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15 小説のヒーロー
3 やっぱりデートでした2
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ゆっくりと歩いて古城までたどり着くと、フェリクスは倒れた石柱の上にリズを座らせ、自らも隣へと腰を下ろした。
リズはちらりと、彼の足へと視線を向ける。やはりバラの棘で、ズボンやマントが所々裂けてしまっている。その中でも一番大きく避けている部分から肌が露出し、血が滲んでいるのが見えた。
リズはゴソゴソと、ポケットから万能薬の小瓶を取り出した。これは非常用にと、いつも持たされているものだ。それを、フェリクスへと差し出す。
「棘で、血が出ていますよ。良ければ、こちらをお飲みください」
「これくらい、大したことではないが……。そなたの作った薬は飲んでみたいから、いただこう」
薬瓶を受け取ったフェリクスは、愛おしそうにそれを眺めてから、瓶の蓋を開けて一気に飲み干した。
足の傷がすぅっと消える様子を確認したリズは、ほっと安心する。
本来なら擦り傷程度で使うべきではないが、ここには塗り薬もないし、なにより他国の王太子に傷がつくなど一大事だ。公宮の人達も、万能薬を使ったことに怒りはしないだろう。
「リゼットの薬は、本当に素晴らしいな。聖女だった頃のそなたを思い出す」
この世界では、治癒効果のある魔法を使えるのは聖女だけだ。そして聖女はたった一人。リズの魂だけ。
転生するたびに聖女の力が発現するわけではないので、リズも聖女の力は使えない。だからこそ建国の聖女は伝説のように伝えられ、今でも国民に慕われているのだ。
そのうような貴重な力と万能薬を重ね合わせて、フェリクスは懐かしんでいるようだ。
それからフェリクスは、「リゼットからの初めての贈り物だ」と言って、薬瓶をハンカチで丁寧に包んでから、上着のポケットへと大切そうにしまい込んだ。
使用済みの物を持ち帰るなど、非常に王太子らしくない。リズは不思議な気分でその様子を見つめていると、フェリクスは照れたように微笑んだ。
「このような、くだらないことまでしてしまうほど、俺はそなたの魂を好いているのだ」
フェリクスはリズの肩を抱き寄せながら、眼下に広がるバラを見つめる。
「昔の話をすると、これまでのそなたには嫉妬されたが、今のそなたは、これまでのそなたとは、違うように思える。だから、ここへ連れてきても大丈夫だと思ったんだ」
なかなか鋭い指摘をするフェリクスに対して、リズはドキリとした。確かに、これから伴侶になる相手が昔の女性のことばかり考えていたら、気分が悪いはずだ。それが例え自分の魂だとしても、その頃の記憶はないのだから。
けれどリズは、前々世のリズと混同しているフェリクスに対して、不満に思うことはなかった。リズ自身、彼には隠し事があるのでそれどころではなかったのもあるが。
フェリクスはそのようなリズの態度を見て、今までのヒロインとは違うと感じ取ったようだ。
「そっ……そうなんですね。私も『鏡の中の聖女』の小説は好きなので、ファンとして昔話は聞きたいです」
「そうか。俺とこれまでのエリザベートを知った上で愛し合えるなら、これ以上ない幸せだな」
フェリクスに頬を触れられ、リズは再びドキリとする。
優しく触れられているのに、捕らえられたような気持ちになるのはなぜだろう。
「これからは、『フェリクス』と呼んでくれないか。そなたの口からも、名前で呼ばれたい」
「ですが……。まだ、婚約前ですし……」
言いようもない不安に駆られたリズは、伏目がちにそう述べる。しかしフェリクスは、リズの顎をクイっと上げて、視線を無理やり合わせた。
「俺はリゼットのために、貴重な魔法陣を大量に付与したんだ。少しは報いてくれても良いではないか」
フェリクスは、ニヤリと意地悪く笑みを浮かべた。
「さっ……先ほどのは、先行投資じゃなかったんですか?」
「先行投資は、初めの一つだけだ。後の九つの鍋は、リゼットが願ったのだろう」
「うぅ……」
確かにそうだ。リズが願うままにホイホイと、フェリクスは魔法陣を付与してくれたが、正式に大魔術師に魔法陣の付与を依頼すれば、物凄い金額が必要になるのだ。それを無料で授けてくれたのだから、お礼の一つも必要……、いや九つは必要だ。
「先ほど万能薬を貰ったから、俺の願いは残り八つといったところか」
彼もきっちりと、お礼を貰うつもりのよう。ここは一つでも減らしておいた方が得策だ。
「わかりました。……フェリクス」
リズがそう呼んでみると、フェリクスはリズの声を身体中に染み渡らせているように、満足そうな顔で目を閉じた。
「そなたから名を呼ばれるのは、本当に久しぶりだ……。このようなことを言っても困らせるだけだろうが、長い間、そなたの魂を彷徨わせたままにしてしまい、申し訳なかった」
(えっ?)
