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11 公子様と隣国
3 公子様が用意してくれたもの
しおりを挟む「ここが、目的地だよ」
アレクシスに手を貸してもらいながら馬車から降りたリズは、目の前にある大きな建物に目を向けた。一階はお店のようだが、今はまだ工事中。そこから視線を上に向けたリズは、目を見開いた。
「魔法薬の店……リゼット……。え、待って。何これ、聞いてないよ?」
「魔女の薬は、万能薬の他にもさまざまな種類があるんだろう? 万能薬以外は商会で買ってもらえないから、個人取引していると聞いてね。それで、お店を作ってみようってことになったんだ」
魔女の森にいる魔女達は、身体の異常を治す一般向けな薬から、媚薬のような特殊な薬まで、さまざまな薬を研究開発している。基本的に魔女の薬は、切実に必要としている者が、人目を盗んで魔女の森まで買いに来るものだ。
どうやらアレクシスは、そんな魔女の薬を手軽に売買できるお店を作ってくれたようだ。
「わぁ……、すごい。この件も、うちのお母さんとの手紙で?」
「うん。リズのお母さんには、魔女達との橋渡し役になってもらったから、今度お礼をしなければね」
リズが知らぬ間に、アレクシスと母の間でこのような計画まで進んでいたらしい。アレクシスの行動力に、リズは改めて感心する。
「でも、お店を作っても、お客さんは来るのかな……」
魔女の店に出入りしていると知られれば、周りから噂される懸念があるはず。だからこそ人々は、こっそりと魔女の森へと来るのだ。リズが心配しながらそう呟くと、アレクシスはリズを店内へとエスコートしながら微笑む。
「公宮から医者を派遣して、症状にあった薬を提供するつもりだから、薬が安全であることの保障になる。騎士も常駐させるから、嫌がらせを受けることもないはずだ。公国が後援しているとわかれば、人々も安心して訪れると思うよ」
「そんなことまでしてもらって、大丈夫なの?」
「すでに公王の許可も、取ってあるんだ。万能薬の供給を五倍に増やすには、それなりの設備が必要だと話したら、すぐに予算を割いてくれたよ」
「あっ。舞踏会の時の約束……。だからお店の名前が『リゼット』なの?」
公王がリズに、『リゼット』と名乗ることを許可してくれたのは、リズが国を健康面で支えてきたという実績を認められたからだ。
「うん。リズの名前を店名にすることで、公王が養女を大切にしていると見せられるしね」
実際に、リズを可愛がっているのはアレクシスだが、国民の目には『公王が魔女である養女に、店まで持たせてやった』と見えるのだろう。
すでに建物を確保し工事を始めているということは、アレクシスは舞踏会の前からこれを準備していたことになる。アレクシスはよほど、公王との交渉に自信があったようだ。
リズが、感心することしかできないでいると、店の奥から「第二公子殿下、公女殿下、ようこそおいでくださいました!」との声と共に、商会長であるバルト男爵がやってきた。
なぜ商会長がここにいるのか。リズが首を傾げると、アレクシスがリズに向けて微笑んだ。
「リズ。この建物の買収と工事費用は、バルト男爵が善意で出してくれたんだよ。そして、店の管理から、魔法薬に必要な物資調達まで、全て商会が低額で請け負ってくれるそうだ」
(お金に執着している商会長が、善意でそんなことをしてくれるなんて……)
リズは、疑いの目で商会長を見る。すると商会長は、リズの考えを察したかのように、照れ笑いした。
「いやぁ! 公女殿下にはこれまでお世話になりましたので、少しでも御恩をお返ししたいと思っております!」
相変わらず調子のいい商会長を見て、リズはふと舞踏会でのアレクシスの発言を思い出す。
アレクシスは確か、商会長には報いを受けさせると言っていた。きっと、これが報いなのだろう。
ここは、街の一等地のような場所だ。建物の買収には、さぞお金がかかったはず。
お金儲けが大好きな商会長にとっては、厳しい罰になったようだ。
それから商会長は、店の完成予想図を持ってきて、リズに見せてくれた。
公国が後援している店なら、貴族向けに豪奢な作りにでもなるのかとリズは思ったが。見せられた完成予想図は、木材をふんだんに使い、植物で飾り立てた、オシャレで温かみのある内装。
まるでリズの好みが、そのまま絵になったような完成予想図だった。
「わぁ……、めちゃくちゃ可愛いよ。もしかして、アレクシスが考えてくれたの?」
こんなサプライズをしてくれるのは、一人しかいない。リズは真っ先にアレクシスに視線をむけると、彼は優しくうなずく。
「前に、こんな雰囲気のカフェに行っただろう。あの時のリズが、いつもよりも蕩けたような顔で内装を楽しんでいたようだったから、好きなのかなと思って。リズの家へ行った時も、吊るしてあるハーブが綺麗に配置されていたしね」
アレクシスは、相変わらず鋭い。買い物の際は、アレクシスが店ごと買い占めてしまわないよう、リズは顔を引き締めていたが、カフェにまでは頭が回っていなかった。
そのおかげ、理想的なお店を作ってもらえるようだが、アレクシスなら仮に、リズが気持ちを隠していたとしても、理想的なお店を作った気がしてならない。
「ふふ。アレクシスは私のことを、理解しすぎだね」
「そんなことはないよ。僕はもっと、リズの気持ちを知りたくてたまらないんだ」
(私、隠し事なんてしていないけど?)
アレクシスは隠し事を嫌うので、リズは恥ずかしい気持ちですら、アレクシスに包み隠さず話している。それにも関わらずアレクシスは、リズのどのような気持ちを知りたいというのか。
リズが不思議に思っていると、「こほん」と小さくローラントの咳払いが聞こえてくる。
「アレクシス殿下。俺は、周りの店にご挨拶へ行って参りますね」
誠実さが売りであるローラントは、律義にも周りのお店への配慮も忘れていないようだ。
(でも、騎士が「魔女の店をよろしく」と尋ねてきたら、みんなびっくりしないかな?)
リズはそんな心配をしてみたが、ローラントはまさに他の店へ『けん制』するつもりでいる。
アレクシスがリズのために、店の準備までしていたことを見せられ、居ても立っても居られずに、自分が出来ることをしようと行動を起こしたのだ。
ローラントが店を出て行く様子を見守っていると、彼は店を出た先で声を上げた。
「おっと……。ごめんね、お嬢さん」
「こちらこそ、急に入ろうとしてごめんなさい!」
ローラントが出て行くのと同時に、店へ入ろうとした者がいたようだ。その声の主はローラントと別れると、元気よく「こんにちは~!」と挨拶しながら店へと入ってきた。
「えっ……。ミミ?」
「わぁ! リズちゃん、会いたかったぁ~!」
茶色の瞳を輝かせてリズに抱きついてきたのは、魔女の森での親友ミミ。歳はリズよりも一歳下の十六歳で、二人は親友であり姉妹のように育った。
リズが騎士団に捕まった際は、いち早く声を上げて駆け寄ろうとしたほど、ミミはリズを慕っている。
メルヒオールも、久しぶりにミミのほうきに会えて嬉しいのか、ほうき同士で柄をすり合わせている。ミミのほうきは、魔力を吹き込まれてからの年数が少ないので反応はないが、それでもメルヒオールは嬉しそう。ほうき同士で通じる何かがあるのかもしれない。
「ミミに会えるなんて……、びっくりしちゃった」
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