【完結】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、本気になった当て馬義兄に溺愛されています

廻り

文字の大きさ
上 下
68 / 116
13 庇護欲暴走中

2 ストーリーさん、どこへ行くのですか……?

しおりを挟む
 カルステンの命により、ハーブ畑に椅子とテーブルが設置され。リズはお茶を飲みながら、カルステンがハーブを採取している姿を眺めるという状況が作られてしまった。

「公女殿下、バジルはこちらの葉ですか?」
「それはオレガノね。それも必要だから大丈夫だよ」

 騎士であるカルステンには、ハーブはどれも同じ葉っぱに見えるらしい。それでもリズのために、せっせと採取している姿は実に健気なものだ。

 ここは、第二公子宮殿の厨房裏にあるハーブ畑。厨房は今、修繕工事の真っ最中だ。そんな場所の近くで、のんびりお茶を飲んでいることにリズは申し訳なくなる。だからといって、「手伝う」と言ったら使用人総出で止められそうなので、見守るしかない。

(公女って、お茶を飲むのが仕事なのかな……)

 何もさせてもらえない現状を皮肉っていると、侍従長がリズの元へとやってきた。
 この度の件についての謝罪と感謝を述べた後、侍従長は「公女殿下に、お見せしたい物がございます」とリズにある物を手渡した。

「これは?」
「消火魔法具に装着されていた、魔石でございます。昨日、魔法具の修理を魔法具士に頼んだのですが、問題があるのは魔法具ではなく、魔石のほうだと言われまた。魔石の鑑定に出そうとしていたのですが、公女殿下でしたらお詳しいかと思いまして」

 魔石は、石の中に貯められている魔力量によって、色が異なる。侍従長が手渡したものは、魔力量の多い青色の魔石に似ているものだ。
 魔石は目で見ただけでは、宝石やガラスなどと見分けるのは非常に難しい。侍従長の言うとおり魔石の鑑定は、魔術師や魔女の分野だ。

 リズは確認のために、魔石を日光に照らしながら魔力を流した。こうすることで石の中の魔力が揺れ動き、複雑な煌めきを放つ。

 しかしこの石に、そのような反応は見受けられない。偽の魔石として取引するには宝石では利益が出ないので、おそらくこれはガラス製だ。

「うーん。これは偽物だね……」
「さすが、公女殿下。一瞬で、見分けることができるのですね」
「うん。光を当てながら魔力を流すと、本物なら綺麗に煌めくの……」

 侍従長にそう説明したリズは、ハッ! と口を押えながらカルステンに目を向ける。彼は、心配ゆえの不満で一杯のような表情でリズを見つめながら、その場に立ち上がった。

「殿下……。今、魔力をお使いになったのですか?」
「ちょっ……ちょっとだよ。ほんの、ちょこっと! それより侍従長。公宮の魔石に、偽物が混ざることなんてあるの?」

 カルステンに叱られる前に、リズは急いで話を逸らした。すると侍従長は、神妙な表情で顔を横に振る。

「公宮へ納品される魔石は、魔術師の鑑定書が添えられた信頼のおけるものでございます。しかしながら以前にも、このような事件がございまして……」

 侍従長は言いにくいのか、カルステンへと視線を移す。それを受けたカルステンも、困ったように顔を歪めながらリズを見た。

「公女殿下も、舞踏会で体感されたでしょう。アレクシス殿下にとって公宮は、安らげる場所ではないのです」

(そうだよね……。公の場で公子を罵るような人達なんだから、裏で嫌がらせをしていたっておかしくないよね)

 ヒロインが受けていたような虐めを、アレクシスも受けていたかもしれないと思うと、リズは心が締め付けられるように苦しくなる。
 アレクシスは人当たりが良くて、優しい性格だ。それを理解しようとしてこなかった貴族達のことが、悲しくてならない。

 リズがぎゅっと目を閉じていると、リズの手に誰かの手が重なった。驚いたリズが目を開くと、リズの横にはひざまずいたカルステンの姿が。

「それにしても今回は、度が過ぎます。俺が必ず犯人を探し出しますから、そんなお顔をしないでください」

 カルステンはリズを心配させないためか、包み込むような温かい笑みを浮かべる。
 リズはそんなカルステンの優しさをありがたく思う反面、既視感のあるシチュエーションであることに疑問を感じた。

 小説では、ヒロインのほうきが誰かに隠されるという場面がある。
 ヒロインのほうきはメルヒオールではなく、現在リズの母が使用しているものなので、自発的にヒロインのもとへと戻って来るような思考力には、至っていなかった。

 相棒が消えて心配をしていたヒロインは、庭で密かに会っていたカルステンに、そのことを相談する。それを聞いたカルステンは、ヒロインの前にひざまずいてこう述べたのだ。

『人の大切な物を盗むなんて、許せません。俺が必ず犯人を探し出しますから、そんなお顔をしないでください』

 そのセリフを思い出したリズは、ブルブルと手が震え出す。

(どっ……どうしよう。これって、ゲームのスチル回収ならぬ、挿絵回収なんじゃ……!)

