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11 クッキーは誰のため? / 早朝の教室
しおりを挟む今日のお昼休みは、直接図書室の個室で殿下と待ち合わせをしています。
先に鍵を借りてお茶の準備などをしていると、ドアを開けた殿下は暗い表情をしていました。
どうしたのでしょうと思っていると、続いてシリル様とセルジュ様も入ってきて。
「ごめんねミシェル。今日は二人も一緒なんだ」
殿下はとても残念そうに肩を落としながら、席に着きました。
「殿下は俺が護衛だということを、忘れすぎじゃないか? 昨日はどれだけ探したと思っているんだ」
「セルジュも俺を忘れて、いつもどこかへ消えるだろう。お互い様だ」
確かにこの前のセルジュ様はひとりで林の中から出てきて、授業が始まるギリギリまで私と一緒にいました。
セルジュ様が護衛で本当に大丈夫なんでしょうか……。少し心配になってしまいます。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、シリル様は私に微笑みかけます。
「殿下はセルジュがいなくても、十分にお強いですから。それより殿下、僕は彼女に問い詰められてひどい目に遭いましたよ。せめて僕にはひとこと言ってくれなければ、口裏合わせもできません」
「それは悪かったが、言えばついてきただろう?」
「当たり前です。今のところ百歩譲っていますが、僕の天使であることには変わりませんよ」
「俺だって殿下に譲る気はさらさらないからな!」
「俺の従者と護衛が、俺の敵とはどういうことだ。こういう時こそ、俺への忠誠心を見せるべきだろう」
「それとこれとは、話が別だ!」
「そうですよ、露骨に邪魔をしないだけありがたく思ってください」
普段の鬱憤が溜まっているのか、突然三人が険悪なムードになってしまいました。
話の雰囲気から察するに、殿下と二人だけで昼食を取ってしまったのが良くなかったようです。
いくら学園内では身分が関係ないとはいえ、ただのお友達である私が殿下を独占してしまうのはいけなかったのかもしれません。
せめてものお詫びというか、甘い物でも食べて落ち着いてもらおうと思い。私はバスケットからクッキーを取り出しました。
「あの……皆様。お腹が空くとギスギスしてしまいますし、昼食を取りましょう。クッキーを作ったので、良かったらこちらも食べてください」
そう提案すると、三人の言い争いはぴたりと止まりました。
殿下は、固まったようにクッキーを見つめてから、ぽつりと呟きました。
「……もしかして、ミシェルが作ってくれたの?」
「はい、おくちに合うと良いのですが」
レシピ本を読んでいたら実際に作ってみたくなったのがきっかけで、今では読書以外のささやかな趣味だったりします。
昨日は心を鎮めようと思って作ったのですが、殿下に食べてもらいたいと思っている時点で逆効果でした。
「ミシェル嬢にこんな特技があったとは知りませんでした。女性からの手作り菓子の差し入れほど、心躍るものはありませんね」
「エル……ミシェル嬢が、クッキーを作れるようになっていたなんて……」
シリル様は感心したような声を上げ、セルジュ様に至っては娘の成長をしみじみと感じているお父様のようです。
私がお菓子作りをするのは皆様意外だったようで。すっかりと先ほどまでの険悪なムードは、消えてしまいました。
食べて落ち着いてもらおうと思ったのですが、その前に目的は果たせたようです。
「どうぞ」とクッキーの入った器をテーブルに置き、シリル様とセルジュ様がクッキーに手をのばしかけたところで、「待て、二人とも」と殿下が声をかけました。
殿下は私に体を向けると、私の手を取り真剣な眼差しを向けてきたので、どきりとしてしまいました。
「ミシェル、これは誰のために作ってくれたのかな?」
「えっ……」
個室にシリル様とセルジュ様が入ってくるまでは、今日も殿下と二人だと思っていたのですから。殿下のために決まっているではありませんか。
わかりきっていることをわざわざ尋ねるなんて、殿下は意地悪です。
「でっ殿下に食べてもらえたらと思いまして……」
顔が熱くなるのを感じながらそう伝えると、殿下はとても幸せそうに微笑みました。
「俺のためにわざわざ嬉しいよ、ありがとうミシェル」
クッキーでこんなに喜んでもらえるとは思わなかったので、私は拍子抜けしてしまいました。
けれど、私が伝えなければこの笑顔は見られなかったのだと思うと、恥ずかしくても伝えられて良かったです。
殿下はクッキーをひとつ取り、それを食べると「美味しい」と無邪気なお顔で喜んでくれて、私まで嬉しくなってしまいました。
「僕たちも食べますからね」
しびれを切らしたらしいシリル様が呆れ顔で殿下にそう述べると、殿下は晴れやかなお顔をシリル様とセルジュ様に向けます。
「あぁ、寛大な俺に感謝しろよ」
「いろんな意味で、ごちそーさん」
セルジュ様は、ぽーんとクッキーを宙に放り投げると、見事おくちでキャッチしました。彼の昔からの得意技は、今でも健在でした。
翌朝。いつもより早めに屋敷を出て学園へ向かうと、玄関の前でジル様が腕を組んで壁に寄りかかっているのが見えました。
「おはようございます、ジル様」
