフランはうなずく。

「はい。明日にでも騎士団を向かわせる予定ですが。それが何か?」
「騎士団派遣は、中止しろ。俺が行く」
「わざわざ殿下が出向くほどの被害は、出ておりませんが」
「俺が腑抜けでないことを、シャルに証明せねばならない! 今すぐ準備を」
「しかし、来週には聖女探しの予定もございますので、長く宮殿を離れることになりますよ」

 ジェラートは妻のことで焦っているようだが、あまり長く留守にすると、執務も溜まってしまう。
 現実を見てくれと願っていると、ジェラートは自信に満ちたような顔になる。

「何を言う。俺は聖女探しにいくんだ。ついでに魔獣討伐もおこなえば、経費が抑えられるだろう」

 一瞬にして、話をすり替えたな。そう思いつつも、主のやる気をわざわざ削ぐ必要もない。フランは快く日程の調整に取りかかった。




 その日の午後。いつものようにジェラートとのお茶会の時間が設けられ、シャルロットは温室へと足を運んだ。
 別居して以来なぜか、あの嫌がらせじみたお茶会は開かれなくなり、季節に合った場所で、季節に合ったお茶が出てくるようになっていた。

 もう一つ、変わったことと言えば、夫がお茶のおかわりをするようになったこと。
 お茶会を早く終わらせる言い訳がなくなったせいか、五杯も飲んでから退席するようになっていた。

 必然的に、お茶会の時間が延びてしまう事態になってしまったが、だからといって急に会話が弾むようになるはずもなく。温室に放し飼いしている小鳥のさえずりだけが聞こえる中、ある意味、以前のお茶会よりも気まずい雰囲気が漂っている。

 シャルロットはそんな夫の様子を気にしつつ、お菓子を食べることに専念していた。
 夫のように五杯も飲めないし、この気まずい雰囲気を甘いもので誤魔化したかったから。

 けれど今日は、お菓子に集中できない。
 なぜなら先ほどから、ちらちらと夫の剣が目に入ってしまうのだ。

(すぐに、外すと思っていたのに……)

 夫は手が震えるほど怒っていたのに、未だ夫の鞘にはシャルロットが贈った装身具が装着されたまま。
 それが気になって仕方なかった。

「そなたは……」

 シャルロットが三つ目のお菓子であるケーキを、口に頬張った時だった。
 まさか話しかけられるとは思っていなかったシャルロットは、思わずケーキを喉に詰まらせそうになったが、何とかこらえて微笑んだ。

「……はい?」
「そなたは、白いものは好きか?」

(なぜ急に、『白いもの』なのかしら?)

 疑問に思ったシャルロットだったが、ジェラートの視線が食べかけのケーキに向いていたので納得する。
 今日は生クリームが食べたい気分だったので、先ほどから生クリームが乗ったお菓子ばかり食べていた。そのことにジェラートが気がついたようだ。

「はい。白いものは好きですわ」
「そうか」

 五杯目のお茶を飲み干したジェラートは、シャルロットの席の奥に咲いているブーゲンビリアに視線を向けながら続けた。

「今日の夕方、聖女探しと魔獣討伐へ出立する。悪いが数日、留守を頼む」
「はい……。お気をつけて、いってらっしゃいませ」

 聖女探しと聞いて、シャルロットの心はどきりと跳ね上がった。いつもの予定なら、聖女探しは来週のはず。

 機嫌が良さそうな表情で席を立ったジェラートを見送りながら、シャルロットの心は嫌な予感で満たされる。
 今朝は夫に嫌がらせをしたにも関わらず、あの表情はおかしい。きっと良いことがあったに違いない。もしかしたら、聖女の有力な情報でも得たのだろうか。
 シャルロットは、侍女たちを招き寄せて指示した。

「ジェラート様の行き先を、調べてちょうだい」



 翌々日の深夜。魔獣の生息地へ到着したジェラートと近衛騎士団は、暗闇の中を月明かりだけを頼りに魔獣討伐を始めていた。
 魔獣はまだ麓の村を襲う気配はないのに、なぜ深夜という不利な状況で討伐をおこなうのか。
 魔獣の群れに押し出されそうになる身体を、必死にこらえながら近衛隊長は叫んだ。

「王太子殿下! 夜は危険です! 討伐は、夜が明けてからにしてはいかがでしょうか!」
「魔獣討伐の後は、聖女探しをしなければならない! 何日も宮殿を留守にしたら、シャルが心配するだろう!」
「しかし! ここまで休みなく移動しましたし、休憩が必要かと!」

 なぜか急いでいたジェラートのおかげで、休憩もほとんどなく移動し続けた近衛騎士団。
 体力の限界が来ているのか、魔獣の誘惑に負けそうになっている者もおり、大変危険だ。
 このままでは、完全に士気が落ちてしまう。騎士団が全滅する前に、この状況を打開せねばという重圧が、近衛隊長に圧し掛かる。

「ここは、我らにお任せを! 王太子殿下は、聖女探しへ向かわれてください!」
「何を言う! 俺がやらねば、意味がないだろう!」
「王太子殿下のお手を、煩わせるような魔獣ではございません! どうか我らにお任せくださいませ!」

 早くジェラートを追い出さなければ、自分も魔獣の誘惑に負けてしまいそうだ。心を鬼にして、もふもふ・・・・をかき分け、ジェラートの元へとたどり着いた近衛隊長。再び、ジェラートに呼びかける。

「さぁ、殿下! 私が退路を開きますので、どうか聖女探しへ!」

 しかし振り返ったジェラートは、可憐な乙女のごとく、優雅に視線をもふもふへと流す。

「シャルは、白いものが好きだから……。俺はこの手で、『ふわもこ雲ひつじ』を刈らねばならない……。真っ白なふわもこコートを作ったら、シャルに似合うと思わないか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。

金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。 前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう? 私の願い通り滅びたのだろうか? 前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。 緩い世界観の緩いお話しです。 ご都合主義です。 *タイトル変更しました。すみません。

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。 そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。 しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。 ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。 そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。 「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」 別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。 そして離婚について動くマリアンに何故かフェリクスの弟のラウルが接近してきた。 

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

処理中です...