111 / 116
26 鏡の中の聖女
2 やりすぎです王太子様
しおりを挟む「何をする気だ……」
「こちらは映像魔法具でして、好きな情景をこの中に留めていつでも見ることができるものです。この中には今、リゼットの侍女が撮影した情景が残っております」
その魔法具については、ここにいる誰よりもフェリクスが詳しかった。それは前世で魔術師だったアレクシスが、フェリクスの裏工作を暴くために作り出したもの。
彼から奪い取り宝物庫の奥底に保管していたはずが、何の因果か本人の元へと戻っていたようだ。
アレクシスが映像魔法具に魔力を込めると、空中に映像が映し出された。それは皆でピクニックへ行った日の映像で、船を陸から撮影しているものだった。
それを隣で見ていたローラントは、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「殿下がおっしゃっていた俺が懐かしく思うものって、これだったんですか?」
「そうだよ。アカデミーでは、よくこれのお世話になったよね」
この映像魔法具は、バルリング伯爵がどこかから調達してきたもので、アレクシスの護身用にと渡されたのだ。
アカデミーでこれを使用していたのは主にローラントで、他の学生から受けたアレクシスへの嫌がらせの動かぬ証拠として重宝されていた。
アカデミーを卒業してからはほとんど使う機会はなかったが、宮殿の放火を知ったアレクシスは、リズの護身用にと侍女へ渡していたのだ。
映像の初めは、リズとエディットが船の先端で話をしている場面だった。この時リズは船の縁に腰かけていたので、船からリズが落ちないか心配で侍女はこれを撮影していたのだという。
すると突然、船の中央にいたフェリクスの周りに、紫のオーラが出現する。そのオーラは糸状にフェリクスからリズ達のほうへと伸びて行き、エディットのボンネットを絡め取ると空中へと飛ばしてしまった。
「今の紫のオーラは、魔力を使った証拠です」
アレクシスがそう説明すると、「おい! その映像を止めさせろ!」とフェリクスが叫んだ。しかし、騎士達が判断しかねている間にも映像はどんどん進んでいく。
エディットが身を乗り出してボンネットを拾おうとし、リズが彼女を押さえている。そこへ再び紫のオーラが忍び寄り、二人を絡め取ると湖の中へと引きずり落とした。
「うそっ!」
リズが驚いて叫ぶと、フェリクスは舌打ちしながらアレクシスに向けて片手を突き出した。フェリクスは魔法を使って映像魔法具を止めようとしたが、しかし彼の魔法は発動しなかった。
今日はリズが本当に魔法を使う可能性も考慮して、フェリクスは大神殿内での魔法の使用を封じていたのだ。前世を映す鏡を使用する関係で、魔法具は使えるようにしていたのが仇となってしまった。
「クソッ!」
一向に動く気配がない騎士達を見限ったフェリクスは、自らアレクシスの元へと駆け寄った。
フェリクスの手が魔法具に届く寸前、それを遮ったのはバルリング兄弟だった。
「貴様ら! 属国の分際で、俺の邪魔をする気か! その意味を解っているのだろうな!」
「はい。存じております。しかしながら、こちらは我が国の公女殿下に関する重要な証拠でございますゆえ、近衛騎士団長としてお守りする義務がございます」
カルステンはあっという間に、フェリクスを腕で拘束してしまった。魔法が使えないフェリクスは、意外とあっけない。とリズは驚く。
それに加えて、拘束されたフェリクスを助けようとする者がいないことにも驚いた。皆それよりも、映像に夢中のようだ。
そうこうしている間に映像では、紫のオーラがリズ達を水面まで浮き上がらせ、エディットを甲板へと救出するところまできた。
(この後、フェリクスは魔法を解除するんだよね……)
リズはあの時のことを思い出す。
けれどリズが感じていた感覚とは異なり、オーラが消えることは無かった。
オーラは再びリズを、水中へと引きずり込んだのだ。
アレクシスがリズを助けるために再び潜り、二人が水面に顔を出したところで映像は終了した。
大神殿内は、婚約式とは思えないほど重苦しい雰囲気に包まれる。
「こちらは紛れもなく、殺人未遂です。王族の殺害は未遂であっても死罪。これはどの国でも同じはずです。法律を厳守なさる王太子殿下でしたら、ご理解いただけますよね?」
アレクシスが淡々と述べると、後を追うように口を開いたのはエディットの隣にいたフラル国王だった。
今日はこの後、エディットとの婚約式も行う予定だったので、フラル国王は招待されていたのだ。
しかし今の映像を見たフラル国王は、娘を嫁がせようなどという気はとっくに消え去っていた。今のはリズに対する殺人未遂の証拠だけではなく、エディットにも危害が及んだ映像だったのだから。
「これは誠ですか! 側室でさえ受け入れがたい話でしたが、もう我慢の限界ですぞ!」
「黙れ、フラル国王! 今は側室の話などどうでもよい!」
今のフェリクスにとってエディットとの結婚は、二の次、三の次、破棄されても良いくらいの気持ちだった。
何よりも先に弁解しなければならないのはリズだ。彼女に嫉妬させるつもりが、心が完全に離れてしまうかもしれない事態に陥っている。
何とかカルステンを突き飛ばしてリズへと視線を向けると、リズは悲しそうな表情でフェリクスを見つめていた。ヒロイン補正のおかげで誰もが同情してしまいそうなほど、儚げで可哀そうな雰囲気を醸し出している。
「……フェリクス。私を殺そうとしていたんですか?」
「違う! 断じてそなたを殺めるつもりではなかった!」
「私、あの時のフェリクスの表情は今でも覚えています。私を再び引きずり落とした時に、笑っていましたよね」
リズはあの時、動けなくなるほど恐怖を感じていた。リズを見限って魔法を解除したと思っていただけでも怖かったのに、故意に引きずり込んでいたとなれば、恐怖を通り越して悲しくなってくる。なぜ彼は、大切なはずの聖女の魂にこのようなことができるのか。
「誤解だ! あの時は、そなたに嫉妬してほしくて……」
彼の言葉は真実なのだろう。エディットを傍に置きながらも、彼は今でもリズに執着している。けれど、彼の気持ちを満足させるだけのために、何度も危険な目に遭うのはごめんだ。
「嫉妬させるために私の命を危険に晒すような人とは、結婚できません」
