63 / 116
11 公子様と隣国
5 公子様へお礼です……
しおりを挟む翌日の夜遅く。リズは寝間着姿で、アレクシスの部屋の前をうろうろしていた。
「アレクシスはもう寝ているかもしれないし、やっぱり止めようかな……」
扉の隙間から灯りが漏れているので、アレクシスはまだ寝ていないだろうが、リズは言い訳のような言葉を呟いて、この場を去ろうとする。
しかし、メルヒオールがそれを阻むようにして、リズの前に立ちはだかるのだ。
メルヒオールは柄の先を左右に振ってから、アレクシスの部屋を指し示す。
相棒は、リズが目的を果たすまでは部屋に戻してくれないようだ。リズは、手紙を握りしめて「うぅぅ……」と、うなる。
リズが決心しかねていると、アレクシスの部屋の扉がかちゃりと開いた。寝間着姿のアレクシスが廊下へと出てくる。
「……リズ?」
「あっ……。アレクシス……」
リズは咄嗟に手紙を背中に隠して、苦笑いを浮かべる。どうみても怪しい態度に、アレクシスは眉をひそめた。
「ここで何をしていたの? 今、なにかを隠さなかった?」
「気のせいじゃないかな……」
リズはこのまま退散するつもりで一歩、足を後ろへと引いた。けれど、背中に細い棒が当たる。メルヒールが、邪魔をしているようだ。
(メルヒオールの、裏切り者~!)
メルヒオールは裏切ってなどいない。初めから『手紙を渡せ』と強く勧めていたのだから。
退路を塞がれ、なす術がなくなったリズの頬に、アレクシスの両手が延びてくる。
「明日からしばらく会えないに、リズは僕に隠し事をしたまま別れるつもりなのかな?」
「やえれ、あえくひふ!」
むにむにと頬を弄ばれ。リズは必死に抵抗するため首を左右に振ろうとしたが、アレクシスにがっちりとホールドされているので、びくともしない。
「それともお別れの前に、僕にこうされたかったの?」
「ばかっ……ちがっ……」
見当違いすぎる指摘を受け恥ずかしくなったリズは、両手を使ってアレクシスの手を解こうとする。必然的に、アレクシスの目に手紙が映りこんでしまう。
「リズ、その封筒は?」
リズは再び手紙を背中に隠そうとしたが、素早くアレクシスに手首を掴まれる。彼は覗き込むようにして、リズが持っている封筒を確認すると、これでもかというほど嬉しそうに微笑みながら、リズの手首を放した。
「『アレクシスへ』って書いてあるけど?」
姿勢を正してそう指摘したアレクシスは、完全に受け取るつもりの表情だ。これほど喜ばれてしまえば、渡さない訳にはいかない。リズは観念して、手紙をアレクシスの前へと差し出した。
「アレクシスが、留守番する私のために気晴らしを用意してくれたから、私も何かお礼がしたくて……。移動中の暇つぶしにでもと思って、書いたの……」
日頃の感謝を綴っただけの手紙だ。これが暇つぶしになるか疑問ではあるが、リズとしては気持ちを形にしてアレクシスへ渡したかったのだ。
「ありがとう」と言って受け取ったアレクシスは、愛おしそうに目を細めながら、封筒に書かれている自分の名前を指でなぞる。
「……今、読んじゃ駄目だよ」
「うん。リズに会えなくて、寂しくなったら読むね」
「それって、読まずに帰って来ちゃう可能性もあるんじゃ……?」
「大丈夫だよ。別れた途端に、寂しくなる予定だから」
アレクシスは今から寂しそうに、リズの頭をポンっとなでる。リズとしても、そんなアレクシスの気持ちはわからないでもない。明日からのアレクシスがいない日々を思うと、リズも寂しく感じられるから。
「早く帰ってきてね」
寂しさを打ち消すように、リズは微笑む。するとアレクシスは、別れを惜しむようにリズを抱きしめた。
「リズ、今日は一緒に寝ようか」
「……へ?」
「僕との別れが寂しくて、夜中にわざわざ会いにきてくれたんだろう? そんな妹を部屋に帰してしまったら、一人で泣いていないか心配で眠れないよ」
リズは別に、寂しいからこの時間に訪問したわけではない。手紙を渡そうか迷いに迷っていたら、こんな時間になってしまっただけだ。
「えっと……メルヒオールもいるし、大丈夫だよ?」
「メルヒオールなら、掃き掃除をしながら廊下の奥へと消えていったけど?」
「……え?」
リズは後ろを振り返ったが、すでにメルヒオールの姿はない。
こんな時間に、メルヒオールの掃除欲にスイッチが入ってしまったというのか。廊下の掃除など始めてしまったら、数時間は帰ってこないではないか。
アレクシスと一緒に寝るのが嫌なわけではないが、義理の兄妹という立場上、誤解を受けるような行動は避けなければならない。
リズがそんな心配をしている間にも、アレクシスは驚くほど自然にリズをベッドへと誘導し、あっという間に寝かされてしまう。
「アレクシス、手馴れてる……」
「邪推は止めてほしいな。女性をベッドへ連れ込むのは、リズが初めてだよ」
「つ……連れ込むって、言わないでよ」
妹愛が過剰なこの兄に限って、リズを傷つけるはずがない。わかってはいるが、異性と同じベッドで寝るのは前世を含めて初めてなので、リズは緊張してしまう。
そんなリズの気持ちを知ってか知らずか、アレクシスはまるで子守りでもするかのように、リズの頭をなではじめる。
「子守歌を歌ってあげようか。それとも絵本を読もうか?」
「もう……。私、そんな子供じゃないよ」
アレクシスにとって、リズの存在はどこまでも『可愛い妹』のようだ。アレクシスを異性として意識した自分を可笑しく思いながら、リズは瞳を閉じた。
「アレクシスの隣で寝たら、心地良い夢が見られそう」
「リズはどんな夢を見るのか、知りたいな」
「それなら、手を繋いで寝ようよ」
『手を繋いで寝た者同士は、同じ夢を見られる』この大陸では有名な俗信だ。リズも昔は、母と同じ夢が見たくて手を繋いで寝たものだ。一度も同じ夢を見られたことはないが、それでも満ち足りた安らぎを得られる、良い俗信だと思っている。
「うん」と短く返事をしたアレクシスは、リズの手を優しく握ってくれた。兄の安らぐ香りと体温を感じて、リズはすぐに寝息を立て始めた。
「……もう少し僕を、意識してくれても良いのに」
頬を突いても目覚める気配がない妹を観察しながら、アレクシスは不満げに呟いた。
別れを惜しんでくれるリズと離れたくなくて、アレクシスはつい勢いでリズをベッドへと連れ込んでしまった。
