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10 舞踏会のダンス
2 (アレクシス視点1)
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バルコニーの柵に両手をついたアレクシスは、なぜこんな気持ちを抱えるようになってしまったのかと、ため息をつく。
初めはただ、自分と同じように虐げられそうになっていた義妹が心配で、手を差し伸べただけだった。
けれど思いのほか『妹』という存在が可愛く思えて、必要以上に使用人から守るような行動を取った自覚はあった。
そんな妹は、前世の記憶を持っており、火あぶりになる運命から逃れたいと訴えてきた。その上、アレクシスは小説の登場人物で、『当て馬』役だと説明するではないか。
アレクシスは、元から性格が合わなかった王太子に負けたくないという気持ちから、その運命を変えてみせると宣言してしまう。
妹を、自分と同じような目には遭わせたくないという気持ちと、王太子への対抗心。当初のアレクシスの気持ちは、ただそれだけだった。
しかしリズという娘は、アレクシスの地位など気にせず、素の感情をぶつけてくれるような子だった。
アレクシスにとっては、ずっと切望していた関係を手に入れたのだ。
――アレクシスを取り巻く環境は、生まれた頃からおかしなものだった。
アレクシスの母は、一人息子であるアレクシスに対して、常に敬語で会話し、庶民であるにも関わらず息子を、生まれの名で呼ぶような変わり者。村人たちは、そんな村長の娘を『男に捨てられた可哀そうな娘』と噂していた。
おかしいのは、それだけではない。母が働いていたお屋敷の家族もまた、おかしな人々だった。伯爵家であるにも関わらず、アレクシスや母に気遣う姿は、幼いアレクシスの目にも不自然極まりないほどだった。
それでも、子供たちは子供らしく接していた。バルリング伯爵家の長男であるカルステンは面倒見が良く、アレクシスと次男のローラントをいつも可愛がっていた。
アレクシスはそんなカルステンが大好きで、いつも彼の後をついて回っては、本当の弟のように遊んでもらっていた。
ただ同じ歳のローラントとは、仲良しとは言いがたい仲であった。ローラントにとっては、兄を取られたという気持ちが大きかったのだろう。たびたび嫉妬するような素振りを見せるので、アレクシスは時に遠慮しながら伯爵家の子供達との関係を保っていた。
そんな環境で成長したある日。カルステンがアレクシスに対して、敬語を使うようになったのだ。
「どうして、ぼくにけいごをつかうの?」
「俺も、貴族らしく振る舞う歳になったんです。弟の無礼については、もう少しの間だけ許してください」
「ローラントは、よいこだけど……」
「そのうち、アレクシスにもわかる時がきますよ」
「ぼくはアルだよ。アレクシスってよぶと、おかあさんみたいに、へんなひとだと、おもわれちゃうよ」
今までどおりに遊んではくれたが、カルステンとの間に距離ができたようにアレクシスは思えた。それに加えてローラントも、アレクシスに対して不満があるかのように、徐々に距離を取るようになる。
これが貴族と庶民の違いなのだろうかと残念に思いつつも、アレクシスを取り巻く環境は相変わらず、おかしなものだった。
村の子供でただ一人、アレクシスだけがカルステンやローラントと一緒に、貴族と同じ教育を受けるようになる。
王都からは教師が呼ばれ、剣術もカルステンの父である伯爵が、自ら指導するほどの熱の入れぶり。
母は、「伯爵家の善意なので、有り難く受け取りましょう」と言っていたが、さすがにアレクシスも素直に納得する歳ではなかった。
伯爵家をたびたび訪れ、そのたびにアレクシス親子を呼び寄せるあの男。彼が関係しているのだろうと、アレクシスは考えていた。
自分があの男の隠し子なのか、それともあの男が母と結婚したがっているのか。どちらにせよ、バルリング家がアレクシス親子に気を遣うのは、あの男が影響しているのだと、アレクシスは薄々気づくようになる。
そしてアレクシスが十歳になった頃。その考えは的中し、アレクシスが王弟の息子であり、王弟はアレクシス親子を正式な妻子にするため、新しい国まで作ったのだと知らされた。
