【完結】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、本気になった当て馬義兄に溺愛されています

廻り

文字の大きさ
上 下
64 / 116
12 お留守番のリズ

1 皆が気遣ってくれます

しおりを挟む

 アレクシス達の見送りを終えたリズは、臨時の護衛騎士となったカルステンと共に、公宮の敷地内にある図書館へと向かっていた。
 天気が良いので散歩がてら歩いてきたが、先ほどから世間話をしているカルステンの横で、リズは浮かない顔で歩いている。
 とうとう見かねたカルステンは、リズの顔を覗き込んだ。

「公女殿下。アレクシス殿下が旅立ってしまわれて、もうお寂しいのですか?」
「あっ……。話しかけてくれていたのに、ごめんね……」
「それはよろしいのですが、今からこのような状態では心配です。僭越ながら俺が、アレクシス殿下の代わりに兄役を務めましょうか?」

 にかっと笑みを浮かべたカルステンは、どうやらリズがアレクシスと離れて落ち込んでいると思っているようだ。
 カルステンの予想どおり、アレクシスがいなくてリズは少し不安に思っている。今朝は、相談したいことがあったのだが、出がけに心配させるわけにはいかないので、アレクシスには話せないまま別れてしまったのだ。

「心配させちゃって、ごめんね。実は、変な夢を見ちゃったから、気になってて」
「怖い夢でも、ご覧になったのですか?」
「怖い夢ではないけれど、この本のヒロインになったような夢だったの」

 リズは、返却するために持参してきた『鏡の中の聖女』の本を、カルステンに見せた。

 夢の中に出てきたのは確かに、この本に出てくるヒロインとヒーローだったが、小説よりも歳を取った三十代くらいに見えた。

『あなたの玩具になるのは、もう嫌なんです……。私の魂をあなたから、開放してください……』
『あの魔術師から何を聞いたのか知らないが、言いがかりはよせ。俺はどの世でも、お前の魂を愛している』
『あなたのそれは、愛とは呼ばないわ。私の魂を弄んで、楽しんでいるだけじゃない』
『意味がよくわからないな。俺はどの世でも、お前を不幸から救い出し、幸せな結婚をさせてやっている。そんな俺を、好きだと言ったのはお前だろう』

 このような場面は、この本になかった。
 小説の中では、幸せな結婚をしてハッピーエンドを迎えたというのに、なぜ夢の中のヒロインは悲しんでいるのか。
 単なる夢に意味はないが、この本のヒロインはリズの前前世でもある。つい、夢の内容に意味を求めてしまうのだ。

 カルステンは本をじっと見つめると、何かを察したように微笑んだ。

「婚約式までは、王太子殿下とお会いできませんからね。待ち遠しくて、そのような夢を見られたのですか?」

 呑気にそのような推測をするカルステンは、リズについての事情を、アレクシスやローラントからは聞いていないようだ。それならばリズも、余計なことは言うつもりはない。

「そうかもしれない。騎士団長は、王太子殿下にお会いしたことある?」
「ございますよ。かなりの男前なので、期待していてください」
「わぁ。そうなんだぁ」

(そういえば、小説の展開が変わったからヒーローとはいつ頃、出会うんだろ?)

 小説ではこの時期、舞踏会に使節団として参加していた密偵が、ヒロインを虐めていた者の調査をしている頃だ。その調査が終わってからヒーローは、予定になかった公国訪問をおこなう。

(公国へ来るのは、今から二ヶ月後くらいの予定だけれど、私は虐められていないから、来ない可能性のほうが高いよね?)

 リズがそう考えていると、カルステンはわざとらしく悩むように腕を組んだ。

「公女殿下がそれほど、婚約式を楽しみにしておられるのでしたら、俺は今からアレクシス殿下への、お慰めの言葉を練っておく必要がありますね」
「慰め?」
「公女殿下が王国へ嫁がれたら、さぞ悲しまれて、寝込むかと思いますので」
「ハハハ……。その時は、アレクシスをよろしくね……」

 リズは嫁ぐ予定はないけれど、もしそうなったらアレクシスは本当に寝込みそうだ。さすが幼馴染は、アレクシスをよく理解している。


 カルステンと話したおかげで、リズは少し気分が晴れた。それでも、なんとなく夢の内容が気になるので、『鏡の中の聖女』シリーズをさらに三冊ほど、図書館で借りてみた。
 リズは前世でもそうだったように、最新巻から読む癖がある。今回借りたのは、リズにとっては前前世よりもさらに前、三~五回ほど前の人生についての話だ。





 その夜。リズは侍女達に誘われて、リズの部屋で寝間着パーティーなるものを体験した。
 皆で寝間着で集まり、お菓子などを広げて会話を楽しむ。お茶会よりも、リラックスした雰囲気の会だ。この国の貴族令嬢達は、よくこのような集まりをするらしい。

 普段のリズは、アレクシスのために夜食を作り、その後は寝る時間までアレクシスと一緒に過ごすことが多い。そんなリズが寂しくないよう、侍女達は気を遣ってくれたのだろう。

 初めはリズを虐めようとしていた侍女達が、いつの間にかここまでリズを心配してくれるようになった。リズは彼女達の気持ちに感謝しつつ、楽しませてもらうことにした。

「公女殿下、『鏡の中の聖女』はいかがでしたか?」

 机に置いてある『鏡の中の聖女』三冊が目に入ったらしい侍女は、リズにそう質問してきた。

「面白かったよ。ヒロインを巡って、魔術師同士が対決する場面にドキドキしちゃった」

 リズの前前世が題材の巻は、当て馬役が魔術師だ。ヒーローである王太子フェリクスも、大魔術師の生まれ変わりであり、その能力をずっと受け継いでいる。この巻は、バトル要素の強い話に仕上がっていた。

 この時代は、魔獣が多く生息していたようで、ヒロインは幾度となく危険な目に遭い、ヒーローや当て馬に助けられるというストーリー。
 リズはその巻を読みながら、その時代の記憶がなくて良かったと、つくづく思った。話としては楽しいが、実際には体験したくないのがバトル物だ。

「公女殿下の物語も、いずれは小説になりますのね。楽しみですわ」
「私達が生きている間に、刊行してほしいですわね」

 リズが初めて、図書館で『鏡の中の聖女』を借りてきた際、侍女達も好きな本なのだと教えてくれた。
 ドルレーツ王国やベルーリルム公国の貴族令嬢達は、皆この本を読み、建国の聖女と大魔術師に憧れるのだとか。

(それならもっと、私に興味を示してくれても良かったのに……)

 リズが前世で読んだ小説内でもそうだが公宮の人達は、リズを魔女以外の存在として見ようとしてくれない。
 アレクシスが頑張ってくれたおかげで、公女としては認められたようだが、リズの魂が『聖女』であると認識している者は、リズに近しい者達だけだと思える。

(これも、物語の強制力ってことなのかな?)

「けれど、公女殿下の物語は、今までのシリーズとは少し異なる雰囲気になりそうですわね」
「そうなの?」
「今までのヒロインは、不幸の底からヒーローに救われる話ばかりですけれど、公女殿下は公子殿下の元でお幸せそうですもの」

(ふふ。それは必死に、ストーリーを変えようとした成果だよね)

 侍女達から見ても、リズにとってヒーローは不要の存在にみえるようだ。このままストーリーが変わり続けて、ヒーローと接点のないまま婚約式を迎えられたらどうなるだろうか。

 リズには万能薬作りという重要な役割があるし、アレクシスという強力な協力者がいる。簡単には火あぶりにならないという、確信がある。

 ヒーローとしても、なんの接点もなかったリズが前世の伴侶では無かったと知れば、愛情など沸くはずもない。『お告げは間違い』として、円満に解決できるのではないだろうか。

「うん。アレクシスやみんなのおかげで、楽しい毎日だよ。いつもありがとう」

 リズは未来に希望を抱きながら、マカロンをぱくりと口に頬張る。そんなリズの幸せそうな表情を見て、侍女達も笑顔でうなずいた。

「公子殿下のお傍におられる限りは、公女殿下に不幸など訪れませんわね」
「けれどそうなると、王太子殿下の役目がなくなってしまいますわ」
「現実は、そういうものですわ。こちらの本だって、きっと脚色していらっしゃいますのよ」
「そうよね。都合よくヒロインが不幸にばかり遭うなんて、お可哀そうですもの」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~

miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。 ※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

[完結]凍死した花嫁と愛に乾く公主

小葉石
恋愛
 アールスト王国末姫シャイリー・ヨル・アールストは、氷に呪われた大地と揶揄されるバビルス公国の公主トライトス・サイツァー・バビルスの元に嫁いで一週間後に凍死してしまった。  凍死してしたシャイリーだったが、なぜかその日からトライトスの一番近くに寄り添うことになる。  トライトスに愛される訳はないと思って嫁いできたシャイリーだがトライトスの側で自分の死を受け入れられないトライトスの苦しみを間近で見る事になったシャイリーは、気がつけば苦しむトライトスの心に寄り添いたいと思う様になって行く。  そしてバビルス公国の閉鎖された特殊な環境が徐々に二人の距離を縮めて… *完結まで書き終えております*

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

処理中です...