【完結】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、本気になった当て馬義兄に溺愛されています

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12 お留守番のリズ

3 騎士団長のその設定、消えたはずでは……?

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 リズが目覚めると、目の前にはメルヒオールと侍女の姿が。
 心配そうにリズの顔を覗き込んでいた侍女は、リズが目を開けたのを確認するなり、メルヒオールに抱きついた。

「公女殿下が、お目覚めになられたわ! もう安心ですよ、メルヒオール様!」

 侍女に抱きつかれたメルヒオールも、ほうきの穂をフリフリさせて喜んでいる。初めはメルヒオールに恐怖していた侍女が、いつのまにか抱きつけるほど仲良くなっていたらしい。
 そんな姿が微笑ましくて、リズは思わず「ふふ」と声をあげる。それに気がついた侍女は、恥ずかしそうにメルヒオールから離れた。

「失礼いたしました、公女殿下。ご気分はいかがでしょうか。一日ほど目覚められなかったので、心配しておりましたわ」
「一日も……?」

 辺りを見回したリズは、ここが自分の部屋ではないことに気がつく。部屋の中が暗いので、今は夜のようだ。侍女の言うとおりリズは、ずっと眠っていたらしい。

(あ……。魔力を使い切っちゃったんだ……)

 気を失う直前のことを思い出したリズは、急に申し訳ない気持ちになる。早く消火して皆を安心させるつもりが、逆に心配をかけてしまったようだ。

「心配かけてごめんね……。魔力を使い切っちゃったから、動けなくなっていたみたい」
「公女殿下のお母様からも、そのようなご返答をいただきました。こちらをお飲みくださいとのことです」
「え……。母の薬?」

 侍女に手渡された薬瓶を、リズは疑問に思いながら見つめる。
 この薬は、魔女の万能薬ではない。万能薬は治癒力を高める薬なので、魔力不足の症状で飲んでも、意味がない。魔力不足を改善するには、リズが騎士団から逃げようとしていた日に、母のために作っていたあの薬が必要なのだ。
 公宮には納品されていないはずのその薬が、なぜかここにある。

「公女殿下がお倒れになったのを心配された騎士団長様が、原因を尋ねるために魔女の森へ行ってくれたのです」

 どうやらカルステンは、母にこの薬を作ってもらい、届けてくれたようだ。

「ふふ。そうだったんだ」

 リズは、二人の気持ちが嬉しくて思わず笑みをこぼした。
 今はもう、この地の魔力の減少期は過ぎている。健康なリズならば、安静にしていれば魔力は順調に回復できる。それをカルステンに説明すれば良いものを、母はわざわざ薬を作って持たせてくれたようだ。

「騎士団長様は、ずっと心配しておられましたわ。廊下でお待ちになっているのですが、お呼びいたしましょうか」
「うん。お願い」

 侍女が廊下へと出ると、入れ替わるようにしてカルステンが部屋へと入ってきた。
「公女殿下!」と声を上げるカルステンに、リズはにこりと微笑みかけた。

「騎士団長。魔女の森まで、薬を取りに行ってくれてありが……っ!」

 しかしリズは、驚いて言葉が止まってしまう。大股でベッドまで近づいてきたカルステンに、勢いよく抱きしめられてしまったから。

 彼は臨時の護衛騎士であり、リズは一応公女である。リズに忠誠を誓ったローラントですらここまではしないというのに、明らかにカルステンの態度は度を越している。
 それだけ彼は、リズを心配していたようだ。抱きしめている身体が、微かに震えている。

「心配しましたよ、殿下……。なぜ俺が戻るまで、おとなしく待っていてくださらなかったのですか……」
「……ごめんね。一刻も早く、火を消さなきゃと思って……」
「宮殿などいくらでも建て直せますし、アレクシス殿下が、宮殿内の財産と公女殿下の安全の、どちらを重視するかなど分かりきっているでしょう。もっとご自身の身体を、大切にしてください」

 彼らにとっては、魔女は未知の存在のはず。そんなリズが、力を使い果たして気を失ってしまったので、心配で仕方なかったようだ。
 せめて事前に説明はしておくべきだったと、リズは反省する。

「本当に、心配をかけてしまってごめんなさい。でも、騎士団長のおかげで薬もあるし、魔力は安静にしていればすぐに戻るの。魔女にとっては珍しいことでもないから、あまり心配しないで?」

 カルステンを安心させようとしてリズはそう説明したが、彼はリズから離れるとリズの顔をじっと見つめる。

「修行時はそうでしょうが、一人前の魔女が力を使い果たすような無茶はしないと、殿下のお母上様がおっしゃいましたよ。公女殿下はお一人で無理をする性格なので、気にかけてほしいともおおせつかりました」

(うっ……。お母さんも、過保護なんだから……)

 わざわざそのようなお願いをしてしまったら、カルステンが余計に心配してしまうではないか。リズは思わず、両頬を手で覆った。カルステンの視線が、アレクシスがリズを叱る時の視線とそっくりなのだ。幼い頃から一緒に育っただけのことはある。

「頬を押さえて、どうなさったのですか?」
「あ……えっと。アレクシスならこんな時、私の頬を弄びながら叱るからつい……」

 残念な条件反射の説明をすると、カルステンは視線を緩めるように微笑んだ。
 それから手を伸ばし、リズの手に自身の手を重ねてくる。間接的ではあるが、リズの頬はカルステンの手に包み込まれてしまった。

(…………へ?)

「公女殿下がお望みでしたら、アレクシス殿下のように叱ってさしあげましょうか?」
「けっ……結構です……」
「承諾されなくて、良かったです。俺が殿下の頬に直接触れるなんて、恐れ多いですから」

 そう言いながらも、カルステンはリズの頬を覆った手を放さない。蕩けたように微笑む顔は、まるで小説の挿絵にあったような、ヒロインを愛おしそうに見つめる彼、そのものだ。

(なっ……なにこれ……。もしかして、カルステン。私に庇護欲を感じているんじゃ……?)

 リズはただ、厨房の火事を消したかっただけだ。それなのに、消えたはずの小説の設定を、復活させてしまったというのか。

(まさかね……。私のことは好みじゃないって、カルステンの口からハッキリと聞いたもん……)

 きっと今のカルステンは、リズの体調を心配しているだけだ。それ以上の感情があってはならない。

「そっそうだ! 薬飲まなきゃ!」

 リズは逃げるようにして、カルステンの手を払いのけると、母の薬をグビッと飲み干してから、寝具に潜り込んだ。
 こうして寝ていれば、いつかは嵐は過ぎ去る。リズはこの現象が一過性のものであると願いながら、寝具の中で丸く身を縮めた。

 そんなリズの態度に気を悪くした様子もなく、カルステンが寝具の上からリズの頭をそっとなでたことなど、震えているリズには知る由もなかった。
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