このような無茶苦茶な話は、到底受け入れがたい。アレクシスを取り巻くおかしな環境は、全て王弟に配慮するものだったのだ。
息子を敬う母も、アレクシス親子に気を遣う伯爵家も、いつも優しかったカルステンも、全て『義務』でアレクシスと接していただけに過ぎなかった。
虚しさを感じていたアレクシスは、宮殿へと住まいを移してからは、さらに状況が悪化する。
貴族のアレクシスに対する態度は露骨なもので、国の独立に不満を抱いていた彼らは、その矛先をアレクシスに向けてきたのだ。
事あるごとにアレクシスは嫌がらせを受け、それをかばうのがバルリング伯爵家の役目。
義務で庇護されることに、アレクシスはとてつもなく苦痛を感じるようになる。
アレクシスの存在さえなければ、バルリング家は他の貴族から疎まれることもなく、カルステンやローラントも余計な苦労をせずに済む。
次第にバルリング家が孤立していく姿が耐えられなくなり、アレクシスは第二公子宮殿からバルリング家を追い出した。
そんな息子に配慮した公王は、アレクシスとローラントをドルレーツ王国のアカデミーに留学させることにした。その間に、国を落ち着かせるつもりでいたのだ。
けれど留学先でも、アレクシスの環境は良いものとはならなかった。
独立したばかりの公国にはまともな学校はなかったので、公国貴族の子供も多くが、ドルレーツ王国のアカデミーに留学していたのだから。
アレクシスを虐める人間が、貴族から貴族の子供に変わっただけのこと。そしてその負担が全て、ローラントにかかってしまうことになる。
アレクシスを取り巻く環境の中で唯一ローラントだけは、義務でアレクシスと接していない人間だった。
アレクシスと同様に子供だったので、事情を知らされていなかったのだろう。ローラントには嫌われていると感じていたが、その素直な感情がアレクシスには安心できるものだった。
しかしローラントも、いつまでも感情をむき出しにする子供ではいられない。嫌な気持ちを隠し、貼りつけたような笑みを浮かべて、身を挺してアレクシスをかばう。そんな姿を見るが、アレクシスは心底辛かった。
何度も、かばうのを止めるように諭しても、彼は聞く耳を持ってくれない。アレクシスがローラントにしてあげられることは、公国で公式に採用された貴重な魔女の万能薬を、父親に無理を言って送ってもらうくらいだった。
ローラントとの仲が、最悪なまでに悪化した状態で、二人はアカデミーを卒業。公国に戻ると、アレクシスの環境は少しだけ変化していた。
貴族は相変わらず、アレクシスに敵意を持っていたが、第二公子宮殿の使用人達だけは、アレクシスに対して礼儀ある態度で接するようになる。
これも父親の影響による『義務』であると知りつつも、バルリング家が苦労せずに済むかと思うと、少しだけ気が休まった。
新しい護衛騎士を選べと父親に提案されたが、アレクシスはカルステンとローラントは選ばなかった。
公子となり、階級社会について十分に学んだアレクシスは、義務による関係も必要であることは理解している。それでも幼馴染を無理やり任命して、嫌々自分を守らせることはしたくない。
これでバルリング家とは完全に縁を切り、宮殿の隅で静かに暮らそうとアレクシスは考えていた。
貴族達の不満は、公国の独立の他にもう一つあった。第二公子とはいえ、長男であるアレクシスが後継者になるのではないかと、彼らは常に心配している。私生児が治める国など、恥でしかないと考えている者達ばかりだ。
アレクシスとしても、望んで公子になったわけではないし、ましてや公王になりたいなどと、一度も考えたことはない。
これ以上の軋轢を生じさせないためには、公子の証を隠して、ひっそりと暮らすのが望ましい。
公国に戻ってからのアレクシスは、ひたすら執務をこなすだけの、地味で、退屈で、孤独な生活を送っていた。
そんなある日。ドルレーツ王国でお告げがあり、公国の魔女が王国の王太子妃に選ばれたとの知らせがあった。
娘は公王の養女となると聞き、アレクシスは真っ先に「苦労するだろうな」と思った。
しかし、留学中にたびたび接する機会があった王太子は、建国時に活躍した大魔術師の生まれ変わり。その魂に相応しく、若いのに貫禄のある。