フェリクスとは結婚したくない。
ずっと言いたかった言葉を、リズはやっと本人に言えた。
けれど、心に秘めてきた気持ちを伝えられても、嬉しいという気持ちは湧いてこない。リズはもうフェリクスにうんざりしており、さっさと終わらせたいという気持ちしかなかった。
冷え切った視線をフェリクスに向けると、彼は絶望したように顔をこわばらせた。
「……すまない。罪は償う。死刑でもなんでも受け入れよう。――だが、死ぬ前に結婚だけはしてくれ。そして、人生を共にやり直そう」
(……やり直すって、どういう意味?)
フェリクスにとって人生をやり直すとは、文字どおり転生してやり直すということだろう。それを共にということは、リズも一緒に今の人生を終わらせなければならない。
身の危険を感じたリズは、恐怖で身体が震えてきた。それを気遣うように、フェリクスは笑みを浮かべる。その笑みすら、リズの恐怖を増幅させた。
「怯えるなリゼット。俺に任せれば全て上手くいく。今までもそうしてきただろう?」
「そんなの覚えてません……」
リズは怖くて一歩、後ずさった。
すると、フェリクスの顔が急変する。神にでも必死に縋るような切迫した表情を浮かべると、リズの元へと走り出した。
「リゼット、逃げないでくれ!」
「やだ……アレクシス!」
「リズ!」
リズがアレクシスに助けを求める声と、アレクシスがリズの元へ駆け出すのはほぼ同時だった。
リズの元へとたどり着く寸前で、アレクシスはフェリクスを取り押さえた。
後から駆け付けたバルリング兄弟によって、フェリクスはリズから遠ざけられる。
「リズ、大丈夫?」
「アレクシスぅ……」
泣きそうになりながら、リズがアレクシスに抱きついた瞬間。
なぜか、目の前にあった前世を映す鏡は、まばゆい光を放った。
10
お気に入りに追加
486
あなたにおすすめの小説
愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~
miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。
※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m

モブはモブらしく生きたいのですっ!
このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す
そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る!
「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」
死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう!
そんなモブライフをするはずが…?
「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」
ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします!
感想めっちゃ募集中です!
他の作品も是非見てね!
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~
浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。
「これってゲームの強制力?!」
周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。
※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない
櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。
手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。
大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。
成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで?
歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった!
出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。
騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる?
5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。
ハッピーエンドです。
完結しています。
小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜
アルト
恋愛
たった一つのトゥルーエンドを除き、どの攻略ルートであってもBADエンドが確定している乙女ゲーム「クラヴィスの華」。
そのゲームの本編にて、攻略対象である王子殿下の婚約者であった公爵令嬢に主人公は転生をしてしまう。
とは言っても、王子殿下の婚約者とはいえ、「クラヴィスの華」では冒頭付近に婚約を破棄され、グラフィックは勿論、声すら割り当てられておらず、名前だけ登場するというモブの中のモブとも言えるご令嬢。
主人公は、己の不幸フラグを叩き折りつつ、BADエンドしかない未来を変えるべく頑張っていたのだが、何故か次第に雲行きが怪しくなって行き────?
「────婚約破棄? 何故俺がお前との婚約を破棄しなきゃいけないんだ? ああ、そうだ。この肩書きも煩わしいな。いっそもう式をあげてしまおうか。ああ、心配はいらない。必要な事は俺が全て────」
「…………(わ、私はどこで間違っちゃったんだろうか)」
これは、どうにかして己の悲惨な末路を変えたい主人公による生存戦略転生記である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる