【完結】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、本気になった当て馬義兄に溺愛されています

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26 鏡の中の聖女

2 やりすぎです王太子様

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「何をする気だ……」
「こちらは映像魔法具でして、好きな情景をこの中に留めていつでも見ることができるものです。この中には今、リゼットの侍女が撮影した情景が残っております」

 その魔法具については、ここにいる誰よりもフェリクスが詳しかった。それは前世で魔術師だったアレクシスが、フェリクスの裏工作を暴くために作り出したもの。
 彼から奪い取り宝物庫の奥底に保管していたはずが、何の因果か本人の元へと戻っていたようだ。

 アレクシスが映像魔法具に魔力を込めると、空中に映像が映し出された。それは皆でピクニックへ行った日の映像で、船を陸から撮影しているものだった。

 それを隣で見ていたローラントは、苦虫を噛み潰したような顔になる。

「殿下がおっしゃっていた俺が懐かしく思うものって、これだったんですか?」
「そうだよ。アカデミーでは、よくこれのお世話になったよね」

 この映像魔法具は、バルリング伯爵がどこかから調達してきたもので、アレクシスの護身用にと渡されたのだ。
 アカデミーでこれを使用していたのは主にローラントで、他の学生から受けたアレクシスへの嫌がらせの動かぬ証拠として重宝されていた。

 アカデミーを卒業してからはほとんど使う機会はなかったが、宮殿の放火を知ったアレクシスは、リズの護身用にと侍女へ渡していたのだ。

 映像の初めは、リズとエディットが船の先端で話をしている場面だった。この時リズは船の縁に腰かけていたので、船からリズが落ちないか心配で侍女はこれを撮影していたのだという。

 すると突然、船の中央にいたフェリクスの周りに、紫のオーラが出現する。そのオーラは糸状にフェリクスからリズ達のほうへと伸びて行き、エディットのボンネットを絡め取ると空中へと飛ばしてしまった。

「今の紫のオーラは、魔力を使った証拠です」

 アレクシスがそう説明すると、「おい! その映像を止めさせろ!」とフェリクスが叫んだ。しかし、騎士達が判断しかねている間にも映像はどんどん進んでいく。

 エディットが身を乗り出してボンネットを拾おうとし、リズが彼女を押さえている。そこへ再び紫のオーラが忍び寄り、二人を絡め取ると湖の中へと引きずり落とした。

「うそっ!」

 リズが驚いて叫ぶと、フェリクスは舌打ちしながらアレクシスに向けて片手を突き出した。フェリクスは魔法を使って映像魔法具を止めようとしたが、しかし彼の魔法は発動しなかった。

 今日はリズが本当に魔法を使う可能性も考慮して、フェリクスは大神殿内での魔法の使用を封じていたのだ。前世を映す鏡を使用する関係で、魔法具は使えるようにしていたのが仇となってしまった。

「クソッ!」

 一向に動く気配がない騎士達を見限ったフェリクスは、自らアレクシスの元へと駆け寄った。

 フェリクスの手が魔法具に届く寸前、それを遮ったのはバルリング兄弟だった。

「貴様ら! 属国の分際で、俺の邪魔をする気か! その意味を解っているのだろうな!」
「はい。存じております。しかしながら、こちらは我が国の公女殿下に関する重要な証拠でございますゆえ、近衛騎士団長としてお守りする義務がございます」

 カルステンはあっという間に、フェリクスを腕で拘束してしまった。魔法が使えないフェリクスは、意外とあっけない。とリズは驚く。
 それに加えて、拘束されたフェリクスを助けようとする者がいないことにも驚いた。皆それよりも、映像に夢中のようだ。

 そうこうしている間に映像では、紫のオーラがリズ達を水面まで浮き上がらせ、エディットを甲板へと救出するところまできた。

(この後、フェリクスは魔法を解除するんだよね……)