人を思いのままに動かすことに長けており、敵対する者を決して許さない。そして、生まれに絶対的な自信があるせいか、アレクシスを見下すような人だった。
アレクシスとしては好きになれない人物だったが、王太子ならば娘をしっかりと守れるのだろうと感じていた。
ただ、大魔術師と聖女の物語はどれも、虐げられている聖女を大魔術師が救い出す話ばかり。アレクシスはその部分が気になり、娘が公宮へ来る日は、何度も窓の外を確認してしまった。
深夜なっても到着しないので心配していたこところ、やっと到着した馬車は幽閉塔へと向かうではないか。やはり物語の聖女達と同じような目に遭うかもしれないと思ったアレクシスは、自分が助けても娘の得にならないと感じつつも、動かずにはいられなかった。
助けた妹は、本当に可愛くて。公子という立場を気にせずに接してくれることが、アレクシスは何より嬉しかった。
リズの世話を焼けば焼くほど、リズはアレクシスを兄として慕い頼ってくれる。義務に関係なく向けられる愛情に飢えていたアレクシスの心を、リズは優しく満たしてくれた。
いつしか、リズなしではこれからの人生を耐えられそうにないと思えるくらいに、リズに依存してしまっていた。
『リズを守る』という名目があれば、アレクシスはどこまでも心を強く持てるのだ。
「はぁ……」
アレクシスはため息を付きながら、バルコニーの柵に額を預ける。冷静な考えを持とうとしてここへ来たが、夜風に当たろうが、冷えた柵で額を冷やそうが、考えは変わりそうにない。
頭の中がリズのことでいっぱいなのは、熱に浮かされているわけではないようだ。
「僕は……、リズが好きなんだ……」
頭の中を埋めている言葉を呟いたアレクシスは、顔の熱を感じながら唇を噛みしめた。そうでもしなければ、リズへの想いを叫んでしまいそうだ。それが許されるなら、どれほど楽だろうか。
なぜ自分は、リズの『兄』なのか。
リズが正式な養女になった直後に、自分の気持ちに気がついてしまい、後悔にも似た感情がアレクシスの心に押し寄せてくる。
アレクシスに対して、兄として絶対的な信頼を寄せているリズに「好きだ」と伝えたら、良好な関係が崩れてしまうかもしれない。
これから先この気持ちに、どう整理をつけていけば良いのか。
アレクシスが悩んでいると、バルコニーへと出る扉がカチャリと開いた。
初めはただ、自分と同じように虐げられそうになっていた義妹が心配で、手を差し伸べただけだった。
けれど思いのほか『妹』という存在が可愛く思えて、必要以上に使用人から守るような行動を取った自覚はあった。
そんな妹は、前世の記憶を持っており、火あぶりになる運命から逃れたいと訴えてきた。その上、アレクシスは小説の登場人物で、『当て馬』役だと説明するではないか。
アレクシスは、元から性格が合わなかった王太子に負けたくないという気持ちから、その運命を変えてみせると宣言してしまう。
妹を、自分と同じような目には遭わせたくないという気持ちと、王太子への対抗心。当初のアレクシスの気持ちは、ただそれだけだった。
しかしリズという娘は、アレクシスの地位など気にせず、素の感情をぶつけてくれるような子だった。
アレクシスにとっては、ずっと切望していた関係を手に入れたのだ。
――アレクシスを取り巻く環境は、生まれた頃からおかしなものだった。
アレクシスの母は、一人息子であるアレクシスに対して、常に敬語で会話し、庶民であるにも関わらず息子を、生まれの名で呼ぶような変わり者。村人たちは、そんな村長の娘を『男に捨てられた可哀そうな娘』と噂していた。
おかしいのは、それだけではない。母が働いていたお屋敷の家族もまた、おかしな人々だった。伯爵家であるにも関わらず、アレクシスや母に気遣う姿は、幼いアレクシスの目にも不自然極まりないほどだった。
それでも、子供たちは子供らしく接していた。バルリング伯爵家の長男であるカルステンは面倒見が良く、アレクシスと次男のローラントをいつも可愛がっていた。
アレクシスはそんなカルステンが大好きで、いつも彼の後をついて回っては、本当の弟のように遊んでもらっていた。
ただ同じ歳のローラントとは、仲良しとは言いがたい仲であった。ローラントにとっては、兄を取られたという気持ちが大きかったのだろう。たびたび嫉妬するような素振りを見せるので、アレクシスは時に遠慮しながら伯爵家の子供達との関係を保っていた。
