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12 お留守番のリズ
1 皆が気遣ってくれます
しおりを挟むアレクシス達の見送りを終えたリズは、臨時の護衛騎士となったカルステンと共に、公宮の敷地内にある図書館へと向かっていた。
天気が良いので散歩がてら歩いてきたが、先ほどから世間話をしているカルステンの横で、リズは浮かない顔で歩いている。
とうとう見かねたカルステンは、リズの顔を覗き込んだ。
「公女殿下。アレクシス殿下が旅立ってしまわれて、もうお寂しいのですか?」
「あっ……。話しかけてくれていたのに、ごめんね……」
「それはよろしいのですが、今からこのような状態では心配です。僭越ながら俺が、アレクシス殿下の代わりに兄役を務めましょうか?」
にかっと笑みを浮かべたカルステンは、どうやらリズがアレクシスと離れて落ち込んでいると思っているようだ。
カルステンの予想どおり、アレクシスがいなくてリズは少し不安に思っている。今朝は、相談したいことがあったのだが、出がけに心配させるわけにはいかないので、アレクシスには話せないまま別れてしまったのだ。
「心配させちゃって、ごめんね。実は、変な夢を見ちゃったから、気になってて」
「怖い夢でも、ご覧になったのですか?」
「怖い夢ではないけれど、この本のヒロインになったような夢だったの」
リズは、返却するために持参してきた『鏡の中の聖女』の本を、カルステンに見せた。
夢の中に出てきたのは確かに、この本に出てくるヒロインとヒーローだったが、小説よりも歳を取った三十代くらいに見えた。
『あなたの玩具になるのは、もう嫌なんです……。私の魂をあなたから、開放してください……』
『あの魔術師から何を聞いたのか知らないが、言いがかりはよせ。俺はどの世でも、お前の魂を愛している』
『あなたのそれは、愛とは呼ばないわ。私の魂を弄んで、楽しんでいるだけじゃない』
『意味がよくわからないな。俺はどの世でも、お前を不幸から救い出し、幸せな結婚をさせてやっている。そんな俺を、好きだと言ったのはお前だろう』
このような場面は、この本になかった。
小説の中では、幸せな結婚をしてハッピーエンドを迎えたというのに、なぜ夢の中のヒロインは悲しんでいるのか。
単なる夢に意味はないが、この本のヒロインはリズの前前世でもある。つい、夢の内容に意味を求めてしまうのだ。
カルステンは本をじっと見つめると、何かを察したように微笑んだ。
「婚約式までは、王太子殿下とお会いできませんからね。待ち遠しくて、そのような夢を見られたのですか?」
呑気にそのような推測をするカルステンは、リズについての事情を、アレクシスやローラントからは聞いていないようだ。それならばリズも、余計なことは言うつもりはない。
「そうかもしれない。騎士団長は、王太子殿下にお会いしたことある?」
「ございますよ。かなりの男前なので、期待していてください」
「わぁ。そうなんだぁ」
(そういえば、小説の展開が変わったからヒーローとはいつ頃、出会うんだろ?)
小説ではこの時期、舞踏会に使節団として参加していた密偵が、ヒロインを虐めていた者の調査をしている頃だ。その調査が終わってからヒーローは、予定になかった公国訪問をおこなう。
(公国へ来るのは、今から二ヶ月後くらいの予定だけれど、私は虐められていないから、来ない可能性のほうが高いよね?)
