悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

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04 離婚が駄目なら4

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 広い庭の先に、五年前と変わらない姿で建っている邸宅の窓からは、温かみのある灯りが漏れている。
 暗い時間の雰囲気がそうさせるのか、長旅を終えてやっと家に到着したような、そんな安堵感が二人の心の中に広がる。

「皆、ただいま!」

 馬車を降りたシャルロットは、五年前と変わらない使用人の顔ぶれに嬉しく思いながら声をかける。皆、五年前よりも少しだけ歳を取ったような顔つきだ。

「王太子妃様、ようこそおいでくださりました」
「もう、執事長ったら。家に帰ったのだから、昔のように呼んでちょうだい」

 他人行儀に挨拶をする執事長に対してそう返すと、白髪交じりの彼はなぜか絶望したような顔で震え出した。

「や……やはり、別居は事実なのでございますか?」
「えぇ。そうよ?」
「おおおう! なんと、お可哀そうなシャルロットお嬢様! 冷え切った夫婦生活の末に、宮殿を追い出されるとは……! この老いぼれ、お嬢様の代わりに恨みを晴らして参ります!」

 なぜか、懐からテーブルナイフを取り出した執事長の姿に、シャルロットは小説の記憶を思い出してハッとした。

(そうだった……。王太子と聖女を恨んだのは、私だけではなかったわ……)

 伯爵家を侮辱したと判断したシャルロットの父を始め、母や弟、使用人たちまでもが、王太子や聖女に対して嫌がらせを始めたのだ。

 彼らの嫌がらせは、シャルロットが王太子の気を引こうとしていたものよりも本格的で。それを利用して王太子と聖女の暗殺を企てたのが、反王太子派の貴族たちだった。
 元々は善良な貴族であるハット伯爵家は、その計画にまんまとハメられた末に、シャルロットを含めた全員が断罪されてしまう。

 つまりハット家の者たちの怒りを抑えなければ、同じ未来がやってくるかもしれない。
 青ざめたシャルロットは慌てて、馬車に乗り込もうとしている執事長の前に立ちはだかった。

「誤解よ、執事長! ジェラート様が追い出したのではないわ!」
「お嬢様! この期に及んでまだ、あの冷血変態野郎の肩を持つのですか!」
「へ……へん…………え?」

 淑女がとても口にできるようなものではない誹謗が飛び出したので、シャルロットは混乱する。
 冷血は理解できるが、ジェラートが変態行為を働いたことなど一度もないのだから。

「お嬢様は、騙されていらっしゃるのです! 『伯爵領の宝石』とも呼ばれたお嬢様を無理やり結婚させておきながら、愛情の欠片も見せず、かといって離婚も認めないのですよ。特殊な嗜好の持ち主に決まっております!」
「あの……、執事長の意見はよくわからないけれど……。この状況はむしろ喜ぶべきだわ」

 執事長はだいぶ誤解しているようだが、ハット家において夫の評判がすこぶる悪いことだけは理解したシャルロット。
 なだめるように微笑むと、執事長は少し驚いたように眉を上げる。

「……っと、申しますと?」
「私は、自分の意思で別居を申し出たのよ。これからさらに計画を立てて、必ず離婚してみせるわ。だから心配しないで?」
「そのようなお考えが……! この老いぼれ、お嬢様の足を引っ張るところでございました」

 先ほどまでの怒りとは一転、成長した娘を見るように涙を浮かべる執事長。テーブルナイフを懐に戻すと、代わりにテーブルナプキンを取り出して目元に当てている。執事長の懐には、テーブルアイテムが一式入っているのだろうか。
 とりあえず危険物が取り除かれたので、シャルロットはほっと息を吐いた。

 伯爵家を出たのは十五歳の時だったので、守ってあげなければという意識が抜けていないのかもしれない。そう思いながら、執事長に微笑みかける。

「理解してもらえて嬉しいわ。さぁ、クラフティのところへ通してちょうだい。これから住まわせてもらうのだもの、ご挨拶しなければね」

 

 現在この邸宅は、シャルロットの二歳下の弟であるクラフティが管理をしている。
 アカデミーを卒業し成人を迎えたばかりの彼は、本来ならば跡取り息子として、父の補佐をしながら領地運営について学ぶ時期だが、頑なに領地へ戻ることを拒否していた。
 それはひとえに、姉が心配だったから。
 王太子妃であるにもかかわらず冷遇されている姉を、どうにか守ろうと王都に留まっていたのだ。

 シャルロットがクラフティの部屋へ通されると、彼は長剣を腰に携え、伯爵家の紋章が入ったマントを羽織ったところだった。

「ちょっとクラフティ、こんな夜にどこへ行くつもりよ!」
「姉様、そこを通してください! 僕は今日こそ、義理の愚兄との決着をつけなければなりません!」

(どうして、この家の者たちは皆、短気なのよぉ~!)

 執事長とともに二人がかりで弟を押さえつけ、先ほどと同じく事情を説明したが、実の弟なので熱量が違う。執事長の時よりも三倍ほど、説得に時間がかかってしまった。

 クラフティが十三歳の時に、シャルロットは突然結婚してしまったので、彼にとってジェラートは『大好きな姉を奪い取った憎い男』のようだ。


「こほんっ。先ほどは取り乱してしまい、大変失礼いたしました。久しぶりに姉様とお会いできて、嬉しいです」

 落ち着きを取り戻したクラフティは、用意されたお茶を一口飲んでから、恥ずかしそうに姉へ微笑みかけた。
 シャルロットと同じく、ホワイトブロンドの髪の毛は緩やかに曲線を描いており、つぶらな赤い瞳が可愛らしさを強調している。
 シャルロットから見れば可愛い弟だが、他人から見ても可愛い男性の部類に入る。
 ちなみに彼は『伯爵領の天使』と呼ばれており、本人は大変不満のようだ。

「ふふ、先週の夜会で会ったばかりじゃないの」
「僕は一日たりとも、姉様と離れたくないのです。愚兄・・愚行・・には殺意・・しか湧きませんが、姉様が伯爵家へ戻ってきてくれるのは大歓迎ですよ!」

 天使の微笑で王太子批判をする弟に対して、シャルロットは苦笑いする。
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