そんな環境で成長したある日。カルステンがアレクシスに対して、敬語を使うようになったのだ。
「どうして、ぼくにけいごをつかうの?」
「俺も、貴族らしく振る舞う歳になったんです。弟の無礼については、もう少しの間だけ許してください」
「ローラントは、よいこだけど……」
「そのうち、アレクシスにもわかる時がきますよ」
「ぼくはアルだよ。アレクシスってよぶと、おかあさんみたいに、へんなひとだと、おもわれちゃうよ」
今までどおりに遊んではくれたが、カルステンとの間に距離ができたようにアレクシスは思えた。それに加えてローラントも、アレクシスに対して不満があるかのように、徐々に距離を取るようになる。
これが貴族と庶民の違いなのだろうかと残念に思いつつも、アレクシスを取り巻く環境は相変わらず、おかしなものだった。
村の子供でただ一人、アレクシスだけがカルステンやローラントと一緒に、貴族と同じ教育を受けるようになる。
王都からは教師が呼ばれ、剣術もカルステンの父である伯爵が、自ら指導するほどの熱の入れぶり。
母は、「伯爵家の善意なので、有り難く受け取りましょう」と言っていたが、さすがにアレクシスも素直に納得する歳ではなかった。
伯爵家をたびたび訪れ、そのたびにアレクシス親子を呼び寄せるあの男。彼が関係しているのだろうと、アレクシスは考えていた。
自分があの男の隠し子なのか、それともあの男が母と結婚したがっているのか。どちらにせよ、バルリング家がアレクシス親子に気を遣うのは、あの男が影響しているのだと、アレクシスは薄々気づくようになる。
そしてアレクシスが十歳になった頃。その考えは的中し、アレクシスが王弟の息子であり、王弟はアレクシス親子を正式な妻子にするため、新しい国まで作ったのだと知らされた。
このような無茶苦茶な話は、到底受け入れがたい。アレクシスを取り巻くおかしな環境は、全て王弟に配慮するものだったのだ。
息子を敬う母も、アレクシス親子に気を遣う伯爵家も、いつも優しかったカルステンも、全て『義務』でアレクシスと接していただけに過ぎなかった。
虚しさを感じていたアレクシスは、宮殿へと住まいを移してからは、さらに状況が悪化する。
貴族のアレクシスに対する態度は露骨なもので、国の独立に不満を抱いていた彼らは、その矛先をアレクシスに向けてきたのだ。
事あるごとにアレクシスは嫌がらせを受け、それをかばうのがバルリング伯爵家の役目。
義務で庇護されることに、アレクシスはとてつもなく苦痛を感じるようになる。
アレクシスの存在さえなければ、バルリング家は他の貴族から疎まれることもなく、カルステンやローラントも余計な苦労をせずに済む。
次第にバルリング家が孤立していく姿が耐えられなくなり、アレクシスは第二公子宮殿からバルリング家を追い出した。
そんな息子に配慮した公王は、アレクシスとローラントをドルレーツ王国のアカデミーに留学させることにした。その間に、国を落ち着かせるつもりでいたのだ。
けれど留学先でも、アレクシスの環境は良いものとはならなかった。
独立したばかりの公国にはまともな学校はなかったので、公国貴族の子供も多くが、ドルレーツ王国のアカデミーに留学していたのだから。
アレクシスを虐める人間が、貴族から貴族の子供に変わっただけのこと。そしてその負担が全て、ローラントにかかってしまうことになる。
アレクシスを取り巻く環境の中で唯一ローラントだけは、義務でアレクシスと接していない人間だった。
アレクシスと同様に子供だったので、事情を知らされていなかったのだろう。ローラントには嫌われていると感じていたが、その素直な感情がアレクシスには安心できるものだった。
しかしローラントも、いつまでも感情をむき出しにする子供ではいられない。嫌な気持ちを隠し、貼りつけたような笑みを浮かべて、身を挺してアレクシスをかばう。そんな姿を見るが、アレクシスは心底辛かった。
何度も、かばうのを止めるように諭しても、彼は聞く耳を持ってくれない。アレクシスがローラントにしてあげられることは、公国で公式に採用された貴重な魔女の万能薬を、父親に無理を言って送ってもらうくらいだった。
