【完結】 「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります

廻り

文字の大きさ
上 下
6 / 37

06 叙任式1

しおりを挟む

 新人官吏の控え室へと到着すると、カイはひそひそとリーゼルへと耳打ちした。

「リーはなるべく俺の後ろに隠れていて」
「うん……そうするわ」

 言われたとおりにカイの背中へと隠れたリーゼルは、そこから少しだけ顔を覗かせて辺りの様子をうかがった。

「ここにいる者のほとんどがアカデミー出身だから、特に注意してね。話しかけられても俺が対処するから、リーは挨拶程度に留めておいて」

 カイの注意事項を、リーゼルは真剣にうなずきながら聞く。

「――それから、一番注意しなければいけない人物が」

 そうカイが言いかけた時、一人の男性が二人のもとへと近づいてきた。

「もしかして、カイ……?」
「久しぶりだな……パウル」
「久しぶり! アカデミーをすぐに退学してしまったから心配していたんだ。それじゃもしかして、後ろにいるのは……」
「ああ……。リーンハルトだ」

 カイは難しい顔をしながら、リーゼルへと振り返った。

(リーンの知り合いみたい。挨拶したほうが良さそうね)

「久しぶりパウル」

 とりあえすカイと同じように挨拶してみると、パウルは大好物でも発見したかのように瞳を輝かせながら、リーゼルの手を両手で握りしめた。

「リーンハルト! 俺のことを覚えていてくれたなんて嬉しい! あの時はごめんね。別に君を困らせたかったわけではないんだ。純粋に仲良くなりたくて、二人きりになろうとしただけで。あっ! 決してやましい考えがあったわけではないんだよ。ただ君があまりに魅力的すぎて俺も理性を保つのがやっとだったというか」

 徐々に距離を詰められながら、まくし立てるように話し出すパウル。リーンハルトと再会できたことがよほど嬉しいのか、興奮しているようだ。
 カイと挨拶を交わした際の彼とは別人のようで、リーゼルは急に怖くなる。

(この方。なぜ顔を真っ赤にしながら、私に迫ってくるの……)

「リーンハルトは変わらないな」
「相変わらず、なんというか……」
「俺、今でもいける気がする」

 周りの反応も何か変だ。ただ注目を浴びているだけではない。なにか、嫌な視線が四方から突き刺さる。

 リーゼルが今まで感じたことのない感覚。捕食者に狙われているのとはまた別の、不快に感じる視線だ。

 これ以上は近づかないでほしいと思うところまでパウルが迫ってきたところで、カイが無理やり二人を引き離した。

「パウル卿。礼儀はわきまえてください。私たちは共に、家の名を背負ってこちらへ来ているはずですよ」
「あ……申し訳ないカイ卿」
「理解していただけたなら幸いです」

 カイは再びリーゼルを背中に隠すと、室内にいる元クラスメイトたちを見回した。

「皆様にも申し上げておきます。学生の時のようにリーンハルト卿を困らせることのないよう、よろしくお願いします」

 その言葉によって、上気しているようだった雰囲気は一気に鎮火するように静まり返る。元クラスメイトたちは、気まずそうにリーゼルたちから視線をそらした。

(男性だけの世界って、独特なのね……。とにかくカイがいてくれて良かったわ)

 リーゼルがほっと息をはいていると、カイが振り返った。「カイ、ありが……」と礼を言いかけたリーゼルは、再び全身に緊張が走る。カイは笑みこそ浮かべているが、今まで見たことがないほど怒っているように見えたのだ。

「リーンハルト卿も、絶対に彼らと二人きりになってはいけませんよ。とっても危険ですからね」
「はっはい」

(今はカイが一番怖いんだけど……!)



 それからしばらくして、皇宮の官吏が控え室へと入室してきた。彼は控え室の雰囲気など気にする様子もなく中央まで進むと、新人官吏たちを見回した。

「ではこれから、配属先を発表します」

 その声に皆は、期待するような表情で官吏のもとへと集まり出した。
 その中で一人、リーゼルだけは不安な表情でカイの隣にいた。

「カイと離れちゃったらどうしよう……」

 さきほどの雰囲気だけでも、自分一人の手には負えなかったのに、あのような男性の輪に馴染める自信がない。

「大丈夫。同じ故郷の者は同じ部署になるらしいよ」
「そうなの? 良かったぁ……」

 貴族の後継者を呼び寄せて官吏をさせる理由は、将来的に領地運営に役立てるため。それが理由なら、領地ごとにまとまっていたほうが良いようだ。

「カイ・アイヒ卿、農林省」

(シャーフ家の領地の大半は農地だものね。農林省の方とお知り合いになれるのはありがたいわ)

「――以上です」

(あら……。私の配属先が無かったわ)

 てっきり、カイの次に呼ばれるものばかり思っていたリーゼルは、不思議に思いながらカイと顔を見合わせた。カイも困惑している様子で、官吏へと手を挙げる。

「すみません。リーンハルト・シャーフ卿が呼ばれておりません」
「リーンハルト・シャーフ卿……? リストには――」

 リストを見返した官吏は、「あっ」と思い出したように、リーゼルへと笑みを浮かべた。

「良かった、歓迎しますよ。配属先は、カイ・アイヒ卿と同じく農林省で調整しておきますね」
「はい。ありがとうございます……」

 良かった。とはどういう意味だろうか。
 部屋を出て行く官吏を見送ってから、リーゼルはこてりと首を傾げながらカイに視線を向けた。

「今の、どういう意味かしら?」
「なんだろうな……?」



 鼻歌交じりに軽やかな足取りで廊下を進んだレオンは、「陛下、朗報ですよ」と言いながら皇帝の執務室のドアを開けた。
 このように気軽な態度で執務室へ入れる者は、彼と、あともう一人くらいだ。

「どうかしたか?」

 そのような態度にも気分を悪くすることなく、ディートリヒは書類から視線を上げて尋ねた。

「官吏になるのを一年ほど先延ばしにしたいと嘆願書を送ってきていたリーンハルト・シャーフ卿が、叙任式へ来られました」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

処理中です...