104 / 116
24 ドルレーツ王国へ
1 皆が優しすぎます
しおりを挟む翌日。国境を超えるとすぐに、フェリクスが寄こした使者だという者達と出会った。
使者は荷馬車を伴っており、こんもりと膨らんでいるシートが取り払われると、リズは歓声を上げた。
「わぁ。魔花がこんなにいっぱい!」
「緊急にご必要とのことでしたので、国境までお持ちいたしました」
「ありがとうございます。すごく助かります!」
リズはうきうきしながら、魔花の状態を確認した。魔花は乾燥させて使うこともできるが、生花の状態のほうが魔力をより多く含んでいる。荷馬車に積まれている魔花はどれも、摘みたてのように生き生きとしていた。
(もしかして、フェリクスが自ら採取してきてくれたのかな)
それでなければこの量を新鮮な状態で、しかもこの短期間で採取するのは難しい。
強引な招待を受けた気分ではあったが、彼も彼なりに公国を助けようとしてくれているようだ。
これだけあれば当分の間は、公国中に薬を行き渡らせることができる。例え魔力の減少期が長引いたとしても、その間に公国内でも採取をがんばれば持ちこたえられそうだ。
「それから、王太子殿下からの手紙をお預かりしております」
使者に手渡された手紙を、なんだろう? と思いながらリズは開けてみた。
そこには短く『誠意は見せた。早く来い』との文字が。
「ハハ……。待ちきれない子供みたい……」
リズの横から手紙を覗いたアレクシスは、面倒そうにため息をつく。
「馬鹿馬鹿しい。密偵をここで返して、公国へ戻っても良いんじゃない?」
「そうですね。書類の取り交わしが必要でしたら俺が済ませてきますので、お二人は先にお戻りください」
「ローラント頼む。俺はお二人を公国まで護衛しよう」
アレクシスの言葉に続いて、ローラントとカルステンもさっさと役割分担を決めてしまう。リズは慌ててアレクシスに囁いた。
「待ってよアレクシス! 私はお鍋の対価を払ってしまいたいんだけど」
「公式の書簡には、リズが魔花を受け取るようにと指示されていただけだろう。ここで受け取ったんだから、義理は果たしはずだけれど?」
アレクシスの言い分は正しい。リズへの非公式な手紙にも、リズが直接受け取ることと、密偵を返してほしいとしか書かれていなかった。
しかし今受け取った手紙には、リズがフェリクスの元を訪れることを望んでいる。リズが対価を清算したいと思っていることを察して、フェリクスも強制はしていないのだろう。
「お鍋の対価ってなんですか?」
ローラントは、リズとアレクシスのやり取りが聞こえていたようだ。
アレクシスから説明を受けると、ローラントは疲れたようにがくりと肩を落とした。
「アレクシス殿下……、俺は悟りました。リゼット殿下と兄上を、二人だけで行動させてはいけません」
(うっ。トラブルメーカーだと思われてる……)
しかし思い出してみると、リズのトラブルはカルステンと一緒の時が多い気が。
リズは、まさかと思いながら彼に視線を向けて見る。カルステンもまた同じことを思っていたのか、バツの悪そうな顔でリズを見つめた。
結局、今回で対価を清算したほうが得策だというリズの案が採用され。荷馬車だけを公国へと向かわせたリズ達は、三日ほどかけてドルレーツ王国の王都までやってきた。
「すごい……。めちゃくちゃ大きい……!」
馬車の中から王都の姿を目にしたリズは、感嘆の声を上げた。
王都の建物大きさやその数に圧倒されたリズだが、それらの建物を飛び越えて遠くからでもはっきりと見える王宮の巨大さにも驚いた。
小説の挿絵でも、ヒロインが驚く表情とともに王宮の絵が掲載されていたが、迫力は実物のほうが何倍も上だ。
「リズは、王都は初めて?」
隣から声を掛けるアレクシスに、リズは振り向いてうなずいた。
「うん。ここまでほうきに乗って来るのは大変だし。アレクシスは何度も来たことがあるんだよね?」
「アカデミーが王都だったからね。せっかくだから王宮へ入る前に、見学がてら食事でもしようか」
「わぁ! あっ……でも、フェリクスが待ちくたびれていないかな?」
王都を見学したいという気持ちはあるが、ここまで来るだけでも三日かかっている。
「僕達のデートをぶち壊したやつの心配なんか、する必要ないだろう?」
アレクシスの意見に、リズは少し驚いた。
デートが中止になったことはリズだけが残念に思っていたのかと思えば、彼も根に持つほどに同じ気持ちだったようだ。
「ふふ。それもそうだね」
今は、少しでも早くデート気分を味わいたい。これが、二人の共通の願いだ。
馬車を降りたリズは、その通りの雰囲気に圧倒されていた。
公国では、貴族向けの店も庶民向けの店もごちゃまぜに点在しているが、ここは完全に貴族専用通りと言っても過言ではないほど、格式が高そうな店ばかりが立ち並んでいる。
(なんか、田舎から出てきた気分……)
通りを歩いている人々も身なりが良く、しかもオシャレな服装の人ばかり。公宮の暮らしになれたリズではあるが、少し緊張する。
リズが一歩後ろへ下がると、メルヒオールの柄がリズの背中にあたった。彼はリズの後ろに隠れていたようだ。