兄妹としての信頼関係を崩すつもりはなかったが、それでも自分を意識するリズを見たいという、願望はある。
けれど妙な雰囲気にならないよう努めた結果、リズは無防備な姿で気持ちよさそうに眠ってしまった。
残されたアレクシスだけが、胸の熱に耐えなければならないようだ。
明日は長時間の移動だというのに、完全に失敗した。免れない寝不足を予期しながらも、アレクシスは眠る時間が惜しくて、ひたすらリズを見つめ続けた。
翌朝、公宮を出発したアレクシスは、馬車の中ですぐさま昨夜の手紙を取り出した。
「アレクシス殿下、そちらはリゼット殿下からのお手紙ですか?」
「よくわかったね。リズがわざわざ、僕を想って書いてくれたんだ」
アレクシスは昨夜の照れたリズを思い出しながらそう答えると、ローラントは意味ありげな笑みを浮かべながら、懐から封筒を取り出した。
「奇遇ですね。俺もリゼット殿下から、心の籠ったお手紙を頂きました」
「へぇ……。リズは優しい子だから、護衛騎士への配慮も忘れなかったんだね。けれど、見てよ。僕への手紙には愛が詰まっているから、ローラントのとはこんなに厚さが違うよ」
「殿下は鬱陶しいくらいに、リゼット殿下のお世話をなさっておりますし。お優しいリゼット殿下は、配慮で枚数が増えてしまったのでしょう」
出発してそうそう、幼馴染二人は言い合いを始めてしまった。一緒に乗り合わせていた侍従は、居心地の悪さを感じながらポケットに手を当てる。
実は侍従も、リズから「アレクシスをよろしく」という趣旨の手紙をもらっていた。後でアレクシスにもお礼を言うつもりで持参してきたが、この手紙は絶対に見せてはいけないと、瞬時に察したところだ。
ローラントよりも手紙が厚いことに、ひとまずほっとしたアレクシスは、すぐにリズからの手紙を読み始めた。
決してローラントの前で開いて、枚数を自慢したいわけではない。幼馴染の言うとおり、配慮だけが目的の手紙なのか心配になったのだ。
けれどリズからの手紙は、アレクシスが心配するようなものではなかった。主な内容は、アレクシスがこれまでリズにしてきたことへの感謝だが、心の籠ったリズの素直な気持ちが綴られている。
頼もしい兄のおかげで、火あぶりに対する不安が消えたこと。
リズだけではなく、母や他の魔女も助けてくれる優しさが嬉しいこと。
アレクシスからの妹愛に対して、冷たく返してしまうことも多いが、実は嫌ではないこと。
恥ずかしがり屋なリズが、深夜まで渡すのを迷っていた理由がよくわかる内容だ。
「殿下。俺の前で、顔に出しすぎではございませんか」
「仕方ないだろう。心の籠った手紙をもらったのは、今までの人生で初めてなんだから」
アレクシスは幸せを噛みしめながら、瞳を閉じた。
11
お気に入りに追加
486
あなたにおすすめの小説
愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~
miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。
※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m

モブはモブらしく生きたいのですっ!
このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す
そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る!
「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」
死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう!
そんなモブライフをするはずが…?
「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」
ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします!
感想めっちゃ募集中です!
他の作品も是非見てね!

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~
浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。
「これってゲームの強制力?!」
周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。
※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない
櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。
手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。
大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。
成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで?
歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった!
出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。
騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる?
5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。
ハッピーエンドです。
完結しています。
小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない
天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。
だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる