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27 物語のその後
1 王太子様と王女様
しおりを挟むその後。リズは王宮に滞在したまま一日に数回、フェリクスと顔を合わせる日々を送っていた。
フェリクスからの治療を受けなければ、リズはすぐに倒れてしまう。フェリクスによると、神聖力と魔力のバランスが安定するまでには、数年かかるのだとか。
それにより、彼をすぐに死刑にするのは不可能なので、代わりとなる刑が与えられることとなった。
それに関しては王国と公国との間で大いに揉めたが、リズとしてはフェリクスの死刑が最善策だとは思っていなかったので、それで良かったと胸をなでおろした。
彼は婚約式の場で、リズを道連れにして死ぬような発言をしている。刑を重視するあまり、リズの命が危険に晒されては元も子もない。
それに、彼には考えを変える時間が必要だ。エディットとしっかりと向き合い、人を愛する事の意味を考えてほしい。
そうしなければ、また同じ事の繰り返しになる。
治療を受けた際に、『エディットを大切にしてほしい』とリズの希望を彼に伝えたところ、フェリクスは「それがそなたとの約束となるならば、受け入れる」と、おとなしく従うつもりのようだった。
前にも感じたが、彼は聖女の魂との約束を何よりも大切にしているようだ。約束してほしいと持ちかければ、もしかしたら彼は何でも受け入れてくれるのかもしれない。
結局フェリクスの刑は『王族から除名し、地位をはく奪した上で、国外追放。ただし、聖女リゼットの神聖力が安定するまでは、公国にて幽閉』となった。
それに伴いドルレーツ国王は、フェリクスに都合が良い法律を徐々に廃止にしていくつもりだという。
絶大な力を持っていた彼は、国を安定させるには貴重な存在ではあったが、王族や仕える者にとっては常に気を使わなければならない、厄介な長老のように思われていたようだ。
実権を取り戻した国王の晴れ晴れとした顔が、それを物語っていた。
そんな国王がまず初めに廃止したのが、『王太子フェリクスの伴侶は、聖女の魂を持つ者』という法律。
これにより来世のリズは、フェリクスと無理やり結婚させられることはなくなる。国王はこれから『大魔術師フェリクスの魂を持つ者を、王太子として認めない』という法律も作るつもりらしい。
フェリクスにとっては、刑罰よりも辛い来世となりそうだ。
そして、リズ達が公国へと帰る日。事件は起こった。
「大魔術師がフラル第三王女を連れて、逃亡しました!」
馬車に乗り込もうとしていたリズは、ドルレーツ騎士の言葉にびくりと驚き動きを止めた。
自ら牢屋へと入ったフェリクスは、リズの治療をおこなう際も非情に大人しく、リズとの距離も適切に保っていた。そんな彼がまさか逃亡するとは……。
「詳しい状況を教えて」
アレクシスが騎士にそう述べると、騎士は詳しい経緯を話し始めた。
それによると、牢屋から二人を出して移送用の馬車へと移動中の、ほんの一瞬の出来事だったのだとか。
エディットは隠し持っていた魔法具で、フェリクスの拘束具に掛けられていた魔法制限を解除。
フェリクスはエディットを連れて、瞬間移動で消えてしまったそうだ。
(王女殿下が、そんなことをしたなんて……)
リズの治療へ同行していた際の彼女は、「どのような場所でも、最後までフェリクス様のお傍におりますわ」と、彼の刑を受け入れている様子で。フェリクス同様にエディットも、王族から除名されたのだと話してくれた。
(……ってか、私はどうなっちゃうの!)
リズははたと、自分の置かれた状況に気が付いた。
フェリクスからの治療を受けられなくなれば、神聖力と魔力のバランスが崩れて起き上がっていられなくなる。
自分でも少しは調節できるようになってきたが、それでも急に制御不能になったりするので、彼の手助けはまだまだ必要だ。
「瞬間移動の際に、こちらの手紙を落としていきました」
騎士が差し出した手紙には『リゼットへ』と宛名が書かれている。便せんと封筒を用意できなかったのか、紙を畳んだだけの簡素な手紙のようだ。
「フェリクスが……?」
受け取ったリズは、紙を広げて読んでみた。
『現世のそなたにはこれ以上嫌われたくないので、予定より早いが国外へ旅立つことにする。
家族三人で慎ましく暮らしたいので、追っ手は出してくれるな』
「家族三人……?」
リズが首をかしげると、アレクシスが横から手紙を覗き込んでくる。
「どうやらエディットに、子供ができたようだね」
「ええ!」
いつのまにそこまでの関係になっていたのだろうと、お子さまのリズは混乱する。
ともかくフェリクスは、エディットと生まれてくる子供に不自由な暮らしをさせないために、逃亡を企てたようだ。
『エディットを大切にしてほしい』というリズとの約束を、彼は守ってくれたのだろうか。
『神聖力の治療は、薬でも可能だ。そなたなら作れるだろうから、レシピを渡しておく』
それを読んでリズは、力が抜けるように肩を落とした。
「もう……。薬で治るなら、先に言ってよ!」
「あいつにとっては、リズと会うための最後の手札だったんだろうね」
「うぅ……」
フェリクスならば、あり得ない話ではない。むしろアレクシスの言うとおりな気がしてリズは身震いした。
けれど、それを手放したということは、リズに対する執着は和らいだのだろうか……。
「あいつの気持ちが抑えられなくなる前に、逃亡を選んでくれて良かったのかもしれない。あいつがリズに触れることはもうないと思うだけで、せいせいするよ」
アレクシスは、引きつった笑みを浮かべながらフェリクスの手紙を見つめた。今すぐ破り捨てたいと、顔に書いてある。
フェリクスからの治療を受けるたびに、アレクシスと彼の間で不穏な空気が漂っていたので、これからは精神的にも平和になりそうだ。
「そうだね……。これで本当に縁が切れたなら良いんだけどなぁ」
それからリズは生涯、フェリクスと再会することはなかった。噂を耳にすることもなく、どこで暮らしているのかさえ知ることはなかった。
彼はエディットや子供と接することで、人を愛する気持ちに変化はあっただろうか。
愛する者の気持ちを尊重し、大切にする心は芽生えたのか。
そして来世は、誰の魂を愛するつもりなのか。
来世では記憶が残っていないであろうリズには、それを確認する術はない。
しかしフェリクスからの手紙は、こう締めくくられていた。
『来世でそなたを愛さなくても、恨まないでくれ』
好きでもない相手からフラれたようで、リズとしては納得いかない別れの挨拶だったが、リズもそうなることを望んでいる。
来世のフェリクスには、過去に囚われることなく純粋な気持ちで恋愛してほしい。
それが、一度は夢を見させてもらった推しへの、リズからの最後の応援の気持ちだ。
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