「俺も後を追いたかったが、当時の情勢では俺無しで国を安定させるのは、難しかったんだ……」
(確か、前々世の私は、35歳を目前にして亡くなったんだっけ……)
これは、ドルレーツ王国の歴史書にも記されている。突然の病に侵され、若くして亡くなったのだとか。
フェリクスは聖女の魂を愛するがゆえに、たびたびヒロインの寿命に合わせるような行為をしていたらしいが、リズの前々世は魔獣が多く、不安定な時代。国を治める者として、無責任な行動は取れなかったようだ。
「きっと前世の私も、フェリクスには長生きしていただきたかったと思います」
「そう言ってくれると、救われる。だが、何十年も魂を彷徨わせてしまったことが、ずっと気がかりだったんだ……。無事に、再び転生してくれて感謝する」
リズに抱きついたフェリクスは、わずかに身体が震えている。それほどリズの魂が無事か、心配だったようだ。
(やっぱり、その間に私が日本で転生したことには、気がついていないみたい)
リズはそれを再確認できてホッとしつつも、他の疑問が沸いてくる。
(こんなに心配していたのに、初対面の時のあの態度はなんだったんだろう……)
あの時のフェリクスは明らかに怒っていて、病死で別れた伴侶に対する接し方ではなかった。
『それほど、俺のストーリーが嫌だったのか?』
出会った時にフェリクスは、確かにそう言っていた。あの時にも疑問に感じてはいたが、推しに出会った衝撃ですっかりと思考停止させられていた。やっとリズは、その疑問を思い出す。
(フェリクスってどのくらい、ストーリーに介入しているんだろう……)
フェリクスは、リズの魂を転生させることができる人物だが、あのような言い方では、ストーリーすら操っているように聞こえる。
この世界にある『鏡の中の聖女』の小説の著者はフェリクスだが、それは自叙伝のようなもので、彼がストーリーを考えているわけではないはず。
(それなのに、なんであんなことを言ったんだろう……)
リズが、うーんと考え込んでいると、フェリクスがリズから離れて顔を覗き込んだ。
「何を考えているんだ?」
「えっ!? えっと……あの……、前世のフェリクスはどんな感じだったのかなぁ……と」
「俺のことを考えてくれるのか。嬉しいな」
再びリズの頬にふれたフェリクスは、そのまま顔を近づけてくる。推しの顔が目の前でいっぱいになったリズは驚いて、「わぁぁ!」と叫びながら両手で顔を隠した。
すると手の甲に、暖かくて、柔らかくて、湿り気を帯びた何かが触れた。
リズはまさかと思いながらぷるぷると手を震わせつつ、無事なほうの手をよけてみる。
そこには不満そうに目を細めた、フェリクスの顔が。
「キスを拒まれたのは、初めてだな」
「申し訳ございません……。ですが、婚約前ですし……、昨夜に出会ったばかりですし……」
そう。リズとフェリクスは出会ったばかり。この小説はじっくりと愛を育むのが売りだというのに、フェリクスはまるで何かに急いでいるかのように、ぐいぐいと押してくる。
「やはりそなたは、今までとは違うな。攻略し甲斐がありそうで、嬉しいよ」
(何言ってるんだろう、私の推しは……。恋愛ハンターみたいなキャラじゃなかったよね……)
変なスイッチを入れてしまった気がしてならないリズは、ぶるっと身を震わせた。
しかしヒーローがどれほどやる気を見せたところで、リズとフェリクスは前世の伴侶ではない。鏡に映らなかった時の彼は、どうなってしまうのだろうか。
ヒロイン以外には冷たい彼なら、リズに騙されたと激怒するかもしれない。
リズの脳裏には、再び『火あぶり』の文字が浮かぶ。
(円満に解決するためは、あまり親しくならないほうがいいよね……)
そうは思いつつも、すでに手遅れな段階に入ってしまったかもしれない。
けれどリズの心には『アレクシスが何とかしてくれる』という、漠然とした安心感があった。
リズはちらりと、彼の足へと視線を向ける。やはりバラの棘で、ズボンやマントが所々裂けてしまっている。その中でも一番大きく避けている部分から肌が露出し、血が滲んでいるのが見えた。
リズはゴソゴソと、ポケットから万能薬の小瓶を取り出した。これは非常用にと、いつも持たされているものだ。それを、フェリクスへと差し出す。
「棘で、血が出ていますよ。良ければ、こちらをお飲みください」
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そのうような貴重な力と万能薬を重ね合わせて、フェリクスは懐かしんでいるようだ。
それからフェリクスは、「リゼットからの初めての贈り物だ」と言って、薬瓶をハンカチで丁寧に包んでから、上着のポケットへと大切そうにしまい込んだ。
使用済みの物を持ち帰るなど、非常に王太子らしくない。リズは不思議な気分でその様子を見つめていると、フェリクスは照れたように微笑んだ。
「このような、くだらないことまでしてしまうほど、俺はそなたの魂を好いているのだ」
フェリクスはリズの肩を抱き寄せながら、眼下に広がるバラを見つめる。
「昔の話をすると、これまでのそなたには嫉妬されたが、今のそなたは、これまでのそなたとは、違うように思える。だから、ここへ連れてきても大丈夫だと思ったんだ」
