悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

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12 夫の様子がおかしい6

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(ジェラート様がいらっしゃる時間にはまだ早いし、誰かしら……)

 すでに侍女たちを下がらせていたシャルロットは、自ら「どうぞ」と返事をする。
 すると、開かれた扉の先には、フランに支えられたジェラートの姿が。

「王太子妃殿下。王太子殿下をお連れいたしました」
「え? ジェラート様はどうなさいましたの?」

 連れてきたと言われても、困る。一人で立っていられないほど具合が悪いのならば、シャルロットの部屋へ連れてくるのではなく医者を呼ぶべきだ。

 困惑した様子のシャルロットに向けて、フランも困ったように微笑む。

「少し、ワインを飲み過ぎたようです。ベッドへお連れしてもよろしいでしょうか」
「えぇ、お願い……」

 フランに支えられながらも、一応は自力で歩いているジェラート。ベッドへ到着しシャルロットが寝具を剥ぐと、ジェラートは身を投げるようにして自らベッドへ横たわる。

(酔いつぶれたジェラート様は、初めて見るわ)

 お酒は好きだとフランから聞いてはいたが、晩餐や夜会でもジェラートはたしなむ程度にしか飲まない。シャルロットは今まで、彼がろくに酔った姿すら見たことがなかった。

 何か飲みすぎるような出来事でもあったのだろうかと、シャルロットは心配になる。

「あの……。もしかして、毎日のように徹夜で会議をしていることと、何か関係があるのかしら? 飲まなければいられないほどの辛い事件が?」
「いえ、王太子妃殿下がご心配なさるような事件は何もございません。騎士の護衛が過剰だったのも、訓練の一環ですのでお気になさらず。明日からは落ち着くかと」
「では、キオール領の問題は? 国境で何かあったのではないの?」
「より実践に近い状況を作り出すために、キオール領で事件が起きたと想定した訓練だったのですよ。緊張感が必要でしたので、王太子妃殿下には秘密にしてしまい申し訳ありませんでした」
「そうだったの……。何事もなかったのなら、安心したわ」

 どうやら、今までシャルロットが知らなかっただけで、騎士の訓練とは思っていたより実践的なものだったようだ。
 シャルロットがほっとしている間にも、フランは後はよろしくとばかりに逃げるようにして部屋を出ていってしまった。

 二人きりになってしまい、困り果てたシャルロット。酔っ払いの介抱など、これまでの人生で経験がない。

(そうだわ、飲み過ぎた時はお水を飲ませたら良いのよね)

 夜会などでそういう場面を目にしたことがある。記憶を思い出しつつ、水差しからグラスに水を注いだシャルロットは、それを持ってジェラートの元へ向かった。

「ジェラート様、お水を飲んでください」

 そう声をかけるも、ジェラートは熟睡してしまったのか規則正しい寝息を立てている。

(寝てしまったのなら、お水は飲ませなくても良いかしら……)

 グラスをサイドテーブルに置いたシャルロットは、ジェラートが寝やすい環境を作る作戦に変更する。
 靴を脱がせて、腰に携えている剣を外し、ベルトを少し緩めた。
 次に、上着とべストのボタンを外す。
 それから首に移動すると、タイを外し、シャツのボタンを二つほど外した。

(これで、少しは寝やすいかしら?)

 上着やべストも脱がせたいが、シャルロットではたくましい身体のジェラートを動かせそうにない。それに下手に動かそうとして、睡眠を邪魔しても申し訳ない。

 シャルロットは諦めて部屋の灯りを消すと、自らもベッドへと入り込んだ。

(ジェラート様と一緒のベッドで寝るのは、初めてね)

 離婚したい相手ではあるが、ずっと願っていたことなだけに妙に嬉しさがこみ上げてくる。
 このような状況は、本当に偶然。こんな機会はもう一生、訪れはしないだろう。
 そう思ったシャルロットは、自然と夫の頭へと手が伸びる。

 ずっと触れてみたかった、美しい銀髪。

 初めてなでる夫の髪の毛は、想像以上に柔らかくて指通りが良い。
 あまりの心地よさに夢中でなでていると、ジェラートの険しい表情が徐々に和らいでいくではないか。

(ふふ。「狼のようだ」と言われているけれど、こうしていると子犬のように可愛いわ)

 ひとしきり、夫の表情と髪の心地よさを堪能したシャルロットは、さらに欲深い考えが浮かんでしまう。

(手を繋いだら、怒られるかしら……)

 夫婦ならば普通であろう触れ合いだが、シャルロットは未だにジェラートの手に触れたことがない。
 エスコートですら夫は、手ではなく腕しか差し出したことがない。顔を見たくないどころか、触れたくもない相手なのだろう。

 今までのシャルロットなら、夫に嫌われたくない一心で本人の嫌がることはしなかったが、今は本気で離婚を望んでいる身。
 最後の思い出としての意味と、さらに嫌われて離婚を了承してくれたら。との思いで、シャルロットは決心した。

 おそるおそる寝具の中に手を入れて、夫の手を握ってみる。
 初めて触れる夫の手は、大きくて温かい。

 振り払われるかと思ったが――、ジェラートはシャルロットの手を握り返してくれた。

「…………っ!」

 これは単なる、無意識での反応。
 わかってはいるが、シャルロットの心は熱い感情で満たされた。



 ――翌朝。シャルロットが目を覚ますと、ジェラートはすでに部屋を出た後だった。
 いつもはシャルロットが先に起きるので、これもまた初めての経験であった。





 早朝。シャルロットの部屋から呼び鈴の音がしたので、アンは首を傾げた。ジェラートが訪れた翌日はいつも、シャルロットが侍女の控え室へと着替えに来るからだ。
 部屋へ入っても良いのだろうか。戸惑いながらも、呼ばれたからには行かねばならない。アンは、隣接するシャルロットの部屋のドアを静かに開けて、中の様子を伺ってみた。

 いつもジェラートはソファーで寝ていると聞いていたが、その姿はなく。ベッドでは、ジェラートのものと思われる剣を、大切そうに抱えたシャルロットの姿が。
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