【完結】 「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります

廻り

文字の大きさ
上 下
7 / 37

07 叙任式2

しおりを挟む

「ほう。思ったよりも早く決心がついたのだな」
「そのようですね。安心しました」

 この制度へ、意欲的に参加する姿勢を見せてくれるのは喜ばしいことだ。
 にこにこしながら自分の席へと座ったレオンは、リーンハルトの配属先に関する書類を書き始める。それを見守りながら、ディートリヒはさらに尋ねた。

「それで、度胸はついた様子だったか?」
「冷静に対応しておられましたが、その……」
「なんだ?」

 レオンはどう言おうか迷ってから、やや困り顔で笑みを浮かべた。

「今後が心配になるほど、可愛らしい方でした」

 その言葉にディートリヒは、事前に彼から聞かされていた情報を思い出す。それから意味ありげにレオンへと笑みを浮かべた。

「アカデミー中を惑わせた、魅惑の令息か。俺も惑わされぬよう気を付けなければな」
「お戯れを。陛下はそれよりも、つがいを早く見つけてください。それでなければ――」

 レオンが小言を述べ始めたその時、部屋の扉が勢いよく開いた。

「陛下ぁ~! お探ししましたわ」

 皇帝の執務室へ気軽に入ってくる、もう一人が来たようだ。
 彼女はユリアーネ・ヴァイス・ヴォルフ。ヴァイス・ヴォルフ公爵家の令嬢だ。

「入室を許可した覚えはないぞ」

 他の者が皇帝からそのように言われたら、恐怖して逃げ出すだろうが、彼女は同じ狼族。余裕な態度でディートリヒの元へと向かう。

「まあ。婚約者に対して冷たいですわね」
「婚約した覚えもないのだが」
「そんなこと言ってぇ。叙任式で陛下がお一人で入場するのはお可哀そうですから、花を添えに参りましたのよ?」
「必要ない」

 ディートリヒは、いつも彼女に対して冷たい態度だ。
 それを分かりつつも、ユリアーネは気を効かせて来たというのに。
 少しも理解を示さないディートリヒへ、彼女も冷ややかな視線を向ける。

「……陛下。あまり私を蔑ろにしないほうがよろしくてよ。どうせ『運命の番』は現れていないのでしょう? 私と結婚なされば、少なくとも『ヴォルフ』の性は残せますわ」

 彼女の言うとおり、狼族同士で結婚すれば必ず狼の子を成せる。次代の皇帝もヴォルフを名乗ることになるが、一つだけ問題がある。
 彼女は白狼で、ディートリヒは黒狼。運命の番との間に子を成せば、必ず父親の種族が継承されるが、そうでない相手だと、どちらの種族が生まれるかは運任せだ。

 この国は遥か昔から、白狼族と黒狼族とで主権争いをしてきた。今でこそ戦争はしなくなったが代わりに、運命の番が見つからなければ、狼族同士で結婚すると取り決められている。
 お互いに虎視耽々こしたんたんと、次代の皇帝の座を狙い合ってきた。

「……二十五の誕生日まで、まだ猶予がある」

 その猶予がもうすぐやってくる。二十五歳までに運命の番が見つからなければ、ヴォルフ同士の結婚を前向きに考えなければいけない。それがシュヴァルツとヴァイスの間に交わされた約束。
 それまでにせめて、運命の番の居所くらいは見つけなければ、ヴァイスを納得させられない。

「ふふ。強がるところも可愛いですわ」
「陛下に対してなんという言い草ですか!」

 レオンの叱責を聞いているのか、いないのか。ユリアーネは楽しそうな足取りで、ドアへと向かい出した。

「本日は引き下がりますが、週末のパーティーではパートナーになってくださいませ。陛下がパートナーすら見つけられないと知れば、新人官吏が不安がりますわ。では、失礼いたします」

 彼女が部屋を出てから、ディートリヒは大きくため息をついた。

「彼女の言い分は妥当だから、痛いな……」

 運命の番はそう簡単には見つからない。歴代の皇帝も半数以上が運命の番を見つけられずに、シュヴァルツとヴァイスで婚姻している。
 存在するかどうかも分からない運命の番を探し続けるより、シュヴァルツとヴァイスの関係を深めたほうが合理的なのは確かだ。

 ユリアーネはそれを見越して自発的に、皇后になるに相応しい教養を身に着けてきた。
 彼女ならどこに出しても恥ずかしくない皇后となってくれるだろう。
 その努力は認める。だからこそ、彼女に対して曖昧な態度を取るわけにはいかない。

「まだ時間はございます。できるだけ多くの女性にお会いしてください」
「そうだな……」





 叙任式の会場へと到着したリーゼルとカイは、指定された順番に並びながら、式が始まるのを待っていた。

「あのね、カイ……」
「どうかした?」
「リーンって、アカデミーで虐められていたの……?」

 先ほどの控え室では、明らかに雰囲気がおかしかった。リーゼルを好奇の目で見て嘲笑っているような。そんな居心地の悪さを感じた。

「虐められてはいないよ。むしろ好かれていたさ。けれどリーンの名誉のために、俺の口からはこれ以上は言えない。ごめんリー……」

 カイは申し訳なさそうに、リーゼルへ向けて項垂れた。

「ううん、カイのせいではないわ。リーンがずっと隠していたのだもの。私には知られたくないことなのよね……」

 誰にでも、秘密の一つや二つはあるし、家族だからこそ知られたくないこともある。
 カイは家臣である前に、一人の友人としてリーンハルトの秘密を守ってくれている。

「しつこいようだけど、あいつらには十分に気をつけるんだよ。リーは可愛いから心配だ……」

 まるで娘が心配な父親のような顔をするので、リーゼルはこてりと首をかしげた。

(今は男装しているのに、そんな心配は必要ないと思うけど?)

「心配しないで。ちゃんと気をつけるから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

処理中です...