なかなか鋭い指摘をするフェリクスに対して、リズはドキリとした。確かに、これから伴侶になる相手が昔の女性のことばかり考えていたら、気分が悪いはずだ。それが例え自分の魂だとしても、その頃の記憶はないのだから。
けれどリズは、前々世のリズと混同しているフェリクスに対して、不満に思うことはなかった。リズ自身、彼には隠し事があるのでそれどころではなかったのもあるが。
フェリクスはそのようなリズの態度を見て、今までのヒロインとは違うと感じ取ったようだ。
「そっ……そうなんですね。私も『鏡の中の聖女』の小説は好きなので、ファンとして昔話は聞きたいです」
「そうか。俺とこれまでのエリザベートを知った上で愛し合えるなら、これ以上ない幸せだな」
フェリクスに頬を触れられ、リズは再びドキリとする。
優しく触れられているのに、捕らえられたような気持ちになるのはなぜだろう。
「これからは、『フェリクス』と呼んでくれないか。そなたの口からも、名前で呼ばれたい」
「ですが……。まだ、婚約前ですし……」
言いようもない不安に駆られたリズは、伏目がちにそう述べる。しかしフェリクスは、リズの顎をクイっと上げて、視線を無理やり合わせた。
「俺はリゼットのために、貴重な魔法陣を大量に付与したんだ。少しは報いてくれても良いではないか」
フェリクスは、ニヤリと意地悪く笑みを浮かべた。
「さっ……先ほどのは、先行投資じゃなかったんですか?」
「先行投資は、初めの一つだけだ。後の九つの鍋は、リゼットが願ったのだろう」
「うぅ……」
確かにそうだ。リズが願うままにホイホイと、フェリクスは魔法陣を付与してくれたが、正式に大魔術師に魔法陣の付与を依頼すれば、物凄い金額が必要になるのだ。それを無料で授けてくれたのだから、お礼の一つも必要……、いや九つは必要だ。
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「わかりました。……フェリクス」
リズがそう呼んでみると、フェリクスはリズの声を身体中に染み渡らせているように、満足そうな顔で目を閉じた。
「そなたから名を呼ばれるのは、本当に久しぶりだ……。このようなことを言っても困らせるだけだろうが、長い間、そなたの魂を彷徨わせたままにしてしまい、申し訳なかった」
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(確か、前々世の私は、35歳を目前にして亡くなったんだっけ……)
これは、ドルレーツ王国の歴史書にも記されている。突然の病に侵され、若くして亡くなったのだとか。
フェリクスは聖女の魂を愛するがゆえに、たびたびヒロインの寿命に合わせるような行為をしていたらしいが、リズの前々世は魔獣が多く、不安定な時代。国を治める者として、無責任な行動は取れなかったようだ。
「きっと前世の私も、フェリクスには長生きしていただきたかったと思います」
「そう言ってくれると、救われる。だが、何十年も魂を彷徨わせてしまったことが、ずっと気がかりだったんだ……。無事に、再び転生してくれて感謝する」
リズに抱きついたフェリクスは、わずかに身体が震えている。それほどリズの魂が無事か、心配だったようだ。
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あの時のフェリクスは明らかに怒っていて、病死で別れた伴侶に対する接し方ではなかった。
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出会った時にフェリクスは、確かにそう言っていた。あの時にも疑問に感じてはいたが、推しに出会った衝撃ですっかりと思考停止させられていた。やっとリズは、その疑問を思い出す。
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すると手の甲に、暖かくて、柔らかくて、湿り気を帯びた何かが触れた。
リズはまさかと思いながらぷるぷると手を震わせつつ、無事なほうの手をよけてみる。
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そう。リズとフェリクスは出会ったばかり。この小説はじっくりと愛を育むのが売りだというのに、フェリクスはまるで何かに急いでいるかのように、ぐいぐいと押してくる。
「やはりそなたは、今までとは違うな。攻略し甲斐がありそうで、嬉しいよ」
(何言ってるんだろう、私の推しは……。恋愛ハンターみたいなキャラじゃなかったよね……)
変なスイッチを入れてしまった気がしてならないリズは、ぶるっと身を震わせた。
しかしヒーローがどれほどやる気を見せたところで、リズとフェリクスは前世の伴侶ではない。鏡に映らなかった時の彼は、どうなってしまうのだろうか。
ヒロイン以外には冷たい彼なら、リズに騙されたと激怒するかもしれない。
リズの脳裏には、再び『火あぶり』の文字が浮かぶ。
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