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17 公子様の帰国
1 おかえり公子様
しおりを挟むザワザワと会場が騒がしくなる中。気になって開けたリズの瞳に映ったのは、ずっと会いたくて、けれど連絡が取れずに心配をしていた人の姿が。
(アレクシス……。帰ってきたんだ!)
無事に帰ってきてくれたことへの安堵と、追い詰められたこの状況での登場による、救われた気持ち。リズは今すぐ兄のもとへと駆け出したい気持ちをぐっとこらえながら、一心にアレクシスを見つめた。
しかし彼は、一瞬だけリズ達がいるほうへと視線を向けただけで、すぐに後ろへと首を振る。どうしたのだろう? とリズが疑問に感じていると、アレクシスの陰からもう一人の人物が姿を現した。
金色に美しく輝く長い髪と、青い瞳を持つ女性。この大陸では一般的である王族の色を持ち合わせた彼女は、高貴な身分の者のようだ。
入場の案内をしていた者は慌てたように、声を上げる。
「だっ……第二公子アレクシス殿下と、フラル王国第三王女エディット殿下のご入場です!」
突然の隣国王女の訪問に貴族達は大いに動揺しているが、公王やアレクシスの母親は、安堵にも似たような笑みを称えていた。
「どうやら観念して、求婚を受け入れたようだな」
リズの隣でそう呟いたのは、フェリクスだ。彼の活躍の場を邪魔されたにも関わらず、フェリクスはこの状況を歓迎しているようだ。
「アレクシスが……結婚、するんですか……?」
リズはそう聞き返したと同時に、心臓が嫌な感じで動くのを感じた。
「リゼットは、知らなかったのか? フラルの第三王女は第二公子に何度も求婚を申し込んでいる。これまでは断っていたようだが、わざわざ公国へ連れてきたということは、決心を固めたのだろう」
「そう……なんですか……」
今までは、アレクシスにも良い人が見つかり、幸せになってほしいとリズは願っていた。けれど、実際にその相手が目の前に現れた途端、どうしようもなく悲しい気持ちになる。
(私、なんでがっかりしてるんだろ……)
兄の幸せを願いながらも、リズはずっと兄の愛情が永遠に自分へと向けられると、無意識のうちに思い込んでいた。けれど、アレクシスに想い人ができればリズのことなど二の次で、今のように彼の視線は想い人へと向けられる。
いくらアレクシスが妹愛に溢れていたとしても、結婚相手と妹ではそもそも勝負にならないのだ。
エディットをエスコートしながら公王の前へとやってきたアレクシスは、やはりリズには目を向けることなく、公王へと挨拶をおこなった。
「連絡もなく突然、帰国したことをお詫び申し上げます。フラル王国にて友人となりましたエディット殿下にぜひとも公国をご覧いただきく、ご招待いたしました」
「構わん。どうやら、良い知らせがありそうだな。フラル王国第三王女、よく来てくれた。正式に、公国訪問を歓迎する」
公王もアレクシスの結婚については、承知しているようだ。嬉しそうにエディットを歓迎すると、貴族からも拍手が湧き起った。
すでに第二公子と第三王女は、名前で呼び合っている。誰の目から見ても、二人がただの友人ではないことは一目瞭然だった。
「お久しぶりでございます、公王陛下。突然の訪問にも関わらず、温かくお迎えくださり感謝申し上げますわ」
エディットは王女らしく優雅に微笑みながら、挨拶をおこなった。それから彼女は、フェリクスへと身体を向けると再び挨拶の姿勢を取る。
「王太子殿下、お久しぶりでございます。今は、王太子殿下を歓迎する宴の最中だとか。お邪魔をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「気にするな。記念すべき日にそなたが参席することは、むしろ望ましい」
「寛大なお心に、感謝申し上げます」
まるでリズとの婚約が決定したかのようにフェリクスは、未来の親戚となるであろうエディットを歓迎した。
