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10 舞踏会のダンス
3 護衛騎士の気遣い
しおりを挟むローラントがバルコニーへ来る前のこと。リズは約束どおり、ローラントとダンスを踊り、無事にそれを終えようとしていた。
「リゼット殿下。俺と踊ってくださり、感謝申し上げます。とても幸せなひと時でした」
ローラントはこの会場でいち早く、リズを『リゼット殿下』と呼んでくれた。決まったばかりの新しい名なので、リズは気恥ずかしさを感じつつも、笑顔で応える。
「こちらこそ、踊ってくれてありがとう。足を何度も踏んじゃってごめんね……」
「これくらい、大したことではございません。騎士は、様々な箇所を鍛えておりますので。リゼット殿下を、足の上にお乗せして踊ることも可能です」
「ふふ。次までにはもっと練習するから、また一緒に踊ってね」
「はい。よろしければ、練習にもお付き合いいたしますよ」
「ありがとう。アレクシスが忙しい時は、お願いするかも」
ダンスが終わり、互いにお辞儀をし終えると、ローラントはリズの前にひざまずいた。そしてリズの手を取り、手の甲に口づけする。
(ローラントが、人前でするなんて……)
忠誠を示す意味もあるこの行為だが、ローラントは恥ずかしがり屋なのか二人きりの時にしかしたことがない。そんな彼がどうしたのだろうと、リズは少し驚きながら、ローラントを見つめる。
すると、顔を上げたローラントは、照れたような表情を浮かべた。
「リゼット殿下には、忠誠を誓う騎士がいることを、皆に示さなければなりませんので」
(そのために、恥を忍んでしてくれたの?)
「ありがとう、ローラント。おかげで、効果はあったみたいだよ」
突然のローラントの行動に気がついた貴族達は、ざわつきながらこちらを観察している。特に女性達の視線は熱心なもので。どこの世界でも、騎士は人気の職業だ。
周囲の視線に気がついたローラントは、さらに照れたのか顔をうつむかせながら立ち上がった。
(うちの護衛騎士は、可愛いな)
リズはニコニコしながらローラントの顔を覗き込むと、ローラントは恥ずかしい気持ちを吹き飛ばすように、小さく咳ばらいをした。
「リゼット殿下には、もう一つ贈り物がございます」
「贈り物……?」
なんだろう? とリズが首を傾げていると、リズの前方にカルステンの姿が。
彼は部下の近衛騎士を十数名連れて、リズの元へとやってきた。
(あれ……。この人達って……)
何となく見覚えのある顔ぶれだとリズが思い出していると、カルステンを含めた全員がリズの前へとひざまずいた。
「公女殿下に、申し上げます!」
(えっ……、なに?)
突然のことにリズは大いに動揺したが、カルステンはそんなリズの様子など気にせず言葉を続ける。
「公女殿下をお迎えの際、近衛騎士団は公女殿下に対して無礼を働きました。すでに、第二公子殿下から罰を受けましたが、改めて公女殿下に謝罪申し上げます!」
カルステンが声を張り上げるものだから、会場全体がリズ達に注目することになってしまった。
(その件はとっくに、片付いたと思っていたのに……)
なぜ大勢がいる場で、話を蒸し返すのか。リズは困りながらも、バルリング伯爵夫人の教えを思い出した。
(こういう時は、慌てちゃいけないんだった。公女としてしっかりしなきゃ……!)
「顔をあげてください、近衛騎士団の皆さん。皆さんからの謝罪は、すでに文書によって受け入れましたし、私はもう怒っておりません。皆さんが誠実な騎士であることは、私が安全に暮らせていることで、証明されています。どうかこれからも誇りある騎士として、国のために職務に励んでください」
リズがそう謝罪を受け入れると、会場からは拍手が湧き起こった。
「公女殿下は、なんと慈悲深い」などと囁く声も聞こえており、リズに反発する貴族が消えつつあるような、錯覚すら覚えてしまう。
(私が無礼を許す性格だと知って、安心したのかな……)
ともあれリズは、公女らしく振舞えたようだ。ほっとしたリズは近衛騎士団を立たせてから、カルステンに小声で話しかける。
「騎士団長。どうして、こんなことをしたんですか?」
「これはローラントの発案ですよ」
「え。ローラントが?」
リズが振り返ると、ローラントは嬉しそうに微笑んでいる。
「近衛騎士団が公の場で謝罪することで、リゼット殿下には一定の支持層がいることを示したことになります。公王陛下に認められたばかりの公女殿下が、近衛騎士団まで掌握していることが発覚したのです。貴族達も本気で、リゼット殿下とどう接するべきか、決めなければなりません」
「掌握って……。私、そこまでのことはしていないよ?」
「そう見せることが、大切なんです。――公子殿下は、手伝う必要はないとおっしゃいましたが、バルリング家としても少しは、リゼット殿下のお役に立ちたいと思っております」
アレクシスに手伝いを断られたことを、ローラントは気にしていたようだ。そのために兄まで巻き込み、このようなパフォーマンスまでして、リズの株を上げてくれたらしい。
「バルリング家の皆さんには、これまでもお世話になったのに……。でも、とっても有り難い贈り物だったよ。ありがとう、二人とも」
このようにしてバルリング家は、アレクシスのことも守ってきたのだろう。その優しさに感謝しながらリズが微笑むと、「公女殿下」と横から声がかかった。
「公女殿下。よろしければ私と一曲、踊ってくださりませんか?」
「僕ともぜひ、ダンスを踊ってください。公女殿下」
「えっ」
気がつけば、見ず知らずの貴族令息達がわらわらと集まり出しているではないか。
慌てるリズの横で、ローラントが小さく笑みをこぼす。
「早速、効果が表れたようですね」
「どうしよう……。ローラント……」
「お好きな方と、踊ってくだされば結構です」
リズの耳元でそう囁いたローラントは、すぐにこの場から去ってしまった。
(え~! 自分で仕掛けておいて、置いてかないでよ~!)
急に選べと言われても、派閥や爵位などをよく知らないリズには、選びようがない。そのような事情は気にせず、ダンスを楽しめという意味だったのかもしれないが、それこそ誰を選んだら良いのやら。
しかし、悠長に考えている暇はなさそうだ。早くダンスの相手を決めてしまわなければ、どんどんと人数が増えてしまう。
焦ったリズは、勢いよく令息達に頭を下げた。
「皆さん、ごめんなさい! 今日は、謝罪してくれた騎士団長と踊ります!」
そう宣言すると、令息達は残念そうな顔をしながらも「またの機会を楽しみにしております」とこの場を去っていった。
リズは「ふぅ」と安心して頭を上げてから、勝手にダシに使ってしまったカルステンのことを思い出す。
「公女殿下……」
「はっ……はい!」
「俺に、逃げましたね」
「……ごめんなさい」
リズは申し訳なく思いながらカルステンを見つめると、彼はニヤリと笑ってみせる。どうやら怒っているわけではなさそうだ。
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