ローラントとの仲が、最悪なまでに悪化した状態で、二人はアカデミーを卒業。公国に戻ると、アレクシスの環境は少しだけ変化していた。
貴族は相変わらず、アレクシスに敵意を持っていたが、第二公子宮殿の使用人達だけは、アレクシスに対して礼儀ある態度で接するようになる。
これも父親の影響による『義務』であると知りつつも、バルリング家が苦労せずに済むかと思うと、少しだけ気が休まった。
新しい護衛騎士を選べと父親に提案されたが、アレクシスはカルステンとローラントは選ばなかった。
公子となり、階級社会について十分に学んだアレクシスは、義務による関係も必要であることは理解している。それでも幼馴染を無理やり任命して、嫌々自分を守らせることはしたくない。
これでバルリング家とは完全に縁を切り、宮殿の隅で静かに暮らそうとアレクシスは考えていた。
貴族達の不満は、公国の独立の他にもう一つあった。第二公子とはいえ、長男であるアレクシスが後継者になるのではないかと、彼らは常に心配している。私生児が治める国など、恥でしかないと考えている者達ばかりだ。
アレクシスとしても、望んで公子になったわけではないし、ましてや公王になりたいなどと、一度も考えたことはない。
これ以上の軋轢を生じさせないためには、公子の証を隠して、ひっそりと暮らすのが望ましい。
公国に戻ってからのアレクシスは、ひたすら執務をこなすだけの、地味で、退屈で、孤独な生活を送っていた。
そんなある日。ドルレーツ王国でお告げがあり、公国の魔女が王国の王太子妃に選ばれたとの知らせがあった。
娘は公王の養女となると聞き、アレクシスは真っ先に「苦労するだろうな」と思った。
しかし、留学中にたびたび接する機会があった王太子は、建国時に活躍した大魔術師の生まれ変わり。その魂に相応しく、若いのに貫禄のある。
人を思いのままに動かすことに長けており、敵対する者を決して許さない。そして、生まれに絶対的な自信があるせいか、アレクシスを見下すような人だった。
アレクシスとしては好きになれない人物だったが、王太子ならば娘をしっかりと守れるのだろうと感じていた。
ただ、大魔術師と聖女の物語はどれも、虐げられている聖女を大魔術師が救い出す話ばかり。アレクシスはその部分が気になり、娘が公宮へ来る日は、何度も窓の外を確認してしまった。
深夜なっても到着しないので心配していたこところ、やっと到着した馬車は幽閉塔へと向かうではないか。やはり物語の聖女達と同じような目に遭うかもしれないと思ったアレクシスは、自分が助けても娘の得にならないと感じつつも、動かずにはいられなかった。
助けた妹は、本当に可愛くて。公子という立場を気にせずに接してくれることが、アレクシスは何より嬉しかった。
リズの世話を焼けば焼くほど、リズはアレクシスを兄として慕い頼ってくれる。義務に関係なく向けられる愛情に飢えていたアレクシスの心を、リズは優しく満たしてくれた。
いつしか、リズなしではこれからの人生を耐えられそうにないと思えるくらいに、リズに依存してしまっていた。
『リズを守る』という名目があれば、アレクシスはどこまでも心を強く持てるのだ。
「はぁ……」
アレクシスはため息を付きながら、バルコニーの柵に額を預ける。冷静な考えを持とうとしてここへ来たが、夜風に当たろうが、冷えた柵で額を冷やそうが、考えは変わりそうにない。
頭の中がリズのことでいっぱいなのは、熱に浮かされているわけではないようだ。
「僕は……、リズが好きなんだ……」
頭の中を埋めている言葉を呟いたアレクシスは、顔の熱を感じながら唇を噛みしめた。そうでもしなければ、リズへの想いを叫んでしまいそうだ。それが許されるなら、どれほど楽だろうか。
なぜ自分は、リズの『兄』なのか。
リズが正式な養女になった直後に、自分の気持ちに気がついてしまい、後悔にも似た感情がアレクシスの心に押し寄せてくる。
アレクシスに対して、兄として絶対的な信頼を寄せているリズに「好きだ」と伝えたら、良好な関係が崩れてしまうかもしれない。
これから先この気持ちに、どう整理をつけていけば良いのか。
アレクシスが悩んでいると、バルコニーへと出る扉がカチャリと開いた。
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