 リズはあの時のことを思い出す。
 けれどリズが感じていた感覚とは異なり、オーラが消えることは無かった。

 オーラは再びリズを、水中へと引きずり込んだのだ。

 アレクシスがリズを助けるために再び潜り、二人が水面に顔を出したところで映像は終了した。
 大神殿内は、婚約式とは思えないほど重苦しい雰囲気に包まれる。

「こちらは紛れもなく、殺人未遂です。王族の殺害は未遂であっても死罪。これはどの国でも同じはずです。法律を厳守なさる王太子殿下でしたら、ご理解いただけますよね?」

 アレクシスが淡々と述べると、後を追うように口を開いたのはエディットの隣にいたフラル国王だった。
 今日はこの後、エディットとの婚約式も行う予定だったので、フラル国王は招待されていたのだ。

 しかし今の映像を見たフラル国王は、娘を嫁がせようなどという気はとっくに消え去っていた。今のはリズに対する殺人未遂の証拠だけではなく、エディットにも危害が及んだ映像だったのだから。

「これは誠ですか! 側室でさえ受け入れがたい話でしたが、もう我慢の限界ですぞ!」
「黙れ、フラル国王! 今は側室の話などどうでもよい!」

 今のフェリクスにとってエディットとの結婚は、二の次、三の次、破棄されても良いくらいの気持ちだった。
 何よりも先に弁解しなければならないのはリズだ。彼女に嫉妬させるつもりが、心が完全に離れてしまうかもしれない事態に陥っている。

 何とかカルステンを突き飛ばしてリズへと視線を向けると、リズは悲しそうな表情でフェリクスを見つめていた。ヒロイン補正のおかげで誰もが同情してしまいそうなほど、儚げで可哀そうな雰囲気を醸し出している。

「……フェリクス。私を殺そうとしていたんですか?」
「違う! 断じてそなたを殺めるつもりではなかった!」
「私、あの時のフェリクスの表情は今でも覚えています。私を再び引きずり落とした時に、笑っていましたよね」

 リズはあの時、動けなくなるほど恐怖を感じていた。リズを見限って魔法を解除したと思っていただけでも怖かったのに、故意に引きずり込んでいたとなれば、恐怖を通り越して悲しくなってくる。なぜ彼は、大切なはずの聖女の魂にこのようなことができるのか。

「誤解だ! あの時は、そなたに嫉妬してほしくて……」

 彼の言葉は真実なのだろう。エディットを傍に置きながらも、彼は今でもリズに執着している。けれど、彼の気持ちを満足させるだけのために、何度も危険な目に遭うのはごめんだ。

「嫉妬させるために私の命を危険に晒すような人とは、結婚できません」

 フェリクスとは結婚したくない。

 ずっと言いたかった言葉を、リズはやっと本人に言えた。
 けれど、心に秘めてきた気持ちを伝えられても、嬉しいという気持ちは湧いてこない。リズはもうフェリクスにうんざりしており、さっさと終わらせたいという気持ちしかなかった。
 
 冷え切った視線をフェリクスに向けると、彼は絶望したように顔をこわばらせた。

「……すまない。罪は償う。死刑でもなんでも受け入れよう。――だが、死ぬ前に結婚だけはしてくれ。そして、人生を共にやり直そう」

(……やり直すって、どういう意味?)

 フェリクスにとって人生をやり直すとは、文字どおり転生してやり直すということだろう。それを共に・・ということは、リズも一緒に今の人生を終わらせなければならない。

 身の危険を感じたリズは、恐怖で身体が震えてきた。それを気遣うように、フェリクスは笑みを浮かべる。その笑みすら、リズの恐怖を増幅させた。

「怯えるなリゼット。俺に任せれば全て上手くいく。今までもそうしてきただろう?」
「そんなの覚えてません……」

 リズは怖くて一歩、後ずさった。
 すると、フェリクスの顔が急変する。神にでも必死に縋るような切迫した表情を浮かべると、リズの元へと走り出した。

「リゼット、逃げないでくれ!」
「やだ……アレクシス!」
「リズ!」

 リズがアレクシスに助けを求める声と、アレクシスがリズの元へ駆け出すのはほぼ同時だった。
 リズの元へとたどり着く寸前で、アレクシスはフェリクスを取り押さえた。
 後から駆け付けたバルリング兄弟によって、フェリクスはリズから遠ざけられる。

「リズ、大丈夫?」
「アレクシスぅ……」

 泣きそうになりながら、リズがアレクシスに抱きついた瞬間。
 なぜか、目の前にあった前世を映す鏡は、まばゆい光を放った。
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