リズがそう考えていると、カルステンはわざとらしく悩むように腕を組んだ。
「公女殿下がそれほど、婚約式を楽しみにしておられるのでしたら、俺は今からアレクシス殿下への、お慰めの言葉を練っておく必要がありますね」
「慰め?」
「公女殿下が王国へ嫁がれたら、さぞ悲しまれて、寝込むかと思いますので」
「ハハハ……。その時は、アレクシスをよろしくね……」
リズは嫁ぐ予定はないけれど、もしそうなったらアレクシスは本当に寝込みそうだ。さすが幼馴染は、アレクシスをよく理解している。
カルステンと話したおかげで、リズは少し気分が晴れた。それでも、なんとなく夢の内容が気になるので、『鏡の中の聖女』シリーズをさらに三冊ほど、図書館で借りてみた。
リズは前世でもそうだったように、最新巻から読む癖がある。今回借りたのは、リズにとっては前前世よりもさらに前、三~五回ほど前の人生についての話だ。
その夜。リズは侍女達に誘われて、リズの部屋で寝間着パーティーなるものを体験した。
皆で寝間着で集まり、お菓子などを広げて会話を楽しむ。お茶会よりも、リラックスした雰囲気の会だ。この国の貴族令嬢達は、よくこのような集まりをするらしい。
普段のリズは、アレクシスのために夜食を作り、その後は寝る時間までアレクシスと一緒に過ごすことが多い。そんなリズが寂しくないよう、侍女達は気を遣ってくれたのだろう。
初めはリズを虐めようとしていた侍女達が、いつの間にかここまでリズを心配してくれるようになった。リズは彼女達の気持ちに感謝しつつ、楽しませてもらうことにした。
「公女殿下、『鏡の中の聖女』はいかがでしたか?」
机に置いてある『鏡の中の聖女』三冊が目に入ったらしい侍女は、リズにそう質問してきた。
「面白かったよ。ヒロインを巡って、魔術師同士が対決する場面にドキドキしちゃった」
リズの前前世が題材の巻は、当て馬役が魔術師だ。ヒーローである王太子フェリクスも、大魔術師の生まれ変わりであり、その能力をずっと受け継いでいる。この巻は、バトル要素の強い話に仕上がっていた。
この時代は、魔獣が多く生息していたようで、ヒロインは幾度となく危険な目に遭い、ヒーローや当て馬に助けられるというストーリー。
リズはその巻を読みながら、その時代の記憶がなくて良かったと、つくづく思った。話としては楽しいが、実際には体験したくないのがバトル物だ。
「公女殿下の物語も、いずれは小説になりますのね。楽しみですわ」
「私達が生きている間に、刊行してほしいですわね」
リズが初めて、図書館で『鏡の中の聖女』を借りてきた際、侍女達も好きな本なのだと教えてくれた。
ドルレーツ王国やベルーリルム公国の貴族令嬢達は、皆この本を読み、建国の聖女と大魔術師に憧れるのだとか。
(それならもっと、私に興味を示してくれても良かったのに……)
リズが前世で読んだ小説内でもそうだが公宮の人達は、リズを魔女以外の存在として見ようとしてくれない。
アレクシスが頑張ってくれたおかげで、公女としては認められたようだが、リズの魂が『聖女』であると認識している者は、リズに近しい者達だけだと思える。
(これも、物語の強制力ってことなのかな?)
「けれど、公女殿下の物語は、今までのシリーズとは少し異なる雰囲気になりそうですわね」
「そうなの?」
「今までのヒロインは、不幸の底からヒーローに救われる話ばかりですけれど、公女殿下は公子殿下の元でお幸せそうですもの」
(ふふ。それは必死に、ストーリーを変えようとした成果だよね)
侍女達から見ても、リズにとってヒーローは不要の存在にみえるようだ。このままストーリーが変わり続けて、ヒーローと接点のないまま婚約式を迎えられたらどうなるだろうか。
リズには万能薬作りという重要な役割があるし、アレクシスという強力な協力者がいる。簡単には火あぶりにならないという、確信がある。
ヒーローとしても、なんの接点もなかったリズが前世の伴侶では無かったと知れば、愛情など沸くはずもない。『お告げは間違い』として、円満に解決できるのではないだろうか。
「うん。アレクシスやみんなのおかげで、楽しい毎日だよ。いつもありがとう」
リズは未来に希望を抱きながら、マカロンをぱくりと口に頬張る。そんなリズの幸せそうな表情を見て、侍女達も笑顔でうなずいた。
「公子殿下のお傍におられる限りは、公女殿下に不幸など訪れませんわね」
「けれどそうなると、王太子殿下の役目がなくなってしまいますわ」
「現実は、そういうものですわ。こちらの本だって、きっと脚色していらっしゃいますのよ」
「そうよね。都合よくヒロインが不幸にばかり遭うなんて、お可哀そうですもの」
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