普段のメルヒオールなら物珍しいものには興味を示すが、リズと同じで緊張しているのだろうか。
そう思いながら振り返ると、相棒が震えているのに気がつく。メルヒオールが何に対して震えているのか、リズは瞬時に察した。
ここは、魔女も市民権を得つつある公国ではない。久しく忘れていた魔女を蔑む視線が、そこかしこから向けられている。
未だに魔女を忌み嫌っている者しかいない場所であることを、リズは改めて思い知らされた。
そして今は、魔女の恰好をしていないリズではなく、魔女の象徴であるほうきのメルヒオールが標的となっているのだ。
「……アレクシス。やっぱり真っ直ぐに王宮へ行こう」
相棒に向けられている突き刺さる視線から隠すように、リズはメルヒオールを抱きしめながらそう提案した。
アレクシスも表情が硬くなる。この状況を即座に理解したようだ。
しかし彼はすぐに表情を緩めて、リズとメルヒオールへと笑みを浮かべた。
「僕はベルーリルム公国の第二公子アレクシスで、リゼットは第一公女であり聖女の魂を持つ者だ。この通りを利用して、問題などないだろう?」
突然、自己紹介みたいな発言をするので、リズは首をかしげた。
けれどアレクシスが大きな声でそう言うものだから、辺りにいた者達は気まずそうにこの場を去って行くではないか。
一瞬、何が起こっているのかわからなかったリズは、それをぽかんと見つめた。
(あ……。けん制してくれたんだ……)
そして状況を理解してからこみ上げてくる、なんとも言えない爽快感。メルヒオールも同じ気持ちなのか、穂先を激しくフリフリさせている。
「ふふふ。ありがとうアレクシス。嫌な視線が消えてすっきりした」
「どういたしまして。リズとメルヒオールのためなら、いくらでも声を上げ続けていられるよ」
この兄ならば、本当にやってくれそうだ。もしかしてレストランへ到着するまで、ずっと同じことを繰り返すつもりなのだろうか。
リズがそう思っていると、「その必要はございませんよ」とローラントが声をかけてきた。
彼に視線を向けてみると、ローラントはすっぽりと身を包んでいたマントを背中へと追いやった。すると、公国近衛騎士団の制服が姿を現す。
「なるほど」と、感心した様子のカルステンやアレクシスの護衛達も、同じように制服が見える状態に変える。
「これでお二人が、公家の者だと示すことができます」
「わぁ……。みんなありがとう。でも、お忍びじゃなくなっちゃうけど大丈夫なの?」
アレクシスが声を上げれば、どちらにせよ身分を明かすことにはなるが、遠くからでも見える状況は警護に問題が生じないか心配だ。
「大丈夫だよ。僕達の護衛は優秀だから」
そう微笑んだアレクシスは、「皆に負けていられないな」と懐から何かを取り出した。
しゃらりと音を立てながら取り出したのは、彼が公の場で身に着けている公子の証であるペンダントだ。
「えっ……。それまで着けちゃうの?」
公子だとアピールしすぎでは? とリズは思ったが、彼は「こうするんだよ」と言いながらメルヒオールを手に取ると、柄の先にペンダントを括りつけてしまった。
10
お気に入りに追加
486
あなたにおすすめの小説
愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~
miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。
※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜
アルト
恋愛
たった一つのトゥルーエンドを除き、どの攻略ルートであってもBADエンドが確定している乙女ゲーム「クラヴィスの華」。
そのゲームの本編にて、攻略対象である王子殿下の婚約者であった公爵令嬢に主人公は転生をしてしまう。
とは言っても、王子殿下の婚約者とはいえ、「クラヴィスの華」では冒頭付近に婚約を破棄され、グラフィックは勿論、声すら割り当てられておらず、名前だけ登場するというモブの中のモブとも言えるご令嬢。
主人公は、己の不幸フラグを叩き折りつつ、BADエンドしかない未来を変えるべく頑張っていたのだが、何故か次第に雲行きが怪しくなって行き────?
「────婚約破棄? 何故俺がお前との婚約を破棄しなきゃいけないんだ? ああ、そうだ。この肩書きも煩わしいな。いっそもう式をあげてしまおうか。ああ、心配はいらない。必要な事は俺が全て────」
「…………(わ、私はどこで間違っちゃったんだろうか)」
これは、どうにかして己の悲惨な末路を変えたい主人公による生存戦略転生記である。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~
浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。
「これってゲームの強制力?!」
周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。
※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる