【完結】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、本気になった当て馬義兄に溺愛されています

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15 小説のヒーロー

1 推しと視察です!

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 翌朝。リズは落ち着かない気持ちで、侍女達に出かける準備を整えてもらっていた。いつもなら魔法薬店へ行く際は、庶民が着るような服装で出かけるリズだが、今日は王太子との視察・・が目的なので、ドレスを身にまとっている。

 リズが落ち着かない理由は視察・・の件もあるが、カルステンが心配であることのほうが大きかった。
 昨夜は晩餐の後、帰りがけにカルステンとフェリクスは対面した。突然のフェリクスの登場に、カルステンは同様した様子だったが「俺が言ったとおり、王太子殿下はかなりの男前だったでしょう」とぎこちない笑みをリズに向けていた。

(カルステン、落ち込んでないかな……)

 もしもカルステンの思考が小説の中と同じならば、彼とはもう会うことができないはずだ。
 今日も護衛任務を続けてほしい。そうリズが願っていると、侍女の一人が部屋へと入ってきた。

「公女殿下。馬車の準備が整いましたわ」
「ありがとう。今、行くね」

 廊下へ出たリズは、真っ先にカルステンを見つける。彼はいつもと変わらない様子で、リズへと礼をした。

「おはようございます、公女殿下。本日も俺が、護衛を務めさせていただきます」
「カルステン、おはよう。来てくれて嬉しいよ」

 リズはほっとしつつ笑顔で返すと、カルステンは少し困ったような表情になりながら、リズと並んで歩き始める。

「俺が、殿下の元から消えると思いましたか?」
「えっと……」

 思っていたことを言い当てられたリズは、どう答えてよいのか困る。カルステンは、そんなリズの言葉を待つことなく続けた。

「殿下は昨夜。俺を『寂しさを埋めてくれた大切な人』だと言ってくれました。俺は、そのお言葉があれば、前を向いていられます」

 その表情には、未練の欠片も感じられない。
 小説の中のカルステンに足りなかったものは、ヒロインを少しでも救えたという証拠だったのかもしれない。
 諦めることを前提としながらも、想い人の助けになりたいと思い、彼は密かにヒロインと庭で会っていた。その行為が、ヒロインにとって良かったのか、それとも迷惑だったのか。それすらわからないまま、カルステンはヒロインから離れてしまったのだ。

「俺は、殿下のお役に立つことができれば満足なんです。ですからこれからも、陰ながらお支えすることをお許しください」
「カルステンにはずっとお世話になってばかりだよ。いつもありがとう。これからも、アレクシス共々よろしくね」
「はい。俺にとっては、アレクシス殿下は弟みたいなものですから。妹である公女殿下も、いつでも俺にわがままをおっしゃってください」
「ふふ。頼りにしてるね」

 にかっと笑みを浮かべたカルステンには、もう小説のような結末はやってこないと感じさせられる。

「さぁ。俺のことはもう気になさらず、本日は王太子殿下とのデートをお楽しみください」
「でっ……デートじゃなくて、視察だよ!」
「そうなんですか? 王太子殿下はデートだと喜ばれて――」
「とっ……とにかく、今日は視察なの! だからカルステンは、ひと時も私から離れないで護衛してね!」
「……恥ずかしいんですか?」

 ニヤリとからかうような笑みで、カルステンに顔を覗き込まれて、リズの顔は真っ赤に茹で上がった。



 魔法薬店へ到着して三人で中へ入ると、残念ながらミミは不在であった。彼女はまだ見習い魔女なので、修行の関係で午後から来る日もあれば、来られない日もある。残念ながら、今日がその日に当たってしまったようだ。

 図らずも厨房で、フェリクスと二人。デートのような状況が作られてしまった。

 フェリクスが、魔法薬作りを体験してみたいというので、リズは今、彼に手取り足取り指導中だ。さすがに材料などは教えられないが、鍋をかき混ぜながら魔力を流し込むには、コツが必要なのでそれを教えている。

 しかし本来はフェリクスの後ろから、リズが彼の手を支えて教える立場だが、彼の背後に立つと鍋の中が見えない。そんな理由で、立ち位置が逆になってしまった。傍から見れば、リズがフェリクスに手取り足取り教えられているように見える。

