悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

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10 夫の様子がおかしい4

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「その様子だと、ジェラートを嫌いになったわけではなさそうね」

 その発言が、何を意味しているのか察したシャルロットは、言葉を詰まらせる。
 どうやら、マドレーヌが意地の悪い発言をしたのは、シャルロットの気持ちを確かめるためだったようだ。

「……別居の件を、ご存知でしたのね」
「こんな隠居暮らしだけれど、王家に関する情報は自然と集まってくるのよ」

 寂しそうな表情になったマドレーヌを見て、シャルロットは王家へ嫁いで間もない頃を思い出して心が痛んだ。

 あの頃のマドレーヌは、『故郷へ帰りたい』という感情しかないのではと思えるほどふさぎ込んでいた。
 挨拶をするために初めてこの部屋を訪れた際も、マドレーヌはシャルロットと目も合わせずに、窓から見える山脈を見つめるばかりで。
 大陸中から慕われる聖女が、このような状態であることにシャルロットは大いに衝撃を受けた。

 それからシャルロットは、頻繁に聖女宮を訪れるようになる。お心を少しでも楽にして差し上げたいという気持ちもあったが、ジェラートとの結婚生活が上手くいかず、寂しい気持ちを抱えていたシャルロットにとっては、親近感の湧く相手でもあった。

 五回目の訪問時に、『ハット伯爵領がマドレーヌの故郷の隣』だと告げたことで、やっとマドレーヌはシャルロットを認識する。
 それからは同じ北の地方出身ということで、マドレーヌはシャルロットに心を開くようになり。シャルロットが宮殿を管理し始めると、別人のようにマドレーヌは明るくなっていった。
 しかしシャルロットが別居したことで、その明るさが消えてしまうのではという、不安に駆られる。

「聖女様……。別居はしましたが、王太子妃としての務めは果たすつもりです。聖女宮の管理も、これまでどおり務めさせていただきますわ」

 一年後には聖女が見つかり、マドレーヌは故郷へ帰ることができる。それを見届けてから離婚を願い出れば、マドレーヌに迷惑をかけずにすむはずだ。
 そうシャルロットが考えていると、マドレーヌが手を伸ばしてきたのでその手を取った。シワシワだけれど、温かい手だ。

「私のことなら心配しないで。予感がするのよ」
「予感……ですか?」
「もうすぐ『新しい聖女』が見つかる気がするの。私はついに、故郷へ帰れるのよ」

 長年の夢が叶う喜びを、噛みしめるように微笑むマドレーヌ。
 彼女はそれだけをずっと願っていたのだから、二十歳のシャルロットでは想像もつかないほど、辛い日々を過ごしてきたのだろう。

(こんなにお喜びになるなんて……。聖女様は、一日でも早く故郷へ帰りたいのだわ……)

 マドレーヌには、早く幸せになってもらいたいという気持ちが強いが、シャルロットは咄嗟に喜びの表情を浮かべられなかった。

「あの……、おめでとうございます。ジェラート様には、聖女探しを頑張ってもらわなければなりませんわね……。私もお手伝いできることがあれば……」

 シャルロットは、聖女の居場所を知っている。大まかな場所さえジェラートに伝えれば、聖女に反応する『宝玉』を使い、すぐにでも聖女を探し出せる。
 けれどシャルロットはまだ、離婚への一歩を踏み出したばかり。今、聖女が発見されても、ジェラートは離婚に応じてくれるとは思えない。
 確実に、ジェラートが離婚したくなるような状況を作る時間がほしい。

 そうは思いつつもマドレーヌの境遇を考えると、高齢の彼女にこれから一年も待たせるのは申し訳ない。
 聖女の発見を前倒しして、小説どおりに自分は悪女になるしかないのか。
 決心がつかずにいると、シャルロットの手をマドレーヌが優しくなでた。

「またジェラートのことで、辛い思いをしている顔ね」
「そんなことは……」
「シャルちゃん、よくお聞きなさい。あなたの物語の主人公は、あなた自身なのよ。誰に遠慮する必要もないし、自ら脇役や、悪役を演じる必要もないの」
「聖女様……」

 まるで自分の心の中を見透かされたようで、シャルロットは驚いた。魔法とは異なる、聖なる力を操ることができる聖女には、全てお見通しなのだろうか。

「故郷へ帰るのが私の夢だけれど、シャルちゃんがどんな人生を選択するのかも、気になって仕方ないの。そう思うと、ここでの生活も離れがたいものだわ」
「聖女様がいらっしゃる間に、良いご報告ができるよう頑張りますわ」

 マドレーヌに後押しされたような気分になれたシャルロット。
 早く離婚に向けて次の作戦を立て、なるべく早く聖女を故郷へ帰そうと決意するのだった。



「殿下、そろそろ会議の時刻ですよ」
「……あぁ」

 執務室のソファーで仮眠を取っていたジェラートは、侍従のフランに起こされ、疲れきった重い身体をなんとか起こした。
 フランはその様子を心配そうに眺めながら、濃く入れたお茶をジェラートの前に置く。

「いつまで、このような生活を続けられるのですか?」
「……シャルが、別居を止めるまでだ」

 シャルロットが別居してから四日。妻が本当に宮殿へ戻ってくるか心配だったジェラートは、徹夜で朝を迎える日々を送っていた。
 シャルロットと一緒に朝食を食べて、安心しなければ眠気もやってこない。
 王太子という忙しい立場の彼は、こうして合間を縫っては仮眠を取っていた。

 日に日にジェラートの顔色は悪くなっており、宮殿内の使用人達も心配し出している。
 連日の徹夜に付き合っているフランも、そろそろ辛くなってきたが、主の心中を察すると「止めよう」とも言い出しにくい。

「王太子妃様との関係は、進展しましたか?」
「……今朝は初めて、俺から『おはよう』と言ってみた」

 ティーカップに口をつけながら、ジェラートはぼそりと呟く。その姿はまるで、花も恥じらう可憐な乙女のようだ。
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