【完結】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、本気になった当て馬義兄に溺愛されています

廻り

文字の大きさ
上 下
55 / 116
10 舞踏会のダンス

3 (アレクシス視点2)

しおりを挟む


「いやぁ、まじで生き返りました!村長ありがとう!」

「そんなそんな!ご満足いただけたようでよかったです。」

体力も芸素もギリギリだった俺は村長のお宅にお邪魔して早めの夕食を一緒に取らせてもらった。シリウスは外に散策にでかけている。

1年前は洪水と土砂崩れで畑が潰れて、しかも別の村に買いに出ることもできなかったからほぼ水のようなスープや噛み応えしかないようなパンを食べていた。けれど今はナッツのたくさん入ったパン、カボチャのシチュー、シカのハーブ焼きが並んでいる。去年夏までに2回も小麦や野菜を収穫でき、国や帝国からも支援金が出たおかげで意外とリッチらしい。

「アグニさん、あなた様が作って下さった灌漑かんがい用水路のお陰で農地が広がったんです!水の流れも安定的で、掃除もしやすいですし、水も運びやすい……本当に、ありがとうございました。」

村長とその奥さんが俺に深々と俺に頭を下げた。

「ん?かんがい?かんがいって何ですか?」

「あ、大変失礼しました。アグニさんが1年前に作って下さった水の道のことです。あれを「灌漑かんがい用水路」と呼ぶことになりました。エール公国が正式にその名で発表したようです。」

「へぇ~!すいません、俺無知で……」

「いえいえ!!!!アグニさんが作ったものです!本来はあなた以外の人間が付けた名前で呼びたくないのですが……」


   よかったそんなに気に入ってもらえて。
   ちゃんと使えてるようだし安心した。


「ちょっと…畑を見てもいいですか?」

「ええ、もちろん!」




・・・





実を付けた小麦が風に揺られている。まだ黄金ではなく、若々しい緑色だ。大切に育てられているのだろう。どれもとても健康で綺麗だった。

「…天使の血筋様はどちらに行かれたのでしょうか?」


   あ、たしかに。ずっと見てないな。
   外にもいないし。どこ行ったんだろ?


「いないっすね……。まぁ、山でしょうね。」

村長はシリウスが近くにいないことに少しほっとしたようだった。

「正直…私も村のみんなもあのお方を前にすると緊張しすぎてしまって……上手く呼吸ができないのですよ」

「え、そんなに?普通の人ですよ?ちょっと髪の色が明るいだけの」

村長は俺の表現に目を見開いた。そして申し訳なさそうな顔をした。

「我々には…同じ人間とは思えないのです…。天使の血筋は神と同等に崇められる存在です。1年前にあの御業みわざを見てしまって……この考えはより絶対的なものになりました。」

1年前にシリウスが解名かいなで見せた「天変乱楽てんぺんらんがく」と「げい

この時の印象が村の人たちに相当強く根付いているのだろう。

「あぁ!もちろんアグニさん、あなたはこの村の英雄です、。大変尊敬しております。感謝も伝えきれません。けれどあのお方には…「凄い」という感情すらも不敬にあたってしまう気がして……」


  俺のことは同じ場所に立つ「凄い人」で、
  シリウスは天に立つ「神」に見えるのか。


1年前の時はこんなにシリウスを…ひいては天使の血筋に対する信仰心が上がるとは思わなかった。言い方は悪いが…彼らの信仰心はシリウスの見た目と芸のレベルの高さで釣れたものだ。つまり、演出次第では誰でも「神」になれるってことだ。なのにその神は。信仰することを悪い事だとは思わないが…なんだかとても危うく思えてしまった。


   もし何かが起きた時は…


『アグニ』

後ろに束ねた白金が風でなびいていた。

「あぁ……あれ、どこ行ってたの?」

『近くの森にね。強めの芸獣と普通の獣も狩ってきたから、村の人に運ぶように言ってくれる?』

「あ、ああ。わかった。」




・・・





夜、村全体で俺とシリウスのための宴が開かれた。この世界では芸獣を食べる習慣があまりないのでシルウスが狩ってきた普通の獣を調理して振舞ってくれた。

そして今、村総出で俺らのお見送りをしてくれている。

「じゃあみんな、元気でな!!またな!」

俺が明るく声をかけると村人全員が跪き、頭を下げた。

「一度のみならず二度もこの村に訪れてくださり、誠にありがとうございました。永遠の忠誠とあなた様方の幸せを願い続けます。」

『いらないものを押し付けないでくれる?』

「おいシリウス!」

シリウスが突然厳しい声色を出した。しかし村人達は一切表情も姿勢も変えることなく述べた。

「……大変失礼を致しました。どうか、お気をつけて…」

「お、おう!!じゃ、じゃあな!ほらシリウス!」

俺は彼らの信仰対象であるシリウスにこんな風に邪険にされたら村人らが傷つくのではないかと思った。彼らに優しい言葉をかけてほしかった。けれどシリウスは態度を変えることなく、彼らに笑顔も見せず、振り返りもせずに言った。

