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15 夫が出ていきました3
しおりを挟む「この装身具には、防御魔法がかけられている。俺が醜態を晒し、剣まで忘れてしまったので、シャルは頼りなく感じてこれを取り付けたのではなかろうか」
「そうでしょうか……」
「それ以外に考えられない。――フラン、確か魔獣の討伐要請が来ていたな」
急に話が変わったので、疑問に思いつつもフランはうなずく。
「はい。明日にでも騎士団を向かわせる予定ですが。それが何か?」
「騎士団派遣は、中止しろ。俺が行く」
「わざわざ殿下が出向くほどの被害は、出ておりませんが」
「俺が腑抜けでないことを、シャルに証明せねばならない! 今すぐ準備を」
「しかし、来週には聖女探しの予定もございますので、長く宮殿を離れることになりますよ」
ジェラートは妻のことで焦っているようだが、あまり長く留守にすると、執務も溜まってしまう。
現実を見てくれと願っていると、ジェラートは自信に満ちたような顔になる。
「何を言う。俺は聖女探しにいくんだ。ついでに魔獣討伐もおこなえば、経費が抑えられるだろう」
一瞬にして、話をすり替えたな。そう思いつつも、主のやる気をわざわざ削ぐ必要もない。フランは快く日程の調整に取りかかった。
その日の午後。いつものようにジェラートとのお茶会の時間が設けられ、シャルロットは温室へと足を運んだ。
別居して以来なぜか、あの嫌がらせじみたお茶会は開かれなくなり、季節に合った場所で、季節に合ったお茶が出てくるようになっていた。
もう一つ、変わったことと言えば、夫がお茶のおかわりをするようになったこと。
お茶会を早く終わらせる言い訳がなくなったせいか、五杯も飲んでから退席するようになっていた。
必然的に、お茶会の時間が延びてしまう事態になってしまったが、だからといって急に会話が弾むようになるはずもなく。温室に放し飼いしている小鳥のさえずりだけが聞こえる中、ある意味、以前のお茶会よりも気まずい雰囲気が漂っている。
シャルロットはそんな夫の様子を気にしつつ、お菓子を食べることに専念していた。
夫のように五杯も飲めないし、この気まずい雰囲気を甘いもので誤魔化したかったから。
けれど今日は、お菓子に集中できない。
なぜなら先ほどから、ちらちらと夫の剣が目に入ってしまうのだ。
(すぐに、外すと思っていたのに……)
夫は手が震えるほど怒っていたのに、未だ夫の鞘にはシャルロットが贈った装身具が装着されたまま。
それが気になって仕方なかった。
「そなたは……」
シャルロットが三つ目のお菓子であるケーキを、口に頬張った時だった。
まさか話しかけられるとは思っていなかったシャルロットは、思わずケーキを喉に詰まらせそうになったが、何とかこらえて微笑んだ。
「……はい?」
「そなたは、白いものは好きか?」
(なぜ急に、『白いもの』なのかしら?)
疑問に思ったシャルロットだったが、ジェラートの視線が食べかけのケーキに向いていたので納得する。
今日は生クリームが食べたい気分だったので、先ほどから生クリームが乗ったお菓子ばかり食べていた。そのことにジェラートが気がついたようだ。
「はい。白いものは好きですわ」
「そうか」
五杯目のお茶を飲み干したジェラートは、シャルロットの席の奥に咲いているブーゲンビリアに視線を向けながら続けた。
「今日の夕方、聖女探しと魔獣討伐へ出立する。悪いが数日、留守を頼む」
「はい……。お気をつけて、いってらっしゃいませ」
聖女探しと聞いて、シャルロットの心はどきりと跳ね上がった。いつもの予定なら、聖女探しは来週のはず。
機嫌が良さそうな表情で席を立ったジェラートを見送りながら、シャルロットの心は嫌な予感で満たされる。
今朝は夫に嫌がらせをしたにも関わらず、あの表情はおかしい。きっと良いことがあったに違いない。もしかしたら、聖女の有力な情報でも得たのだろうか。
シャルロットは、侍女たちを招き寄せて指示した。
「ジェラート様の行き先を、調べてちょうだい」
翌々日の深夜。魔獣の生息地へ到着したジェラートと近衛騎士団は、暗闇の中を月明かりだけを頼りに魔獣討伐を始めていた。
魔獣はまだ麓の村を襲う気配はないのに、なぜ深夜という不利な状況で討伐をおこなうのか。
魔獣の群れに押し出されそうになる身体を、必死にこらえながら近衛隊長は叫んだ。
「王太子殿下! 夜は危険です! 討伐は、夜が明けてからにしてはいかがでしょうか!」
「魔獣討伐の後は、聖女探しをしなければならない! 何日も宮殿を留守にしたら、シャルが心配するだろう!」
「しかし! ここまで休みなく移動しましたし、休憩が必要かと!」
なぜか急いでいたジェラートのおかげで、休憩もほとんどなく移動し続けた近衛騎士団。
体力の限界が来ているのか、魔獣の誘惑に負けそうになっている者もおり、大変危険だ。
このままでは、完全に士気が落ちてしまう。騎士団が全滅する前に、この状況を打開せねばという重圧が、近衛隊長に圧し掛かる。
「ここは、我らにお任せを! 王太子殿下は、聖女探しへ向かわれてください!」
「何を言う! 俺がやらねば、意味がないだろう!」
「王太子殿下のお手を、煩わせるような魔獣ではございません! どうか我らにお任せくださいませ!」
早くジェラートを追い出さなければ、自分も魔獣の誘惑に負けてしまいそうだ。心を鬼にして、もふもふをかき分け、ジェラートの元へとたどり着いた近衛隊長。再び、ジェラートに呼びかける。
「さぁ、殿下! 私が退路を開きますので、どうか聖女探しへ!」
しかし振り返ったジェラートは、可憐な乙女のごとく、優雅に視線をもふもふへと流す。
「シャルは、白いものが好きだから……。俺はこの手で、『ふわもこ雲ひつじ』を刈らねばならない……。真っ白なふわもこコートを作ったら、シャルに似合うと思わないか?」
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