悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

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03 離婚が駄目なら3

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 いつもどおりに、ジェラートと無言の晩餐を終えたシャルロットは、意気揚々と食堂を出た。
 すでに荷物を載せた馬車は邸宅へ向かわせており、シャルロットを乗せる予定の馬車も準備が整っているはず。

 部屋へは戻らずに、そのまま玄関へと向かおうとしたシャルロットだったが、なぜか後ろから誰かがついてくる足音が聞こえる。
 いや、誰か・・などと考える必要もない。食堂からずっとついてきているのだから、ジェラートに決まっている。

「王太子妃様。王太子殿下がついてきていらっしゃいますが……」

 小声でそう報告してくる侍女のアンに、シャルロットは小さくうなずいた。

「許可は得たもの、気にする必要はないわ。きっとジェラート様もこちらに用事があるのよ」

 今まで夫婦の義務以外では、妻に関わろうとしなかった夫だ。シャルロットに対して用事があるとは思えない。そもそも用事があるなら、晩餐の際に伝えていたはず。
 そう判断したシャルロットだったが、ジェラートはそのまま無言で玄関までついてきてしまった。

 さすがに、何も言わずに馬車へ乗り込むのは、気が引ける。
 シャルロットはおそるおそる、後ろへと振り向いてみた。

「ジェラート様、なにか?」
「……本当に、行くのか」

(……えっ。それを確認するために、わざわざついてきたの?)

 今までのジェラートらしからぬ言動にシャルロットは少し驚いたが、すぐに納得する。
 昼間のジェラートは、言い捨てるようにして別居を許可したので、妻が本当に行動を起こすか確認をしにきたのだろうと。

「えぇ。今まで、お世話になりました。また明日、お会いいたしましょう」

 優雅に挨拶をおこなったシャルロットは、それから身をひるがえして馬車へと乗り込む。

(お別れの挨拶をしただけで、他人になった気分になれるわ!)

 思ってもみなかった効果に、シャルロットの心は羽が生えたように軽くなる。それはもう、笑顔でジェラートに向けて手を振ってしまうくらいに。

 ジェラートは彫像のように動かなくなってしまったが、シャルロットはさほど気にも留めなかった。夫がたびたび硬直するのは、癖のようなものだと思っている。

 馬車が動き出し、夫が見えなくなったのを確認すると、シャルロットは「ふふっ」と満足そうに微笑みながら背もたれに背中を預けた。

「ご機嫌ですね、王太子妃様」
「アン。私は明日の朝まで王太子妃ではないのよ。名前で呼んでちょうだい」
「ふふ、失礼いたしました。シャルロットお嬢様」

 侍女の中でアンだけは、結婚の際に伯爵家から連れてきたので、シャルロットとは旧知の仲。
 アンの母はシャルロットの乳母でもあったので、彼女とは幼い頃から遊び相手として一緒に育った。

 シャルロットの事情を最もよく理解しているアンは、心配そうにシャルロットを見つめる。

「本当にこれでよろしかったのですか? お嬢様は、王太子殿下のことを……」
「良いの。私の初恋は、実らずに終わったのよ」

 小説の中のシャルロットが、聖女に嫉妬した気持ちはよくわかる。
 シャルロットはジェラートに、恋をしていたのだから。

 二人の出会いは、五年前。王宮で開かれた舞踏会だった。
 初めて参加した舞踏会で、誘われるままに何人もの男性とダンスを踊ったシャルロットは、慣れないヒールで靴擦れをおこしてしまう。
 痛さに耐えながら廊下を歩いていた時、たまたま通りかかったのがジェラートだった。

『足を引き擦っているが、どうした?』

 胸の辺りまで伸びた銀髪に、琥珀色の鋭い瞳。狼を思わせる風貌の男性だったが、不思議と怖くは感じず。

『お恥ずかしながら、靴擦れを起こしてしまいまして……』

 そう返すと彼は靴擦れを確認し、『これは辛そうだ』と、軽々とシャルロットを抱き上げてしまう。
 彼の逞しさと、優しさに、その時シャルロットはすっかりと心奪われてしまった。

 その日は名前もわからないまま別れてしまったが、後日。伯爵家へと王太子から結婚の打診が来たときは、心底驚いた。
 女嫌いで、社交の場へも滅多に姿を現さなかった彼が、一度助けただけのシャルロットを見初めた。
 シャルロットにとっては夢のような話で、反対する父をなんとか説得して婚約へと漕ぎつけた。

 しかし再び再会した彼は、驚くほど冷たく。ろくに目も合わせなければ、言葉も発しない。
 シャルロットは、自分が見初められたのは間違いだったのではと不安になり、父もそれを確認したが。
 ジェラートはただ一言、こう告げた。
 『彼女で間違いない』と。

 冷たい彼だが、彼自身が結婚を望んでいると知ったシャルロットは、きっと淡泊な性格なのだろうと思うことにした。
 彼の意向により、三か月という早さで結婚式を挙げたことも、愛情表現の一つだろうと嬉しく思っていた。

 貴族たちは、シャルロットが王太子と無理やり結婚させられたと思っているようだか、本人たちはお互いに望んで結婚したのだ。

 けれど実際に結婚生活を始めて、淡々とこなすだけの夫婦の義務を果たすうちに、シャルロットは否が応でも気づいてしまう。
 彼は私を愛していない。ジェラートにとってシャルロットは、ちょうど良かった・・・・・・・・だけなのだと。

 結婚適齢期を迎えつつあり、尚且つ女嫌いの彼にとって、結婚相手選びは苦痛の種だったと聞く。
 そんな彼の前にたまたま・・・・現れたシャルロットは、実に都合の良い娘だったのだろう。
 この結論に至るまで、シャルロットは三年もの年月を費やしてしまった。

 その後は離婚を願ったが、叶わず。その上、聖女が現れて夫を奪われる未来が待っている。

 王太子妃としての責務だけを押しつけられたまま、聖女とジェラートの幸せを見守るなどまっぴらごめん。
 ジェラートのことはすっぱりと諦めて、新たな人生を歩んだほうがよほど健全だ。



 シャルロットの実家であるハット伯爵家の敷地へと入ると、シャルロットは懐かしさがこみ上げてきて、向かいに座っているアンと顔を見合わせた。アンも同じ気持ちで微笑む。
 シャルロットはこれまで、夫婦の義務を優先しなければならなかったので、二人がハット伯爵家へ戻るのは五年ぶりだった。
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