【完結】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、本気になった当て馬義兄に溺愛されています

廻り

文字の大きさ
上 下
67 / 116
13 庇護欲暴走中

1 騎士団長が完全に覚醒してしまいました

しおりを挟む

 そのまま朝まで眠りについたリズは、あまりスッキリしないまま目覚めを迎えた。

「公女殿下。まだ、ご気分が優れませんか?」

 心配そうにのぞき込んでくる侍女達にリズは、不安な気持ち吹き飛ばすようブルブルと首を振ってから、にこりと微笑んだ。

「薬も飲んで寝たし、魔力はだいぶ戻って来たみたいだよ」
「順調に回復なさっているようで、安心いたしましたわ」
「しばらくは、安静になさってくださいませ」

 昨日、目覚めた時は深夜だったので、リズの看病を担当していた侍女としか会っていないが、今は六人全員が集まっている。皆、火事で負傷した様子もなく元気そうなので、リズはほっと一安心した。

「うん、心配してくれてありがとう。ところで、第二公子宮殿はどうなったの? ここは私の部屋ではないけれど……」
「公女殿下のご活躍のおかげで、被害は最小限に抑えられましたわ。のちほど侍従長からもお礼を述べさせていただきますが、今回は私共にお力添えくださり、誠に感謝申し上げます」

 侍女達は全員で、リズに謝意を示した。カルステンには叱られ気味だったが、使用人達は火事を早く消火できたことに喜んでくれたようだ。

「他のみんなも、怪我とかしていない?」
「多少はやけどをした者もおりますが、大事には至っておりませんわ。ただ、厨房の修理もございますし、煙が侵入したお部屋の匂いも取らなければなりません。公女殿下にはご迷惑をお掛け致しますが、しばらくはこちらの客人用宮殿でお過ごしくださいませ」
「うん。私は気にしないから、安全に作業を進めてね」

(ここって、客人用の宮殿だったんだ……)

 客人用の宮殿といえば、ヒロインが滞在していた場所だ。客人用の宮殿は何棟もあるので、ヒロインと同じ宮殿に入ったとは限らないが、昨夜のカルステンのこともある。リズは嫌な予感がして、身震いをした。

 それと同時に、部屋の扉が乱暴に開かれる。リズは身震いの直後に騒音に見舞われたので、心臓がびくりと跳びはねた。
 部屋の中に入ってきたのは、どうみても高位貴族の身なりをした婦人だ。

「ヘルマン伯爵夫人! 突然訪問するなんて、公女殿下に対して無礼ですわ!」

 侍女の叱責を聞いたリズは、心の中で「ひぃ~!」と叫んだ。

 ヘルマン伯爵夫人といえば、ヒロインを執拗に虐めていた張本人だ。夫は舞踏会の日にアレクシスによって、幽閉塔送りになってしまったが、夫人のほうは健在だったようだ。

(もしかしてこれも、物語の強制力……っていうより、寄り戻しのレベルじゃない?)

 そもそも犯罪者の妻が、未だに宮殿の管理を任されていることが不自然だ。いくら公王が能力主義だといっても、大切な財産ともいえる宮殿を、犯罪者の妻には預けないはず。

 そんな不自然な状況を作り出してまで、この物語は今、初めからやり直そう・・・・・・・・・としているのか。

「こちらへ入宮してから引きこもっておられるようでしたので、僭越ながらご様子を伺いに参りましたわ」
「無礼を重ねるおつもりですか、ヘルマン伯爵夫人! 公女殿下は火事を鎮火させるためにお力を使い果たし、床に臥せっておられたのですよ!」
「あらまぁ、そうでしたの。魔女の身体の仕組みなど、貴族の私では存じ上げないもので」

 ヘルマン伯爵夫人は扇子で顔を隠したが、目を見れば笑っているのは丸わかり。わざわざ嫌味を言うためにここへきたのは、明らかだ。

「公女殿下のお世話は、私達で十分に足りておりますわ! ヘルマン伯爵夫人は、宮殿だけご用意くだされば結構です。どうぞ、お引き取りくださいませ!」

 侍女が、ヘルマン伯爵夫人を追い出そうとしているので、リズは「待って」と侍女を止めた。

「しばらくこちらでお世話になるんだから、挨拶くらいは受け・・ましょう」

 リズがにこりと微笑むと、ヘルマン伯爵夫人は「いえ……私は……」と動揺した様子で扇子を、ぐっと握り込んだ。

 物語は元に戻りたがっているようだけれど、今のリズにはバルリング伯爵夫人から学んだ貴族社会の知識がある。それ相応に、反撃する手段は持ち合わせているのだ。


「さぁ。かしこまらずに、挨拶をどうぞ」

 リズが催促すると、ヘルマン伯爵夫人は手を震わせながら扇子を閉じる。そして顔を歪めながらを挨拶の姿勢を取った。

「公女殿下に、ご挨拶申し上げます……。私は、この宮殿の管理を任されているデリア・ヘルマンと申します……」

 この大陸では、地位が低い者から先に挨拶をおこなうのが礼儀だ。魔女を憎んでいるヘルマン伯爵夫人にとっては、屈辱的なはず。
 それでも、形式的な挨拶をおこなった彼女は、小説の中ほどひどい対応を取るつもりはないようだ。いくら魔女を憎んでいようとも、夫のようにはなりたくないのだろう。

(これも、アレクシスのおかげだよね)