『私のことは忘れなさい。邪魔だ。』

「おい!!!」

「かしこまりした。もう二度と、あなた様の事を口に出しません。」

「えぇ?!」

シリウスは何も言わず、そのまま村を出て走り始めた。

「あ、ちょっ!!!あ、じゃみんな!また!」

「はい。お気をつけて…………」




「シリウス!なんであんな態度取るんだよ!かわいそうだろ!」

俺は走るシリウスになんとか追いつき、会話を始めた。シリウスは感情の何もこもっていないような目で言い切った。

『ははっ。かわいそう?欲しくないものを勝手にあげて、こちらがいらないって言ったら向こうがかわいそうなの?じゃあほとんどの犯罪者はかわいそうだね。』

「あれはシリウスに対する好意だろ?素直に喜べばいいだろ?」

シリウスは立ち止まって、自虐的に笑ってみせた。

『ねぇ、知ってる?あの人たちさ、僕があんな態度取っても「直接お言葉を頂いた!」って喜ぶんだよ?』

「………。」

『もうね、何しても許されるんだよああなったら。僕は何しても許されるの。』

「そんなことねえだろ……」

『ふふっ…。君は許されないからねぇ…』

「………。」



『あ、そうだ忘れてた。』

そう言ってシリウスは周りをきょろきょろし始めた。

「なに?どうしたの?」

『あ、あった。』

シリウスは近くに咲いている青色の花畑から一輪の花を摘んで、裾の中に入れた。いつも通り、シーラにあげるお土産の花だろう。シリウスはどこかに出かけたら、出かけた先で必ず花を持って帰る。

今摘んだ花は小さくてかわいいがすぐ近くに別の花が咲いていて、俺はそっちの方が華やかだしお土産にはいいんじゃないかと思った。

「シリウス、あっちは?」

『あぁ…あれはランだね。こんなとこに生えてるなんて…すごい珍しいな。』

「じゃああっちをお土産に持って帰れば?」

シリウスはじっとランの花を見て、首を横に振った。

『あれはあげない。こっち。』

「へ?そうなの?なんで?」

『いいのいいの。こっちだって可愛いでしょ?』

「そりゃまぁ、可愛いけど…」

『じゃ、そろそろ行くよ!ほら!!』

「うへ~い………」

そして俺らはまた、直線距離で帝都へ帰っていった。




・・・・・・






「あら、おかえり。」

『さすが。きちんと夕飯前に帰ってきたな。』

シーラと公爵は書斎にいた。公爵はたぶん仕事をしている途中のようで、シーラはそれを邪魔しているっぽかった。

「ただいま~もう無理、もう無理!!疲れた!!」

俺が怒鳴りながら中に入ると公爵は笑いながら言った。

『シーラもお腹が空いたようでさっきから私の邪魔ばかりするんだ。すぐ夕食にしてもいいかい?』

『ああ、構わないよ。』

「全然あり!お腹空いた!!!」

『じゃあこのままみんなでダイニングへ行こう。』


移動が辛かったことや村の様子を簡単に話しながら夕食を取り、食べ終わって一息ついたところでシリウスが衝撃的なことを言った。

『アグニ、そろそろ学院に戻らなきゃだよ。』

「ふぁ?!!!!!!」


   ま、まじかよ!!!!
   こんなに疲れてるのに?!そろそろ?!
   というか明日からまた授業?!!


『ハーローの所にも寄らなくてはならない。早めに支度しなさい。』

公爵にそう言われてセシルのことを思い出した。行きと同じように帰りもセシルと寮へ行く予定だったのだ。

「そ、そっか……。うぅ…準備してきます……」

『ふぁいと~』

こうして俺の最初の週末が終わった。

もう二度とこんな無茶なスケジュールは立てないと固く心に誓って、らいの月2週目1の日…また授業が始まったのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~

miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。 ※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m

モブはモブらしく生きたいのですっ!

このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る! 「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」 死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう! そんなモブライフをするはずが…? 「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」 ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします! 感想めっちゃ募集中です! 他の作品も是非見てね!

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜

アルト
恋愛
たった一つのトゥルーエンドを除き、どの攻略ルートであってもBADエンドが確定している乙女ゲーム「クラヴィスの華」。 そのゲームの本編にて、攻略対象である王子殿下の婚約者であった公爵令嬢に主人公は転生をしてしまう。 とは言っても、王子殿下の婚約者とはいえ、「クラヴィスの華」では冒頭付近に婚約を破棄され、グラフィックは勿論、声すら割り当てられておらず、名前だけ登場するというモブの中のモブとも言えるご令嬢。 主人公は、己の不幸フラグを叩き折りつつ、BADエンドしかない未来を変えるべく頑張っていたのだが、何故か次第に雲行きが怪しくなって行き────? 「────婚約破棄? 何故俺がお前との婚約を破棄しなきゃいけないんだ? ああ、そうだ。この肩書きも煩わしいな。いっそもう式をあげてしまおうか。ああ、心配はいらない。必要な事は俺が全て────」 「…………(わ、私はどこで間違っちゃったんだろうか)」 これは、どうにかして己の悲惨な末路を変えたい主人公による生存戦略転生記である。

処理中です...