「おはよう、ミシェル嬢。他の男子生徒には先に教室へ行ってもらっている。俺たちも行こうか」
どうやら私が最後だったようで。早く来たつもりだったのに、皆様をお待たせしてしまったようです。
「当事者の私が遅くなってしまい、申し訳ありません。ジル様はもしかして、私を待っていてくれたのですか?」
「ミシェル嬢に、直接危害を加える可能性もあるからな」
「ありがとうございます、ジル様」
趣味みたいなものと彼は言っていたけれど、そこまで気にかけてくれるなんて彼は優しい方のようです。
図書室では用事があって話しかけても、返事の代わりに手を上げるだけの彼だったのですが。趣味が絡むと人って、こんなにも変わるものなのですね。
ジル様と共に中位クラスの教室へ向かい彼がドアを開けると、そこでぴたりと立ち止まってしまいました。
どうしたのかと思いながら横から教室を覗いて見ると、数人の男子生徒が私の机を囲っていて。机の上には黒い物体が……。
「ミシェル嬢は見ないほうが良い」
しっかりとそれを確認する前に、ジル様の大きな手によって私の視界は塞がれてしまいました。
「あの……、今のは……」
「モンスターの死骸だ。なんて残忍な……」
モンスターは通常、倒せば砂粒のように散って消えてしまいます。けれど倒す前に特殊な薬品をモンスターに付着させれば、消えずに残すことが可能だそうです。
研究などで主に使われる手法ですが、目的も無しに使用することは亡くなったものへの冒涜として非難される行為です。
「処理できる者を探してくるから、ミシェル嬢は図書室にでもいてくれ」
そう言いながらジル様は私を図書室に連れて行こうとしたので、慌てて彼の制服の上着にしがみつきました。
「待ってください。処理なら私ができます」
「だが、女性に見せるようなものではないぞ……」
「私も魔法学園の生徒です。これくらいは自分でしなければ、中位クラスの生徒とはいえません」
私の目を塞いでいるジル様の手を取り、大丈夫だというように微笑んでみると、彼は困ったように視線を逸らしました。
「ミシェル嬢がやる気なら止めはしないが。無理だと思ったらすぐに言ってくれ」
「はい、ありがとうございますジル様」
ジル様は心配性なのか、私を支えるように肩に手を置きながら一緒に机の前まで来てくれました。
机の上に横たわっているのは、ダークマウス。
モンスターとはいえ、消え去ることもできずに痛々しい姿のままなのは、可哀そうです。
「ミシェル嬢……、大丈夫?」
机を囲っていた男子生徒たちも、心配そうに私を見ています。
モンスターの死骸を消し去るには、聖なる力で浄化するのが一番で。それには回復魔法が最適と、教科書に書いてありました。
人にかければHPが回復しますが、モンスターにかけると魔の力が消え存在が危うくなります。
皆は、下位クラスに落ちた経験のある私を頼りなく思っているのかもしれませんが、殿下のおかげでレベルが上がり、魔法の威力も上昇しました。十分にやれると信じています。
顔を引き締めてうなずくと、皆は魔法の邪魔にならないよう少し離れて見守る体勢を取りました。
杖を取り出した私は、深呼吸をしてからダークマウスに向かって集中します。
少し恥ずかしいけれど、今はこの子を浄化することだけを考えなければ。
「ミシェルのこと好きって言ってほしいの」
回復魔法を詠唱すると、ダークマウスは暖かな光に包まれて。そよ風が砂粒をさらっていくように、サラサラと消えていきました。
どうやら、無事に成功したようです。
ホッと息を吐いてから皆に視線を向けると、彼らは一様に彫像のごとく動かなくなってしまいました。
私が魔法をまともに使えたことが、そんなに驚くことだったのでしょうか。
そう思っていると、私の後ろにいたジル様がぽつりと呟きました。
「ミシェル嬢……、好きだ……」
「えっ?」
無口で本にしか興味がなさそうなジル様とは思えない発言に驚いて、後ろを向きかけた時。
「俺も好きだ……」
「うん、俺も好きだよ……ミシェル嬢」
「僕だって好きに決まっている」
「好き以外の言葉が見つからない」
他の男子生徒たちも、口々にそう呟くではありませんか。
これは殿下が、いつも私の魔法スキルに返事をするのと同じ現象です。
「あのう……。今のはただの魔法詠唱で、特に深い意味はないのですが」
殿下の時と同じように一応言い訳をしてみると、ジル様は私の手を勢いよく掴んだので、私は思わず一歩後ずさりました。
「わかっている。俺たちにも深い意味はない」
深い意味のない好きって、どういうことですか。
「ただ今度、一緒に強敵を狩りに行かないか」
覆いかぶさるような勢いで、鋭い視線を向けられると怖いのですが。
助けを求めたくて周りに視線を向けると、他の男子生徒も詰め寄るように私の周りに集まってくるではありませんか。
「俺も強敵を狩りたい気分だ」
「瀕死になるくらいのを、狩りに行こうじゃないか!」
「ミシェル嬢の回復魔法があれば、俺は一生戦っていられる」
「むしろそれが目的とも言えるが」
ヒートアップした男子生徒に囲まれ、一緒に狩りに行く以外の選択肢がなくなってしまった私。
仕方なく、殿下との狩りにご一緒する形でよければと提案し、なんとかこの場は収まったのでした。
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