そしてエディットがリズに視線を向けると、フェリクスはリズの肩を抱き寄せる。
「彼女のことは俺から紹介させてくれ。聖女の魂である俺の永遠の伴侶、リゼットだ。――第二公子、第三王女を妹に紹介したらどうだ」
お互いの結婚相手を紹介し合おうということらしい。フェリクスの提案を受けたアレクシスは、素直にうなずく。あれほど嫌っていた王太子との再会なのにと、リズはここでも悲しくなる。結婚相手を見つけたアレクシスにとってはもう、王太子と張り合う理由がないのだ。
「リズ。彼女は僕の大切な友人、フラル王国第三王女エディット殿下だよ。彼女と意気投合したせいで、帰国が遅れてしまったんだ。今まで連絡できなくて、ごめんね」
「……ううん。アレクシスが無事に帰ってきてくれて良かった」
リズを忘れるほどアレクシスは、エディットに夢中になっていたようだ。アレクシスはもう、リズに対する妹愛すら消えたのかもしれない。
不安になりつつもリズは、妹としての役目を果たすためにエディットに微笑みかけた。
「初めまして、フラル王国第三王女殿下。リゼット・リズ・ベルーリルムと申します。王女殿下にお会いできて、光栄です」
「初めまして、エディット・フラルです。アレクシス殿下から、可愛い妹さんがいらっしゃると伺っておりましたが、本当に可愛らしいですわ。良ければ、私とも仲良くしてくださいませ」
「はい。光栄です王女殿下」
守ってあげたくなるような、気弱そうで儚げな印象の容姿。ヒロインであるリズよりも、よほど彼女のほうが『鏡の中の聖女』のヒロインみたいだとリズは思った。
(やっぱりアレクシスが選んだ人だから、ヒロインっぽい感じなんだ……)
もし自分が、小説どおりにヒロインらしい性格を維持していたなら、アレクシスとの関係に変化はあっただろうか。
リズはそんな考えが頭に浮かんだが、慌ててその考えを打ち消す。
(何考えてるのよ、私。これじゃアレクシスのこと好きみたいじゃない……)
思わずリズの頬は熱を帯びてしまうが、ありがたいことに周りの者たちの目には、王女に会って照れているように映った。
「二人が仲良くしてくれると、僕も嬉しいな」
アレクシスはそう言いながら、リズの手を握り、指を絡ませてくる。
結婚相手が目の前にいるのに、兄は何をしているのだ。リズが心臓の動きを気にしていると、彼は愛おしいものでも見るかのように目を細める。
それから、フェリクスへと視線を移動させたアレクシスは、視線が冷たく変化し、ぎこちない笑みを浮かべ出した。
「ところで僕がいない間に、リズの婚約について話が進んでいるようですね」
(わぁ……。アレクシス怒ってる……)
とりあえず、彼の妹愛は未だ健在だったようだ。
「公子がリゼットの面倒を見てくれていたようだが、公子が王女との交友を深めている間、リゼットは危険に晒されていた。これから公子も忙しくなりそうだから、リゼットとこの地で婚約し、王国へ連れ帰ろうと思っている」
アレクシスなら、この状況をどうにかしてくれるだろうか。リズは祈るような気持ちで、アレクシスを見つめる。
アレクシスはそんなリズの祈りに気がついたかのように、にこりと微笑んでくれた。それから、再びフェリクスへと視線を戻した彼は、やはり凍り付きそうなほど冷たい視線だ。
「リゼットを危険に晒してしまったことについては、心よりお詫び申し上げます。ですが、妹はとても繊細なんです。人見知りが激しく、僕無しでは他者とうまく接することもできませんし、僕の傍をひと時も離れたがらないのです。それに養女になって日が浅いので、様々な不安を抱えていることでしょう。そんな状況で、生活環境をまた変えてしまうのは、妹への負担が大きすぎます。そうだろう? リズ」
(一体、どこの深窓の令嬢の話をしているの……?)
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