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08 叙任式3(ディートリヒ視点)
しおりを挟むディートリヒは重い足取りで、叙任式の会場へと向かっていた。
レオンには、できるだけ多くの女性と会うように勧められたが、ディートリヒは日々の公務に追われており、ゆっくりと番を探す暇もない。
せいぜい貴族が集まる場に積極的に赴くくらいだが、これからおこなわれる叙任式には男性しかいない。
また番探しが遠のいたような気持ちになりながら、会場へと足を踏み入れた。
「皇帝陛下のお出ましです!」
会場に足を踏み入れた途端。ディートリヒは甘い香りに包まれた。
(香でも焚いているのか?)
例年、新人官吏は皇帝に恐怖し、叙任式を退場せざるを得なくなる者が続出する。そのような者たちの緊張でもほぐそうと、香を焚いたのだろうか。
官吏たちの涙ぐましい努力を感じながら、ディートリヒは玉座へと向かった。
ディートリヒが訓示を与えたあと、一人一人に官吏のバッジをつけてやるのが慣例だ。
「これから一年、よろしく頼む」
「はっはい……。誠心誠意お仕え……いたっいたしたします」
しかし、どれだけ労いの言葉をかけたとしても、相手は震えるばかり。好き好んで脅しているわけではないのに。
「忙しい部署だが、身体には気をつけて」
「ご……ご配慮に……………」
恐怖が限界に来た様子のこの新人官吏は、ガタガタと震えながら、耳と尻尾が飛び出し。そして下半身がじわっと濡れて、床に広がった。
「……誰か、世話をしてやれ」
さすがにここまでの恐怖を与えてしまうと、自分自身が悪に感じる。
ディートリヒにとっても叙任式は、精神を削られるものだった。
(香が強くなってきたな)
後方へと移動するにつれて、くらくらしそうなほどの甘い香りが漂ってきた。
これはさすがにやりすぎだ。香を消すように指示しようとしたディートリヒはふと、ある新人官吏に目が留まった。
(この甘い香りは、彼から発せられているのか……?)
確かめなければ。
それしか考えられなくなったディートリヒは、食虫植物の甘い蜜に誘われる虫のように、順番を無視して彼の方へと向かった。
後ろからレオンが「陛下。次はこちらですが……」と動揺している声もぼやっとしか聞こえない。
香りの主である青年が、ディートリヒに向けて何か言葉を発したが、それすら耳に届かない。
もっとこの香りを嗅いでいたい。
本能に身を任せた状態となってしまったディートリヒは、いつの間にか狼の姿へと変化していた。
そして吸い寄せられるように彼の首元へと鼻を寄せると、この上なく幸せな気持ちに包まれた。
番を見つけるとは、こういうことなのだろうか。
甘い香りで麻痺した頭で、ディートリヒはそう感じた。
この者を手に入れたい。自分だけの番にしたい。
愛おしさがこみ上げてきたディートリヒは、ぺろりと青年の頬を舐めた。
すると、それまで微動だにしなかった青年が、ぱたりと倒れてしまったではないか。
それを目にしてやっと、ディートリヒは我に返り、青ざめた。
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