 ストーリーは確実に、元に戻りつつあるようだ。

「公女殿下。お寒いのですか? そろそろ宮殿へ戻りましょう」

 心配そうにリズを見上げたカルステンは、リズを抱きかかえようとする。リズはそれを、両手を突き出して阻止した。

 このまま、カルステンの庇護欲に流されてはいけない。そう直感したリズは、「自分で帰れるから大丈夫! メルヒオール!」と叫んで、メルヒオールに飛び乗り、逃げるようにしてその場を後にした。

 当然ながらその後、めちゃくちゃカルステンに叱られ、外出禁止令が出されてしまった。
 庇護欲とは厄介なものだ。リズが拒否して無茶するほどに、彼の欲は駆り立てられてしまうのだから。






 それから数日。毎日のようにハーブをねだっていたら、リズの食事に問題があると、カルステンにバレてしまった。
 宮殿の監視役としてカルステンは、自分の母親であるバルリング伯爵夫人を召喚してしまう。
 ヘルマン伯爵夫人との間でひと悶着あったが、バルリング家はこういった揉め事に慣れている。あっという間にバルリング伯爵夫人は、宮殿内を掌握してしまった。

「私も公女になりましたし、自分達で解決してみようと思っていたんですけど、結局は夫人のお世話になってしまいました……」

 お茶会の授業をおこないながら、リズがそう吐露すると、夫人は優雅にお茶を飲んでから微笑んだ。
 夫人の動作は一つ一つが本当に優雅で、リズはいつもうっとりしながら見つめてしまう。この優雅さをどうにか自分にも取り入れたいとは思っているが、生まれ持った気質せいか、どうにも上手くいかない。
 夫人のような女性になるには、いろんな意味でまだまだだとリズは自覚している。

「ふふ。公女殿下の補佐をさせて頂くのも、バルリング家の努めですわ。お困り事がございましたら、いつでもご相談くださいませ」
「バルリング家の皆さんには、良くしてもらってばかりで……。特に今は、騎士団長が……」

 リズはチラリと、護衛として待機しているカルステンに目を向けた。

「俺がどうかなさいましたか」
「騎士団長が優しすぎて、私の足が退化しそうだと思って」

 リズの魔力はすっかり元に戻ったというのに、カルステンは未だにリズを歩かせようとしないのだ。先ほどもこの授業を受けるために、お姫様抱っこされるという羞恥を味わったばかりだ。

「そうなったら一生、俺が抱えて差し上げますよ」
「メルヒオールもいるから、大丈夫だよ?」
「魔力消費は、極力お控えください」

(地面から少し浮かぶ程度なら、メルヒオールの魔力だけで十分なんだけど……)

 そのことはすでにカルステンに話してあるが、彼は頑なに魔女の力をリズに使わせたがらない。
 魔女の存在を、薬を作る奴隷のように思っている貴族も問題だが、カルステンの庇護欲も過剰だ。万能薬作りの際は、一体どうするつもりなのだろう。

「カルステン。あまりお節介が過ぎると、公女殿下に嫌われてしまうわよ。もう少し早く出会えていたら、良かったわね」

 リズとカルステンのやり取りを見ていた夫人は、扇子を口元に当てながらクスクスと笑い出した。

「俺は、そういうつもりでは……」

 あきらかに照れた表情を見せるカルステンを見て、リズは心の中で頭を抱える。やはりカルステンは、リズを気に入ってしまったようだ。

 もしこの関係が、王太子との婚約を無事に回避できた後だったら良かった。小説のストーリーに関する不安がなければ、彼の気持ちに真剣に向き合えただろうに。今のリズにとっては、本当に間が悪いのだ。

 今のリズにできることは、ストーリーを大きく変化させることのできるアレクシスが、早く帰ってくることを祈るだけ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~

miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。 ※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m

モブはモブらしく生きたいのですっ!

このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る! 「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」 死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう! そんなモブライフをするはずが…? 「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」 ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします! 感想めっちゃ募集中です! 他の作品も是非見てね!

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。 だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

処理中です...