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10 舞踏会のダンス
5 騎士団長との関係
しおりを挟む「過度な接近は、殿下が怒りそうだな……」
「え?」
「いえ。こちらの話です。俺はダンスが下手なんですけど……、本当によろしいのですか?」
「私も上手じゃないから、大丈夫」
カルステンは本当にダンスが苦手なようで、実際にダンスを始めてみると振り付けは適当であり、突然リズの腰を持ち上げたりして遊び出す始末。ダンスを踊っているというよりは、遊んでもらっているような気分で、リズはダンスを終えた。
「公女殿下、お腹すきませんか? あちらに、お勧めのデザートがあるんですよ」
数名の貴族令息達がリズに近づいてくるのを察知したカルステンは、素早くリズをダンス場から連れ出した。
リズにお皿を持たせたカルステンは、「これは早めに取っておかなければ、すぐになくなるんですよ」などと言いながら、リズにデザートを盛りつけてくれる。
(カルステンって、アレクシスとは違うタイプだけど、『お兄ちゃん』だなぁ)
年下の世話に慣れているような彼の雰囲気にリズは、昔の彼らもこうのような感じだったのかと思い、微笑ましく感じる。
(そういえば、私がストーリーを変えなければ、初めに仲良くなるのはカルステンだったんだよね)
初めの頃のヒロインにとっては、こっそりと庭まで会いに来てくれるカルステンが、唯一の心の支えだった。明るく暖かい雰囲気の、彼らしい役周りだ。
他愛もないおしゃべりにも付き合ってくれたカルステンは、近衛騎士の役目も忘れずにリズをアレクシスのところへと、送り届けてくれることになった。
「ところで騎士団長は、私に庇護欲を感じますか?」
先ほども感じたように、カルステンはお兄ちゃんのような雰囲気だ。小説での彼はもう少し、ヒロインに好意を寄せていると分かるような態度で接していた。リズはそこが少し気になり、質問してみる。
それを聞いたカルステンは、笑いをこらえるように微笑む。
「殿下から、俺の好みを聞いたのですね。公女殿下は、素敵なご令嬢ですが、俺の好みとは少し異なります。アレクシス殿下にその旨、よろしくお伝えください」
(わぁ……。ここでも、小説のストーリーから変わってるよ)
相変わらずリズには、ヒロイン補正がかからないらしい。確実にかかっている補正といえば、足を踏むことくらい。
カルステンを含めて、ヒロインを好きになる予定の男性三人と出会ったが、誰一人としてリズを恋愛対象として見ていない。
ヒロインなのにモテないのは複雑な気分ではあるが、小説のストーリーを順調に変えられている事実には、希望が持てる。
この調子で進めていきたいと思いながら、リズはバルコニーへと出た。
「リズ……。これは、どういう状況?」
バルコニーにいたアレクシスは、リズとカルステンの姿を目にするなり、不機嫌そうな顔でそう尋ねた。
(それは、こっちのセリフだよ……!)
しかしアレクシスの指摘よりも、よほど不自然な二人が、リズの目の前にいるではないか。
アレクシスにべったりと抱きついているのは、リズの見間違えでなかれば、自身の護衛騎士であるローラント。誠実の塊みたいな彼が、なぜこんな事態になっているのか。ふと、視線をローラントの横に向けてみると、ワイン瓶が三本ほど置かれているのが確認できる。
ローラントがアレクシスと話した後、『一本では足りない』と追加で二本ほどがぶ飲みしたのだが、リズがそんな事情を知るはずもない。
「えっと……。近衛騎士団の皆さんが会場で謝罪してくれたから、お礼の意味を込めて騎士団長と踊ったの。それより、ローラントは大丈夫……?」
「さぁ。――カルステン、ローラントを介抱してあげて」
アレクシスは面倒そうな顔をしつつ、カルステンにそう指示する。カルステンもまた、面倒そうな顔で弟に近づいた。
「はい、殿下。ローラントのやつ……。弱いくせに、ワインを三本も飲んだのかよ……」
やれやれといった雰囲気で、アレクシスからローラントを引き離そうとしたカルステンだったが、その手をローラントは払い除ける。
「アルはもう少し、俺を頼ってください……」
「……わかったから。いい加減、離れて」
アレクシスはうんざりするように、ため息を付いた。
「ローラントって、酔うとこんなふうになっちゃうんだ……」
意外すぎる姿を観察したリズは、ぼそっとそう呟く。すると、ローラントは新たなターゲットを見つけたかのように、リズに視線を向ける。そして、そままリズに抱きついてきた。
「わぁっ。ローラント……?」
「リズ様……。俺は一生、貴女をお慕いし続けます」
非常に、お酒の匂いに満ちているローラントだが、寝言のような呟きがとても可愛い。
「ふふ。嬉しいよ、ローラント」と、リズはローラントの頭をなでようとしたが、過保護な兄によってすぐに酔っ払いは、リズから引き離された。
「……カルステン。こいつを不敬罪で、幽閉塔へ連れて行って」
「えっ……。ちょっと、アレクシス?」
とんでもないことを言い放ったアレクシスに、リズは耳を疑ったが、カルステンは動じる様子もなく弟を受け取る。
「冗談ですから、ご安心ください公女殿下」
「僕は、冗談など言っていない」
「はいはい。それでは、俺達はこれで失礼致します」
リズがぽかんと見守る中、ローラントに肩を貸したカルステンは、素早くこの場を去ってしまった。
(やっぱりカルステンとアレクシスって、仲良しなのかな?)
アレクシスが高度な冗談を言っていたとしても、公子に命令されたなら、普通はもっと真面目に受け取るはずだ。それを軽々と受け流せるカルステンはやはり、アレクシスにとっては親しい幼馴染。
(そう、見えるんだけどなぁ……)
リズが首を傾げながら、カルステンが去った扉を見つめていると、「リズ……」とアレクシスがぼそりと呟いた。
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