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18 打ち明け大会
2 手がかり
しおりを挟むリズはローラントを追いかけてすぐに部屋を出たはずなのに、彼の姿はどこにも見当たらず。廊下をウロウロしていると、アレクシスとカルステンがやってきた。
「アレクシスどうしよう! ローラントを見失っちゃったよ! ワインって、どこにあるんだろう!」
ローラントは落ち込みがちな性格なので、早く話し合わなければ心配だ。リズがオロオロしながら訴えると、アレクシスはため息をつきながら、リズの手を繋いだ。
「連れて行ってあげるから、落ち着いて」
「ありがとう。アレクシス……」
面倒くさそうではあるが、リズの世話は怠らないのがアレクシスだ。
アレクシスに連れられて着いた先は、厨房の奥にある食料庫。その扉は半開きになっており、灯りが漏れている。
そこにローラントはいると確信したリズは「ローラント?」と声をかけながら、食料庫へ足を踏み入れた。
「あー……。手遅れでしたね」
リズの後ろから聞こえた、カルステンの呆れ声。その言葉どおり、食料庫の床にはワインの空き瓶が二本転がっており、それを空にしたであろう張本人は、三本目のワイン瓶を胸に抱きながら床に座り込んでいる。そしてトロンとした顔を上げて、リズに微笑んだ。
「リゼット殿下、俺を迎えにしてくださったんですね~」
「うん。急に出て行っちゃったから、心配したよ。大丈夫?」
腰をかがめてリズが尋ねると、ローラントは「大丈夫じゃないです」と、頬をぷっくりと膨らませてリズを睨んだ。
(ローラントが子供みたい……)
普段の、絵に描いたような好青年はどこへやら。ローラントは知れば知るほど、意外な面が多い人だ。
気苦労が多いゆえの反動なのだろうかと思いながら、リズは彼の隣に腰を下ろした。
「リズ。床に座らないで。汚れるだろう」
すかさず苦情の声を上げたのは、アレクシスだ。
「別にいいじゃない。アレクシスはこのドレスが、気に入らないんでしょう?」
「そのドレスはいくら汚れても良いけれど、汚れたドレスを着ているリズが許せない」
ちぐはぐな理論を述べたアレクシスは、リズの横へどさりと座り込むと、リズをひょいっと持ち上げて自身の膝の上へと乗せてしまう。
「これで、汚れなくて済むね」
「……そうだね」
他にも方法はあったであろうに、この方法を真っ先に採用するのがアレクシスらしい。
ふと、リズの視界の端にマントが揺れているのが見えて、そちらに目を向けてみると、マントをこちらへ差し出しかけていたカルステンと目が合う。彼はバツが悪そうにしながら、マントを自身の肩に装着し直した。
(もしかして床に敷くために、貸してくれようとしていた……?)
それぞれにリズを気を遣ってくれたのだと気がつき、リズはクスクスと笑い出した。
「……公女殿下。笑わないでくださいよ」
「ごめんっ、カルステン。魔女の森にいた頃は、私が床に座ったからって気にする人なんていなかったから。二人とも過保護すぎると思って」
「僕は、リズがどのような立場であろうと、大切にしたいと思っているよ」
アレクシスはそう言いながら、リズの頭をなでる。確かにこの兄は、出会った瞬間からリズを大切に扱ってくれた。
「うん……。いつもありがとう、アレクシス」
けれど、あの頃に感謝していた気持ちと、今のリズの気持ちは少し異なる。『大切に』と言われただけで、必要以上に期待をして、ドキドキしてしまうのだ。
この気持ちを少しでも表現したいが、アレクシスに気持ちを知られるのも怖い。彼にとってリズは、目に入れても痛くないほど可愛がっている妹なのだから。
「俺も、リゼット殿下を大切にしていますよぉ~。一生、お慕いし続けると言ったのに……、なぜ俺の気持ちに気がついてくれないんですかぁ……」
ローラントはリズにそう訴えると、抱えていたワインを一気に飲み干す。そして力尽きたのか、アレクシスの肩を枕代わりにして寝てしまった。
「えっと……。一生、忠誠を誓ってくれるって意味じゃなかったの?」
確認を取るようにリズは、アレクシスへと首を傾げる。
「さぁ……。こればかりは、本人に聞いてみなければね」
アレクシスは、引きつった笑みで返した。どうやらローラントの枕にされてしまったので、怒っているらしい。とリズは思った。
ローラントを部屋まで運ぶのが面倒だとアレクシスが言い出したので、話の続きはこの食料庫ですることになった。カルステンはこういったことに慣れているのか、手早く木箱で椅子とテーブルを用意してくれる。
そしてアレクシスが「異世界っぽいものが食べたい」と言い出したので、リズはずっと食べたいと思っていたポテトチップスを作った。この世界にフライドポテトはあるが、ポテトチップスはないのだ。
幸い二人にも、とても喜んでもらえた。
「リズ。もう一枚食べたい」
「もー。アレクシスの手は、どこにいっちゃったの?」
リズが大量のポテトチップスを揚げている間に、アレクシスとカルステンもお酒が進んでしまったらしい。いつもより甘え気味になったアレクシスは、リズに食べさせてもらわなければ気が済まないようだ。
「僕の手は、リズに食べさせるためのだから」
アレクシスはポテトチップスを一枚取ると、リズの口へと運んだ。
パリっとした食感と、ポテトと油の甘味、そして程よい塩加減。この時間に食べるには罪深いお菓子ではあるが、久しぶりの味にリズも頬が緩む。加えてアレクシスに食べさせてもらったので、嬉しさも倍増だ。
そんなリズとアレクシスの様子を、向かい側に座っているカルステンは楽しそうに眺めながら、ワインをたしなんでいる。彼は酔っても、いつもとさほど変わらないようだ。
そのような雰囲気の中でリズがこれまでの経緯を話すと、アレクシスは納得したような表情でワイングラスを空けた。
「つまり、僕が国を出た途端に、ストーリーが元に戻り始めて、それを操作したのがあいつだってことか」
「フェリクスが操作しているっていうのは、私の単なる予想なんだけど……」
「いや、リズの考えどおりかもしれない。少なくとも、僕を隣国に縛り付けようとしたのはあいつだからね」
「えっ。そうなの!?」
アレクシスの意外な告白に、リズは驚いて目を丸くした。
「あいつがエディットを使って、リズから僕を引き離そうとしたんだ。この報復は、きっちりとさせてもらうつもりだよ」
アレクシスはそのために、エディットを連れてきたのだと言う。本当に二人は恋人同士ではないと知り、リズは心の底から安心した。
夜も遅いので、そろそろお開きになった頃。後片付けをしていたリズは、ある物が目に止まった。
「この箱、なんだろう?」
食料庫に不釣り合いな、豪華な箱。リズは気になって、その箱を開けてみた。
「わぁ……。トリュフがいっぱい……。もしかして、これって!」
リズが声を上げると、アレクシスとカルステンも箱の中を覗き込んだ。
「これは、最高級品の白トリュフですね。ヘルマン伯爵夫人が用意したものでしょうか」
「納品日が昨日だから、その可能性は高いね」
「夫人は公女殿下に媚びるのに、必死だったようですね」
「僕の妹を可愛がってくれたようだから、僕からもお礼をしなければ」
「ハハ……」
ヘルマン伯爵夫人は例え無実が証明されたとしても、その後でアレクシスからのお仕置きが待っているようだ。
箱の中にはトリュフと一緒に納品書と、それから産地やハンターの名が記載された証明書も入っていた。二人がその紙を読んでいる間に、リズはトリュフを確認する。
「この箱に入っているトリュフは、全て本物だよ。証明書のほうはどう?」
「こちらも、書き換えたような跡はないよ。ハンターを調べれば詳細がわかりそうだ。カルステン、調べておいて」
「かしこまりました殿下。すぐに調べさせます」
トリュフが入った箱をリズから受け取ったカルステンは、それを小脇に抱え、さらに弟も背負って食料庫から出て行く。明日はまた、ローラントに二日酔い用のスープを作らなきゃと思いながら、リズは二人を見送った。
「これで、ヘルマン伯爵夫人の無実を証明できるかな?」
リズは期待を込めてアレクシスに尋ねるが、彼は難しい顔を向ける。
「あの箱を放置していたってことは、あれがなくとも夫人を死罪にする自信があるんじゃないかな」
「そっかぁ……」
(やっぱり明日のお茶会で、もう一度お願いしたほうが良いかな……)
リズが明日の作戦を考え込んでいると、アレクシスはリズの手を取って食料庫から廊下へと出た。もう遅い時間なので、廊下はシンっと静まりかえっている。
「僕達も、部屋へ戻ろうか」
「うん……。ん? 部屋に送るじゃなくて?」
「この程度の交流で、僕がリズに満足すると思う?」
(うっ……。今日も一緒に寝るつもりだ……)
この兄は、どこまで妹にべったりすれば気が済むのだろう。若干呆れつつも、嫌ではないと思っているリズがいる。今夜はアレクシスが帰ってきたという安心感を全身で浴びながら、ぐっすりと眠りにつきたい。
寝る準備を整えたリズは、アレクシスから隣国の話をあれこれ聞きながら、兄の心地よい香りに包まれて眠りについた。
リズにとっては、二人きりの至福の時間。
そんな姿を観察している者がいるなど、夢にも思っていなかった。
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