(私、何やってるんだろ……)

 今日のデートを無理やり視察に変えるつもりだったが、見事に失敗している。この状況は、婚約回避を目指しているリズとしては、非常に不本意だ。

「お鍋を覗いて見てください。このように魔力が綺麗な渦を巻いている状態を、長時間維持するのがコツなんです。魔力を均等に流し込み続けるのは難しいので、売り物の万能薬を作るまでには何年もかかるんです」

 リズがそう説明すると、フェリクスは腰をかがめてリズの肩越しに鍋を覗き込む。驚いたリズは、反射的に頭を傾げて彼との距離を取った。
 彼の身長ならば、わざわざリズの肩越しに見なくとも、リズの背後から十分に見えるはず。恋愛小説のヒーローはいちいち、女性をドキッとさせる仕草を取らなければ気が済まないらしい。

「これは、かなりの集中力が必要だ。この若さでこれだけの芸当ができるとは、リゼットは優秀な魔女なのだな」

 フェリクスはリズを褒めるように頭をなでると、傾げていたリズの頭を引き戻して二人の頭をこてりをくっつけた。

「おや……。魔力の渦が乱れてしまったな。これは失敗か?」
「はい……。失敗です……」

 二年前から薬作りを引き継いだリズは、少々のことでは渦を乱さない自信があったが……。リズは自分の未熟さにげんなりしながら、鍋をかき混ぜる手を止めた。

「邪魔をしてしまったようだな」
「気になさらないでください。失敗作や見習いの練習作は、スープにするという使い道がありますので」

 リズがそう説明すると、フェリクスはリズから離れて、作業台に置いてあった魔花を手に取った。これは万能薬作りには欠かせない、魔力を含んだ珍しい花だ。

「貴重な材料を使っているようだな」
「はい。万能薬は、他の薬よりも魔力の扱いが難しいもので。下地となるような材料も必要なんです」

 この花を加えることで、魔力がより浸透しやすくなるのだ。それでも、こうして失敗もしてしまう。万能薬作りは本当に高度な技が要求されるのだ。

「ふむ。これでは、仕事中のリゼットを愛でられないな……」

 ぶつぶつと呟いたフェリクスは、考え込んでいる様子で自身の手のひらを見つめ出した。

 どうしたのだろうかとリズが思っていると、フェリクスの手のひらから淡い光が溢れ出す。それは見る見るうちに形を作り始め、あっという間に何かの魔法陣が手のひらの上に浮かび上がった。

 フェリクスは、手のひらの上で浮かんでいる魔法陣を、鍋の側面にぺたりと貼りつけた。すると、魔法陣は鍋の側面で光を放ったかと思えば、すぅっと消えてしまった。リズにはよくわからないが、フェリクスは鍋に魔法をかけたらしい。

「あの……。今の魔法陣は?」
「魔力を均等に流し込めるよう、細工させてもらった。これで適当に混ぜても渦が乱れることはないはずだ。試してみてくれないか」

 リズは言われたとおりに魔力を流しながら、縦、横、斜めと、木べらを適当に動かしてみる。しかしその動きに反して、鍋の中は綺麗な渦が巻いているではないか。

(なにこの、チートアイテム……!)

 これがあれば、何年もかかる修行が必要なくなる。今までの努力を返してくれと苦情を言いたくなるほどの、画期的な魔法陣だ。

「すごいです……!」
「これは、材料を無駄にしてしまった詫びと、これからも無駄にしないための先行投資だ」
「先行投資ですか……?」

 どのような意味だろうと思い、リズは首をかしげる。するとフェリクスは、リズの耳元に口を寄せてきた。

「心置きなく、リゼットに愛を囁くためのな」

 ヒーローに相応しいイケメンボイスが、リズの頭に響き渡る。大魔術師の囁きには、人を麻痺させる魔法でも含まれているのかもしれない。
 リズは全身の痺れで大ダメージを受けているというのに、鍋の中は綺麗な渦を維持したままだ。これほど、絶大な効果を確認できる実験方法があるだろうか。
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