 いくら物語が元に戻ろうとしても、アレクシスがこれまでおこなったことが消えるわけではない。リズはその事実を確かめられて、少し気持ちが安らぐ。

「第二公子宮殿の修繕が完了するまで、よろしくお願いしますね。ヘルマン伯爵夫人」
「お任せくださいませ……。私はそろそろ、仕事に戻らせていただきますわ」

 ヘルマン伯爵夫人は悔しさを滲ませながらリズを睨んでから、逃げるように部屋を出て行った。

 リズが「ふぅ」と息を吐いていると、侍女達は興奮した様子でリズの周りに詰め寄ってくる。

「素晴らしい対応でしたわ、公女殿下!」
「あのヘルマン伯爵夫人に対して、堂々と振る舞えるなんて、ご立派でしたわ」
「アレクシスが、無礼は許さないと宣言したからには、私もそれなりの対応をしなきゃと思って。みんなも怯まずに対応してくれて、頼もしかったよ」

 小説のヒロインとは違い、リズには味方してくれる侍女達もいる。彼女達は下位貴族の令嬢だけれど、上位者である夫人に対して毅然とした態度を取ってくれた。

「公子殿下が戻られるまで、私達がしっかりと公女殿下をお守り致しますわ!」
「ありがとう、みんな」

(みんながいれば、虐められルートは回避できるよね)

 っと思ったのも、束の間。リズは朝食を食べながら、微妙な表情を浮かべていた。

「公女殿下。お食事になにか、問題がございましたか?」
「あっ……。ううん、ちょっと考えごとをしていただけ」

 侍女に笑みを向けてから、リズは気が進まない食事を口に入れた。
 部屋に運ばれてきた朝食は、見た目こそ問題のないものだったが、味付けが全くといってよいほどされていないのだ。
 素材が良いので不味くはないが、どうにも物足りなくて食が進まない。

(侍女にバレないような嫌がらせをするつもりね……)

 ヘルマン伯爵夫人を呼び出して、味付けについて指摘することもできるが、単に料理人のミスとして片付けられてしまいそうだし、本当にその可能性も無きにしもあらず。
 ヘルマン伯爵夫人の嫌がらせかどうか判断するには、しばらくは様子をみたほうがよい。

 そう思ったリズは、食後に散歩がてらハーブを採りにいくことにした。様子を見るにしても、味気ない料理は食べたくない。魔力回復のためだと理由をつけ、ハーブを振りかけるつもりだ。

「公女殿下、お呼びでしょうか」
「散歩へ行きたいから、護衛してほしいの」

 ハーブを入れるためのカゴを手にしたリズは、にこりとカルステンに微笑んだ。しかし、カルステンの顔は一瞬にして険しくなってしまう。

「いけません。しばらくは安静にすると、おっしゃったはずですよ」
「えー……。散歩くらいは大丈夫だよ」
「殿下の『大丈夫』は、信用できません」
「ひどい……」

 リズはがっかりしながらも、「行きたい」と目で訴えてみたが、カルステンは応じてくれそうにない。
 リズからカゴを奪ったカルステンは、「さぁ。ベッドへお戻りください」とリズの背中を押す。

「まっ……待ってよ。魔力は、外にいたほうが吸収できるんだよ! だから連れて行ってよ!」

 美味しい食事を食べるため、リズも引き下がるわけはいかない。取り上げられたカゴにしがみつきながら訴えてみると、カルステンは困ったような顔で考え込み始めた。

「仕方ありませんね……。殿下のショールを持ってきてくれ」

 侍女にそう指示したカルステンは、受け取ったショールをリズの肩に羽織らせる。

「わぁ! 連れて行ってくれるの?」
「その代わり、おとなしくしていてくださいよ」
「うんうん! ちょっと身体に良いハーブを採取して、日光浴したら戻るよ」

 これで美味しい食事にありつけそうだ。リズが喜んでいると、カルステンは「では、参りましょうか」と言って、リズの横で身体を屈める。
 リズが、ん? と思っている間に、カルステンに抱き上げられてしまった。

「ちょ……。私、歩けるよ!」
「殿下には、安静が必要です」
「でも……、これは大袈裟すぎだよ。病人ではないから、下ろしてよ」

 お姫様抱っこされたまま散歩など、恥ずかしすぎる。侍女達の好奇心に満ちた顔も見ていられなくて、リズは助けを求めるようにカルステンを見つめた。しかし彼は、じっとリズを見つめ返す。

「殿下……。おとなしくしてくださると、約束したばかりですよね?」
「……はい」

 リズに対する、彼の庇護欲はいまだ健在のようだ。純粋な気持ちなだけに、これを鎮静化させるのは虐め回避よりも大変かもしれないと、リズは覚悟した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~

miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。 ※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜

アルト
恋愛
たった一つのトゥルーエンドを除き、どの攻略ルートであってもBADエンドが確定している乙女ゲーム「クラヴィスの華」。 そのゲームの本編にて、攻略対象である王子殿下の婚約者であった公爵令嬢に主人公は転生をしてしまう。 とは言っても、王子殿下の婚約者とはいえ、「クラヴィスの華」では冒頭付近に婚約を破棄され、グラフィックは勿論、声すら割り当てられておらず、名前だけ登場するというモブの中のモブとも言えるご令嬢。 主人公は、己の不幸フラグを叩き折りつつ、BADエンドしかない未来を変えるべく頑張っていたのだが、何故か次第に雲行きが怪しくなって行き────? 「────婚約破棄? 何故俺がお前との婚約を破棄しなきゃいけないんだ? ああ、そうだ。この肩書きも煩わしいな。いっそもう式をあげてしまおうか。ああ、心配はいらない。必要な事は俺が全て────」 「…………(わ、私はどこで間違っちゃったんだろうか)」 これは、どうにかして己の悲惨な末路を変えたい主人公による生存戦略転生記である。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...